第25話 デブとぽっちゃりの狭間で苦悩するコリュウの回

 夏休み後半のある日、エファは、ユーディット、コリュウ、チョーさんと自分の部屋である地下室で午後のティータイムを楽しんでいた。


 最近、コリュウが彷徨っていた異次元との繋がりが安定しているらしく、チョーさんは異次元を通って、よくエファの部屋に遊びに来ていた。


「エファちゃん。これなんてどうかな。可愛いと思うけどな」

 ユーディットがテーブルの上に見開きにしておいた雑誌の一角を指さす。そこには白黒ストライプのカジュアルなパーティドレスが掲載されていた。

 エファとユーディットは十日後にある夏休み最後にして最大のイベントである、ガゼルト男子学院の初等部が主催する、星降る舞踏会、で着る服を選んでいた。


「地味。それに安っぽい。こんなのよりこういう方が好みよ」

 エファは雑誌を数ページめくって、豪華で派手なカクテルドレスの写真を指さす。

「えー 派手すぎだよ。それに高いよ」

「お金なんて問題じゃないでしょ。目立つためにはこれくらい派手じゃなきゃ」

 星降る舞踏会は両校の交流を目的としているが、そこは各自の見えの張り所であり、学生達は平民が見たら腰を抜かすであろうお金を使ってお洒落な洋服を用意するのだ。


「うーん。私はさっきの方がいいと思うけどな。コリュウちゃんはどう思う」

「拙者は両方とも可愛いと思うでござる」

「あんた、さっきからそればっかりね」

 コリュウは正直に感想を述べていたが、どのドレスを見ても可愛いと褒めるばかりなので意見としては無価値だった。

「しかし、この洋服ではサイズが無いでござるよ、エファ殿」

 雑誌に記載されているサイズを見てコリュウが何の気なしに言った。

 部屋の空気が凍りつく。

 ユーディットはこめかみに冷たい汗を流し、顔をひきつらせている。


「き~さ~ま~」

 エファは、夜叉のような怖い表情でコリュウを睨めつける。

「今デブって言ったな。暗にデブって言っただろ。太ってるって馬鹿にしただろ」

「そ、そういう意味ではないでござる。これは失言でござった。申し訳ないでござる」

 コリュウは椅子から降り、床に正座して平身低頭謝る。

「反省しろコリュウ。女性の体形のことを言うなんてデリカシーの欠片も無いのか。この木偶坊。おしおきのスターライトビックバンカーニバルだ!」

 意味不明な技名を叫びながら、チョーさんがコリュウの頭をぽかぽか殴る。


「チョーの言う通りよ。反省しなさい。それと、私は太ってるわけでも、デブなわけでもない! ちょっとぽっちゃりなだけよ!」

「そうだそうだ。エファ様はぽっちゃりなだけだ。丸っとして愛らしいだろうが」

「丸っと、は余計よ!」

 つまり、愛らしい、だけでいいということだ。

「お、おう、分かったぜ、エファ様」

 エファの剣幕におされ饒舌だったチョーさんもしり込みする。

 少し怒りが収まったのかエファは椅子に座りなおし、ケーキを食べ、紅茶を飲む。

「さてと、ドレスを探すわよ」

 エファとユーディットは気を取り直してドレス選びを再開した。


「なかなかいいのが無いわね」

 三冊の雑誌を見終え、ユーディットはドレスを決めたが、エファは決めきれずにいた。

「エファちゃんは選ぶ基準が厳しいんだよ」

「だって妥協したくないじゃない。それに変なの着ていったら恥ずかしいし」

「うーん。でも資金は大丈夫なの。仕送り止められたままなんでしょ」

「資金の心配はいらないわ。この私がいつまでも貧乏なままでいるわけないでしょ」

 エファは得意げになる。

「そういえば、最近サンドイッチも食べてないし……」

 最近、エファの食事は食堂で最も安いサンドイッチから、平均よりもやや高めの値段の料理に変わっていた。


「投資の利益が出たんだね。よかった」

 自分のことのようにユーディットは喜ぶ。

「まあ、そんなところよ」

 投資の利益が出ているのは確かだが、エファの手元資金が急激に増えたのは、叔父からお金を借りたからだ。しかし、エファはそのことは黙っていた。

「さすがエファちゃん、すごいな。ねえ、私に為替のアドバイスをしてくれない」

 ユーディットは多機能携帯魔機スマホを取り出してフローナの為替を表示する。


「今高値でしょ。仕送りを換金するのはもうちょっと待った方がいいかな」

 フローナ高の現状で仕送りの王国金貨をフローナに換金すると目減りしてしまう。もう少しフローナ安になるのを待ちたいところだ。だが、舞踏会に向けてフローナ女子学院の学生が仕送りを大量にフローナに換金するのでさらにフローナ高になるとも予想され、今のうちに換金しておいた方が得策とも考えられる。

