第28話 ラブレターと挑戦状は紙一重。特攻部隊ハーデス参上の回

 舞踏会の翌日。


 積みあがった金貨の山のてっぺんで昼寝する夢を見ていたエファは、目覚まし時計のベルで目覚めた。時刻は八時四十分。朝食の二十分前だ。

「心地よい目覚めだわ。今日も良いことがありそうね」

 エファはベッドから起き、寝巻から制服に着替える。今日は朝食後に星降る館を出て近くの丘に全員でピクニックに行くことになっている。


 食堂に行こうと部屋の扉を開けようとしたエファは、扉の下の隙間から差し込まれている白い物体に気づいた。長方形のそれは封筒だった。

 エファは封筒を拾い、表と裏を見る。文字は何も書かれていない。

「いまどき手紙なんて、古風ね」

 エファはベッドサイドの引き出しから鋏を取り出し、糊付けされている封筒の口を切る。中には二つ折りにされた便箋が一枚入っていた。エファは便箋を広げる。


 昨夜、あなたに出会ってから、あなたのことが頭から離れません。

 もう一度会いたくて手紙を書きました。

 突然の手紙で驚かせてしまったかもしれませんが、二人っきりで会いたいです。

 朝食の前に時計塔の下に来てください。待っています。

 フェリックス フォルハイン


「ふうん。挑戦状か」

 エファは制服のポケットから多機能携帯魔機スマホを取り出し、コリュウ、ユーディット、チョーさんを呼び出す。昨夜、星降る館の近くにいる幽霊に会いに行く、と出て行ったチョーさんには、連絡用に多機能携帯魔機スマホを渡してあるのだ。


 数分後。エファの部屋にユーディット、コリュウ、チョーさんが集う。

「これを見なさい。フェリックスの奴が私に挑戦状を送りつけて来たわ」

 エファは例の手紙をコリュウ達に見せる。

「エファちゃん、これって、ラブレター!?」

 ユーディットが瞳を輝かせてエファを見る。しかし、エファは怪訝そうに眉をしかめる。

「何言ってんのあんた。これのどこがラブレターなの。これは、私への挑戦状よ」

「挑戦状?」

 今度はユーディットが怪訝そうに首をひねる。ラブレターだと思っているようだ。


「昨日の舞踏会でフェリックスと賭けをして私が大勝したのよ。その仕返しの為に私を呼び出してるのよ。これを挑戦状と言わずして何を挑戦状と言おうか」

「その賭けは悪魔とデビルの戦いのようであった。どろどろとしたお金のやり取り、荒れ狂う欲望。砕かれる良心と人間性。しかし、そこに一陣の光がさすのだった。清く正しき心を持つ光。その光こそ、この俺っち。ウルトラ透明幽霊、チョーさんだ」


