第27話 星降る舞踏会開催の回

 夏休みの終わりまで十日と迫った土曜日の午後三時、エファ達フローナ女子学院初等部の学生とガゼルト男子学院初等部の学生が星降る館のロビーに集った。


 星降る館は両学院から四輪魔機自動車で二時間ほど行った高原にある。この星降る館で今夜行われる、星降る舞踏会、はガゼルト男子学院の学生が主体になり作る学生だけのイベントだ。


 両学院の学生の前に、ガゼルト男子学院の生徒会長フェリックス フォルハインとフローナ女子学院の生徒会長のソフィアが出てくる。フェリックスがホストとして歓迎の挨拶をし、それを受ける形でソフィアが招待に対するお礼を述べた。


 フェリックスが挨拶した時には、女子学生の間からため息交じりの歓声が起きた。

 豪奢な金髪と凛々しい容姿の持ち主のフェリックスは、まさに夢の国の王子のようであり、女子学生の目には憧れの対象として映っていた。実家は公爵の称号を持ち、名実ともに貴公子と呼ぶにふさわしい存在だった。


 ソフィアが挨拶した時には、男子学生から歓声があがった。見目麗しいソフィアもまた、男子学生の瞳には憧れの対象として映っていた。


 ソフィアの挨拶の後、学生達は一旦、各自に割り当てられた部屋に移動し、荷物を置く。 そして、女子学生は星降る館のエステサロンでドレスを着る準備を始める。

 まず、スパとエステでリラックスすると共にお肌に潤いを持たせる。次に髪のセットとお化粧をする。最後に部屋に戻り、女性執事に手伝ってもらいドレスを着る。アクセサリーや小物を付けて出来上がりだ。お着替え費用は一人、約百万フローナだ。


 女子学生が準備している間、男子学生は会場の準備や進行の確認をする。午後五時少し前には、楽団の楽器調整も終わり、シェフ達も料理を並べ始め、舞踏会の準備が整う。

 午後五時、舞踏会の会場にある大きな柱時計が鳴った。星降る舞踏会開始の合図だ。


                  *


 天井に吊られた三つの大きなシャンデリアから、金貨の雨のように光が舞踏会のホールに降り注ぐ。楽団の奏でる音楽が流れる中、思いっきり着飾った男女の学生が踊っている。


 隣の部屋には一流シェフが腕によりをかけた料理が並べられている。

 誰もが星降る舞踏会を楽しんでいる中、憮然とした表情でエファとソフィアの二人はホールの壁際にあるソファに座りこんでいた。


「たく、やってられないわ。何でよりにもよってあんたとドレスがかぶるのよ。悪魔の導きとしか思えないわ。ああ、せっかくの舞踏会なのに最低だわ。最悪の一日よ今日は」

「それはこっちの台詞よ。あなたと同じドレスを選んでしまうなんて私としたことが一生の不覚ですわ。私の美的センスも地に落ちたものですわ。猛省しなければ」

 エファとソフィアのドレスは、コリュウが生きていた時代の正装である、着物、をモチーフにしたものだった。艶やかな色遣いで描かれた模様は独創的で他のどのドレスよりも目立っていた。ただし、一人ならば、だ。二人いては独創性もかすんでしまう。