「フローナへの換金なら今よ。舞踏会が終わるまでフローナが上がることはあっても下がることはまずないでしょ」

 エファの回答は常識的なものだった。それ故にユーディットも納得する。

「そっか。そうだよね。じゃあ、今晩にでも仕送りを全部フローナに代えちゃうね」

「ちょっと待ちなさい。フローナに変えるのは必要最低限にしなさい。残りは王国金貨で持っておくか、換金するならガゼルトにしなさい」

「ガゼルト?」

 ユーディットが首をひねる。この回答には納得がいかなかったのだ。


 ガゼルト、はガゼルト男子学院で使われている通貨だ。

 ガゼルト男子学院もフローナ女子学院も姉妹校なので両学院では自分達の通貨の他に相手の学院の通貨も使える。ただし、両学院とも相手の学院の通貨を使用する場合、換金手数料が発生する。

 例えば、フローナ女子学院でガゼルトを使うと換金手数料が取られるので、実質、一割減程度の価値になってしまう。


「現在のガゼルトの相場を調べてみなさい。フローナに比べて一割ちょっと安いでしょ。使用するときに換金手数料を取られたとしても、今ならガゼルトに代えた方が少しだけど割がいいのよ」

「あ、そうか。ガゼルトの変動まで把握しているなんて、エファちゃんよく調べてるね」

 ユーディットが感心する。ユーディットを含め、フローナ女子学院初等部の学生の大半はフローナと王国金貨の変動しかチェックしていないのだ。

「仕送りを止められて以来、効率的に換金する為に色々調べてるのよ」

「それじゃあ、仕送りの半分はフローナに代えて、残りはガゼルトに代えるね」

「それがいいと思うよ」

 そう言うとエファはケーキの最後の欠片を、ぱく、と食べた。そんなエファをユーディットがじっと見る。その視線にエファが気づく。


「なに?」

「あの、あのね…… 私と一緒にダイエットしない」

「ダイエット?」

「最近、私、太っちゃって。舞踏会に向けてダイエットしようと思うんだけど、こういうのって一人より二人でやった方が頑張れそうじゃない。だから、一緒にダイエットしよう」

「ダイエットか…… たまには痩せてみるか」


 エファはギロリと、正座して反省しているコリュウを見る。

「太ってる、て酷いこと言う奴隷もいるし」

「滅相もないでござる。誤解でござる。そうだ。ダイエットなら忍者に伝わる秘術を教えるでござる。それで許して欲しいでござる」

「言い訳とは女々しいぞコリュウ。男なら言い訳よりも甘い言葉で女性を喜ばせて見ろ」

「甘い言葉でござるか…… では、エファ殿はぽっちゃりがお似合いだと思うでござる」

「馬鹿もーん」

 チョーさんがハリセンでコリュウの頭をはたく。

「そんな言葉のどこが甘いんだ。もっとスイートに、心も歯もメロメロに溶かす、まったりとしたべた甘な言葉を考えろ」

「む、難しいでござるな。では……」

 コリュウが次なる甘い言葉を考える。


「ぽっちゃりは世界を救う、でござる」

「馬鹿もーん。なんだその切れの無い言葉は。それにぽっちゃりに固執しすぎだ。もっと広い視野で自由な発想で考えるのが甘い言葉ってもんだろうが」

 うぬぬぬ……、とコリュウが頭を抱えてもだえ苦しむ。

「苦しめ。苦しめ抜け、コリュウ。その壁を越えた先に、コメディアンとしての成長があるんだ」

 何故コメディアンなのかは分からないが、チョーさんがコリュウを鼓舞する。

 はっ、と、雷に打たれたかのように突然コリュウが顔をあげる。


「おデブも、おヤセも、人のうち」

「意味わからーん」

 チョーさんがハリセンでコリュウの頭を盛大にはたく。

 コリュウとチョーさんの掛け合いは放っておき、エファとユーディットはダイエット計画を立てていた。

 時間も遅くなってきたので、午後のティータイムもお開きになり、ユーディットは自分の部屋に、チョーさんは地下倉庫に帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る