「拙者もラブレターだと思うでござるが…… 挑戦状だとしたら、ラブレターに見せかけ、油断させておびき出す策略でござろうか……」

 コリュウの意見を聞いたエファは大きく落胆する。

「この手紙のどこにも好きとも愛してるとも書いてないでしょ。ラブレターだとしたら意味わからないじゃない。だから、これは挑戦状なのよ。それを前提に対策を立てるよ」

 エファは多機能携帯魔機スマホの画面に星降る館の見取り図を映す。時計塔は庭の端にある。


「コリュウは私と一緒に時計塔についてきなさい。フェリックス以外にも敵が沢山いたら、そいつらはあんたがやっつけなさい」

「主人を守るのは忍者の務め、言われるまでも無いでござる」

「ユーディットこの部屋から時計塔に怪しい奴が近づいてこないか監視しなさい。負けそうになったフェリックスが増援を呼ぶかもしれないからね」

 エファはベッドサイドの棚の引き出しから部屋に備え付けの双眼鏡を取り出し、ユーディットに渡す。エファの部屋は庭に面していて窓から時計塔周辺が見渡せる。


「チョーは連絡係。多機能携帯魔機の通話が妨害されたときはあんたが情報を伝えなさい」

 エファの部屋と時計塔は直線距離ならば二百メートル程度だ。空中を飛べるチョーさんならば直線距離で移動できるので連絡係にはうってつけた。

「ふっ。この幽霊界の暴走野郎と恐れられた俺っちに連絡係とは役不足だな。連絡係だけと言わず、保健係から生物係まで受け持ってやるぜ」

 準備運動とばかりにチョーさんは空中で錐もみする。

「皆しっかりやるのよ。この挑戦、必ず勝つわよ」

 エファは高らかと宣言した。


 時計塔の少し手前でコリュウが歩みを止める。一緒に歩いていたエファも立ち止る。

「エファ殿の言った通りでござる。時計塔の裏に一人、左右の茂みに一人ずつ隠れているでござる。あの手紙はラブレターに見せかけエファ殿を誘い出すものだったでござるよ」


 時計塔の周辺は一見無人だが、忍者のコリュウは巧みに気配を読み取り、三人が隠れているのを見破った。

「フェリックスの奴、一対一で決闘もできないなんて案外度量の狭い奴ね」

 手紙を挑戦状と思ったエファは最初からヴァルキリーシステムでの決闘を想定していた。相手が複数いようが想定の範囲内だ。


「私が時計塔の裏に隠れている奴を倒す。あんたは周りにいる奴らの動きに注意して」

「分かったでござる」

 エファはヴァルキリーシステムモバイルを起動し、制服を戦闘衣の深紅のドレスに変換する。そして、一気に時計塔の裏に回り込み、隠れていた男子学生に飛び掛かる。

「げっ!?」

 時計塔の裏に隠れていた男子学生が驚愕の声を上げる。ヴァルキリーシステムの結界を展開したエファが接近したことで、不意打ち防止機能が発動して男子学生の制服も戦闘衣の甲冑に変換される。しかし、男子学生の実力ではエファの不意打ちに反応できなかった。


 エファの華麗な飛び蹴りが男子学生の顔面に炸裂する。男子学生は後方の時計塔の壁に盛大に叩きつけられる。

「き、貴様! いきなり何をする!」

 男子学生がいきりたつ。戦闘衣の甲冑に損傷は見られるものの軽傷だ。エファ必殺の飛び蹴りを食らって半壊もしないのだからかなりの防御力だ。


「先手必勝は戦闘の基本。文句を言われる筋合いはないわ」

 エファは腰に手を当て周囲にも聞こえるように叫ぶ。

「あんたたちの企みは全部ばれてるのよ。いつまでも隠れてないで全員出てきなさい」

「くっ…… まさか俺達の策を見抜く奴がいるとはな」

 甲冑を来た男子学生が片手をあげる。それを合図に茂みの影に隠れていた二人の男子学生が姿を見せる。二人とも戦闘衣を着て戦闘態勢を整えている。


「フェリックスはどうしたの。まさかあんた達三下が私の相手じゃないでしょね」

「残念だが、お前の相手は俺達だフェリックスが出るまでも無い。それと俺達は三下じゃない。俺はガゼルト男子学院初等部のナンバー3、ゲオルグ ブラウアー。そして、俺を含むこの三人はガゼルト男子学院初等部が誇る特攻部隊ハーデスだ!」

 なんで学院に特攻部隊があるのよ、とエファは思った。あと、ハーデスという名前は格好悪いと思った。それと、ナンバー3如きが名乗るな、と思った。

「ツッコミどころが多すぎるけど、とりあえず言うならば、一番以外は三下なのよ。覚えておきなさい、ナンバー三下」

 ナンバー3と三下の、3と三、をかけた高度な冗談だったが、誰も笑わなかった。


「口は達者なようだが、一番以外は三下というなら、お前も三下だろ」

「はあ? 何言ってんの。あんた頭おかしいの。私は一番よ。何で私が三下なのよ」

「一番はソフィアだろ」

「ふざけんじゃないわよ! 何で私がソフィアより下なのよ。あんた達情報収集すら満足にできないの。フローナ女子学院初等部の一番と言ったらこの私よ」

 ゲオルグは仲間と、そうだっけ? いや違うだろ、と目くばせと表情で意思疎通を図る。


「まあ、お前の言い分はさておき、太っているお前は見た目で完敗だ」

 ゲオルグが言ってはいけない、絶対の禁句を口にしてしまった。

 エファの雰囲気が一変する。怒髪天を突く、その言葉が現実になりそうな強大な怒りがエファの体中を支配する。百回は殺してやるという殺気がゲオルグに向けられる。


「私は、太ってるんじゃない。ぽっちゃりなんだ!」

 その一言がゲオルグの耳に届くとほぼ同時に、エファはゲオルグの顔面に華麗な飛び蹴りをいれていた。げふー という叫びと共に、再びゲオルグが時計塔の壁に叩きつけられる。甲冑の損傷も半壊まで進む。