「ソフィア、あんた誰かと踊ってきなさいよ。近くにいられたら仲良しみたいじゃない」

「うるさいわね。私は何人もと踊ってきたわよ。ちょっとくらい休ませなさい」

 美少女のソフィアは男子学生に人気で、開始直後から休み無く何人もと踊っていた。

「休むなら私の遠くで休みなさいよ。なんでわざわざ近くに来るのよ」

「しょうがないでしょ。ここしか空いてないんだから」

 確かに、ホールの他のソファは男女混合のグループで埋められていた。


「ソフィアさん、踊っていただけませんか」

 一人の男子学生が、宮廷儀礼に乗っ取った仕草でソフィアにダンスを申し込む。

「ええ、喜んで」

 高く澄んだ声で答えるとソフィアは品のいい微笑を浮かべ、ソファから立ち上がった。

「やっといなくなった」


「エファちゃん、踊らないの」 

 ソフィアがいなくなったと思ったら今度はユーディットがエファの傍に来た。

「もう少ししたら踊るよ。あんたは随分とモテモテね」

「皆が声をかけてくれるんだよ。男子学院の人って優しいんだね」

「優しい……ね……」

 エファは意味ありげにユーディットのドレスを見る。清楚な感じの淡い桃色のドレスだ。おっとりした感じのユーディットが着ると、おとぎの国のお姫様みたいだ。

 このドレスこそ、エファがガゼルト男子学院の面々とチャットをしてお金を貸してもらうときに画像で送ったドレスだ。エファとチャットした男子学生がこぞって、画像のドレスを着ている、ユーディットに声をかけているのだろう。


