第24話 ユーディットと内緒話するコリュウ、ソフィアと内緒話するエファの回
ユーディットと仲直りした日の夜。エファはコリュウにサンドイッチを買いに行かせ、部屋で食べた。
「ねえ、コリュウ。あんたもユーディットも友達とか友情とかよく言うけど、いったい、いくらくらいの価値のものなの」
サンドイッチを頬張りながらエファがコリュウに尋ねる。
「友達も友情もお金で測れるものではないでござるよ」
「三億フローナくらいかな」
「人の話を聞いているでござるか、エファ殿」
「じゃあ、五億フローナも用意すれば、ユーディットの奴、受け取るかな」
「ユーディット殿は、お金は受け取らないと思うでござるよ」
エファはサンドイッチをぱくりと食べ、腕組みする。
「それが分からないのよね。どうしてお金を受け取らないの。ユーディットの奴が私と仲良くしたいなら、お金を受け取って仲良くすればいいじゃない。それを友情だとか友達だとか、分けわからないこと言うからこんがらがってくるのよ」
「お金で作られた友情はお金が無くなったら消えてしまうでござるよ」
「お金が無くならなければいいんでしょ。それにお金の方が分かりやすいよ。お金があれば仲間、無ければ他人。そう考えればお金がある内は裏切られないから安心でしょ」
仕送りが止められる前、エファは自分のグループの同級生にお金を配り仲間にしていた。仕送りが止められお金を配れなくなったのでその仲間は消えたが、お金を配っている間は誰も裏切らなかった。その経験からもエファは自分の発言が正しいと思っていた。
「それも一理あるでござる。しかし、お金が無くても仲間になる人間もいるでござるよ」
「そういう損得が関係しないのが嫌なのよ。損得を勘定する人間なら、得な状態にしておけば裏切らないでしょ。でも、損得を勘定しない人間はいつ裏切るか分からないじゃない」
「エファ殿はユーディット殿が裏切ると思っているでござるか」
「当り前でしょ。ユーディットの奴がお金を受け取るまで私は信用しない」
「エファ殿がユーディット殿と友達であれば、ユーディット殿は裏切らないでござるよ」
「だから、その友達ってのが分からないのよ。お金でどうにかできないかな」
今まで何でもお金で解決してきたエファには、お金が関係しないユーディットと、どう付き合えばいいのかよく分からなかった。
「ユーディット殿に興味を持ち、ユーディット殿が喜ぶと思うことをするでござるよ」
「興味を持つ、か…… まあ、人に注目されて悪い気はしないからね」
目立ちたがりの血が騒ぐのか、この点については納得するエファだった。
「でも、そういうのって相手の状況とか、心情とか考えなくちゃいけないし、面倒よね。お金で解決が一番楽だと思うんだけどな」
コリュウは微笑ましい表情でエファを見る。まるで親鳥が雛を見るようであった。
「相手が自分のことを考えてくれるからこっちも相手のことを考える。そうやって信頼が生まれ、親友になっていくのでござるよ」
「まあ、やってみてもいいか。もしユーディットが私を裏切ったら、やっぱり友情とか友達なんて信用ならないものだったって証明になるし、ユーディットが私を裏切らないなら、無料で仲間ができるんだから儲けものよね。どちらに転んでもいいんだから、お得ね」
損得勘定で物事を理解しようとするあたり、実にエファらしいやり方だった。
サンドウィッチを食べ終えたエファはテーブルからベッドに移動して寝転ぶ。
フローナ女子学院にいる学生の親は超大金持ちであり、世間でも有名なのでウェブで検索すればたいていすぐに見つかる。
「ユーディットのママは有名なヴァイオリニストだったのね。パパは格闘家なんだ。なんかユーディットのイメージと全然あわないな」
エファが見ているサイトにはまだ結婚する前の、若かりし頃のユーディットの両親の写真が載っていた。
エファはヴァルキリーシステムの戦いで有名人が使っている、あるいは過去に使っていた必殺の魔法や技が列挙されているウェブページを見る。そこでユーディットの母親が使っていた魔法を調べる。
「愛と平和のパストラーレか。ユーディットのママは変な魔法を使ってたのね」
「エファ殿のご両親はどんな必殺技を使っていたでござるか」
テーブルの上を片づけたコリュウがエファに尋ねる。
「ママは天使の子豚で、パパは飛び蹴りよ」