「くそ。お前ら、やっちまえ」

 ゲオルグが仲間に命令する。ゲオルグと仲間の二人が同時にエファに飛びかかる。

「コリュウ!」

 エファが叫ぶ

「心得たでござる。忍法韋駄天、と、火遁の術」

 コリュウが目にもとまらぬ速さでゲオルグ達の間を駆け、火炎で攻撃する。

「ぐおおっ!」

 ゲオルグ達が大炎上する。戦闘衣が燃え尽き下着だけの姿になる。

 ゲオルグ達の敗北が確定する。勝者のエファはヴァルキリーシステムの結界を解除する。戦闘衣のエファも下着姿のゲオルグ達も全員が制服に戻る。


「さてと、さっきはよくも太ってるなんて言ってくれたわね。心を込めて土下座して謝罪しなさい。そして、精神的苦痛に対する慰謝料を払いなさい」

「くそ…… 分かった、俺達の負けだ。謝罪する。こっちに来てくれ」

 ゲオルグが時計塔の下のトンネル状になっている所に移動する。エファとコリュウもついていく。


 このとき、エファもコリュウも何故時計塔の下に移動しなくてはならないのか、疑問に思うべきだった。謝罪するのに移動する必要は無いのだから。しかし、ゲオルグ達に勝ったことで、エファも、コリュウにも気の緩みが生じていた。


 時計塔の真下でゲオルグが歩みを止め、振り返る。

「お前達の強さは認めるが、俺達ハーデスをなめるなよ」

 ゲオルグが制服のポケットから多機能携帯魔機スマホを取り出し、画面をタップする。エファ達の足元に金色の魔法陣が現れる。

転送魔機テレポーター?!」

 罠の存在をエファが悟った時、エファ、コリュウ、ゲオルグの姿が消えた。時計塔の下には別の場所に人を瞬間移動させる、転送魔機テレポーターが準備されていたのだ。


 元々ゲオルグ達は、フェリックスの名前を使ったラブレターでエファを誘い出して時計台の下で待たせ、転送魔機テレポーターを使って強制的に瞬間移動させるつもりだった。

 三人で待ち構えていたのは、万一エファに抵抗されたときに力づくで転送させる為の緊急手段だった。ところが、エファがラブレターと思わず挑戦状と受け取った為、事態がややこしくなった。それでもエファを転送できたのだから、ゲオルグ達は目的を達成した。


 フェリックスに報告する為、残った二人の男子学生は速やかにその場から撤収した。


 二人の男子学生が立ち去るのをエファの部屋から双眼鏡越しにユーディットは見ていた。

「大変、エファちゃんが連れ去られちゃった。チョーちゃん。あの二人の後をつけて。エファちゃんを連れ去った目的とか、どこに連れ去ったかとか、調べられるだけ調べて」

「アイアイサー」

 チョーさんが勢いよく窓から外に出る。姿を消し、二人の男子学生の後を追う。


 ユーディットはエファの多機能携帯魔機スマホに連絡をいれる。しかし、連絡が取れない。電波が届かない所にいるのだ。次にユーディットはソフィアに連絡する。

 エファとガゼルト男子学院の学生とのいざこざを生徒会長のソフィアに伝えて、協力してもらおうと思ったのだ。しかし、いくら待ってもソフィアは呼び出しに出ない。


 ユーディットはベッドについている時計を見る。九時十五分。朝食の時間だ。食事中でもソフィアは連絡に出てくれる。それが出られないと言うことは……

「ソフィアちゃんにも何かあったんじゃ……」

 ユーディットは部屋でチョーさんの帰りを待つか、食堂に様子を見に行くか迷う。

 しばし考えた後、ユーディットは部屋でチョーさんの帰りを待つことにした。鈍くさい自分には積極的に行動するよりも慎重に状況を見極める方があっていると思ったのだ。

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