 ちなみに二人で一緒にやると言っていたダイエットで、ユーディットはしっかり痩せたが、エファは三日でやめてしまい、元の体型のままだった。


「あの、すいません。僕と踊ってもらえませんか」

 黒縁の眼鏡をかけた人のよさそうな男子学生がユーディットにダンスを申し込む。

「ええ。私でよければ」

 ユーディットは、またね、とエファに目配せし、メガネの少年と隣のホールに向かった。


 眼鏡の少年の名はボルファーツ。ハンドルネームはメガネ。エファは完全に忘れていたが、チャットをしてお金を借りた一人だった。


 一人になったエファは周りに人がいないのを確認して小さな声で独白する。

「チョー、いるわね」

 エファの耳元で空気が震える。透明な姿のチョーさんがエファの傍にいるのだ。エファはチョーさんをこっそり舞踏会に連れてきていた。

「スパイシースパイダースパイラルスパイの俺っちはいつでもそばにいるぜ」

 スパイシースパイダースパイラルスパイという親父ギャグをエファは無視する。

「いるならいいわ。予定通りやるからね。そのまま隠れてなさい」

「このスパイシースパイダースパイクスパイの俺っちに抜かりはないぜ」

 スパイシースパイダースパイラルスパイじゃないのかよ、とエファは心の中で突っ込みを入れる。


「踊ってもらえますか、エファ クレディオンさん」

 優雅な仕草でお辞儀をして、真っ白なスーツを着こなしたフェリックスがエファに手を差し出す。揺れた豪奢な金髪に光がキラキラ反射する。

「いいわ、踊りましょう」

 エファはフェリックスの手を取りソファから立ち上がる。フェリックスに誘われ、エファは皆が踊っているホール中央に移動する。


 エファとフェリックスは楽団が奏でる調べに乗って、軽やかにステップを刻む。しばらくすると、音楽がゆったりしたものに変わった。エファ達もダンスのテンポを落とす。


「先ほど女子学院の方に聞きましたが、エファさんは仕送りを止められているそうですね」

 踊りながらフェリックスが話しかけてきた。

「そうよ。一夜にして頂点から底辺に転落したのよ」

 エファは自虐的な冗談を口にする。

「底辺なんてご冗談を。仕送りなどなくてもエファさんの存在感は際立っています。生まれながらに頂点の輝きを持っているのですね」

「御世辞が上手ね、ねえ、ちょっと遊びをしない」


 エファは悪戯好きな子供のような表情でフェリックスを見上げる。

「どんな遊びですか」

「簡単な賭けよ。あの扉から、次に入ってくるのが男子か女子か当てっこするの」

 エファはホールの入口を指さす。

「確かに簡単ですね。では、何を賭けましょうか」

「お金に決まってるでしょ。私が言い出したんだから、先に選んでいいわよ」

「じゃあ、女子、に賭けさせてもらいましょう。賭け金はエファさんが決めてください」

「じゃあ、賭け金は十万ガゼルド。いい?」

「ええ。構いません」


 エファとフェリックスは踊りながら、ホールの入口を見る。ホールの入口の扉が開き、女子学生が入ってきた。

「俺の勝ちですね」

 フェリックスが微笑む。一方、エファは不機嫌そうに唇を尖らせる。

「ねえ、もう一回しよう。次は賭け金、二十万ガゼルトでどう」

「受けましょう。今度はエファさんが先に男子か女子か決めてください」

 エファはホールの入口を見る。入り口からは男子学生が入ってきたところだった。


「女子にする」

 エファとフェリックスが見つめる中、ホールの入口の扉が開く。入ってきたのはトレイにジュース類を乗せた男性執事だった。

 うぬ、とエファは呻く。これで合計三十万ガゼルトの負けだ。

「次よ。次こそ勝ってやる」

 エファは熱くなる。まるで賭け事で身を滅ぼす典型だ。今まで二言返事で受けていたフェリックスが少々考え込む。そして、意地の悪い笑みを浮かべる。

「受けてもいいですが、これで最後。そして、賭け金は五百万ガゼルトでどうですか」

 賭け金の高さにエファは怯む。フェリックスにとって五百万ガゼルトは失っても痛くもかゆくもない額だが、仕送りを止められているエファには遊び半分で失うには痛すぎる。そのことを分かった上でフェリックスは賭け金を一気に上げてきたのだ。


「いいよ。五百万ガゼルトでやってやるわ」

 エファは強気に頷いた。負けたまま引き下がることのできるエファではない。

「では、今回も先にエファさんが選んでください、男子か女子かを」

 エファはホールの入口を凝視する。

「女子にする」

 エファがそう言った直後、ホールの扉が開く。扉を開いたのは男子学生だった。しかし、男子学生は誰かに呼ばれたのか、振り返り廊下に戻って行った。

 命拾いしたエファは、ほう、と安堵のため息を漏らす。

 再び扉が開く。入ってきたのは化粧室から帰ってきたソフィアだった。


「私の勝ちね」

「強運の持ち主ですね」

 完敗、といった様子でフェリックスは肩を竦める。

「あまり悔しそうじゃないわね。」

 もっと悔しがってくれないといまいち面白くないエファだった。

「素敵な女性に貢ぐのは男の本懐ですから」

 フェリックスが爽やかに微笑む。お世辞や微笑は出し惜しみしない性格のようだ。


 ダンスを終えた後、フェリックスが多機能携帯魔機を取り出し、負け分、四百七十万ガゼルトをエファの口座に振り込む。

 口座への入金を確認したエファはフェリックスと別れ、元いたソファに戻る。


「俺っちの完璧な働きぶりはどうでい。完璧すぎて俺っち、自分が怖いぜ」

 ブドウジュースを飲み一息入れていたエファの耳元でチョーさんが囁いた。姿を消しているので見えないがエファの傍にチョーさんがいるのだ。

「よくやったわ、チョー。褒めてあげる」

「おう。この最強最高最大幽霊の俺っちに任せておけ」

 出来過ぎていたエファとフェリックスの賭けは、その全てがエファの策略だった。


 ソファに座っていたエファは、実は、賭けの相手を物色していた。何度もできることではないので大物を狙っていた。そんな折、ダンスを申し込んできたフェリックスはまさに葱を背負った鴨だった。


 エファとフェリックスが賭けをしているとき、傍には姿を消したチョーさんがいた。チョーさんがエファとフェリックスの賭けの内容をホールの外で働いているコリュウに伝える。コリュウがホールに入る人を操作して一回目、二回目はフェリックスに勝たせ、賭け金が上がった三回目にエファを勝たせるように仕組んだ。三回目、ホールに入ろうとしていた男子学生を呼んだのもコリュウだった。


 三回目のとき、エファは賭け金の増額を提案するつもりだったが、フェリックスから増額を持ち出してきたのでより自然にエファが強運を味方につけたように見えた。


「儲けるだけ儲けたし、踊るか」

 エファがソファから立ち上がると、タイミングよく男子学生がダンスを申し込んできた。その学生を皮切りに、エファは何人もの男子学生と踊り、星降る夜の舞踏会を満喫した。

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