「エファ殿も使っているでござるね」
「ヴァルキリーシステムの必殺技は親から子へ引き継がれることが多いのよ。それが長年続くと、その家御用達の技、と呼ばれるようになるのよ。ソフィアのカナンの盾みたいに」
「そうなのでござるか。忍法の伝授と似ているでござるな。さて、片づけも終わったし、拙者は執事館に戻るでござる。おやすみでござる」
コリュウが出て行った後、エファは王国の経済状況、特にフローナの為替を調べた。
「友達か……」
不意にエファは呟いた。
ユーディットはエファに好意的に接してくる。正直、何故そこまで好意的なのかエファには理解できない。だが、それがユーディットの言う、友達、なのだろう。悪い気はしない。こっちにも相手に好意的な感情を抱かせるものがある。
「私が友達になろうとしたらソフィアの奴もこんな風に感じるのかな……」
宙を見つめ考えていたエファが、くっくっく、と笑う。小悪魔めいた笑いだった……
*
エファの部屋を出たコリュウは執事館への道を歩いていた。食堂の前を通ったとき、食堂から出てきたユーディットを見かけた。
コリュウはユーディットを呼び止めた。
「あ、コリュウちゃん。どうしたのこんな所で」
「お聞きしたいことがあるでござる。しばし時間を取っていただけないでござるか」
「いいよ。じゃあ、あっちのベンチで話そう」
ユーディットとコリュウは食堂の近くのベンチに移動する。
「それで聞きたいことって何かな?」
ユーディットが少し首を傾けて、コリュウを見る。
「ユーディット殿がエファ殿と友達でいてくれること、拙者とても嬉しく思うでござる。しかし、拙者から見ても、ランドグスの件はエファ殿に非があるでござる。それでもユーディット殿がエファ殿を友達と思うのは何故か、理由を教えて欲しいでござる」
ユーディットが、うーん、と言いながら考える。
「コリュウちゃんは、私がエファちゃんの家の資産が目当だと疑ってるのかな」
ユーディットはズバリ、質問の真意をくみ取る。ドジな彼女だが決して馬鹿ではない。
「大変失礼とは思うでござるが、否定はしないでござる」
今は仕送りを止められているがエファの家は王国でも五指に入る超大金持ちだ。口ではお金に興味無いように言っていても、実はエファの家のお金に魅かれてユーディットが友達になろうとしている、ということは十分に考えられる。
「私がエファちゃんと友達でいるのは、エファちゃんが私を差別しないからだよ」
ユーディットは、夜空に瞬く星々を眺めながらちょっと前の話しを始めた。
フローナ女子学院に入学する前、ユーディットは地元の有名中学校に通っていた。ドジで鈍くさい彼女はそこで苛めにあい、クラスで最下層の人という差別を受けていた。
フローナ女子学院に入学したとき、ユーディットはここでも虐められるのではないかと恐々としていた。そんな彼女なので、入学早々クラスで偉そうな態度を取っているエファを最初は恐れていた。しかし、エファはユーディットを苛めるようなことはしなかった。
エファだけでなくソフィアもユーディットを苛めることはなかった。クラスで影響力を持つ二人がそうだから、クラスで三位の女の子などいくつかの集団に苛められることはあっても、中学の時のようにクラス中から苛められることはなかった。
「でもね、ソフィアちゃんのは、私がドジで可哀想だから苛められないように守ってあげる、ていう憐れんでいる感じなんだ。他の友達にはそんな態度をとらないから、そういうのを見ると、見下されてる、て感じちゃうんだ。単に私が僻んでいるだけなんだけどね。その点エファちゃんは違った。私も他の人も、貧乏人、といっしょくたにしてた」
ユーディットはくすくすと笑う。
「おかしいよね。貧乏人と悪口言われてるのに、この人は私と他の人を差別しないんだ、て思ったんだ。私、ずっと苛められて差別されてきたから、エファちゃんが私を差別しないことが嬉しかった。だから、エファちゃんの傍にいようと思ったし、友達でいようと思ったんだ。これが、エファちゃんと友達でいようとする理由だよ。お金なんて関係ないよ」
「よく分かったでござる。疑ったりして本当に申し訳なかったでござる」
コリュウはベンチから立ち上がり、ユーディットに頭を下げた。
ユーディットと別れ、コリュウは再び執事館への帰路に着いた。
ユーディットの話は一応納得できた。しかし、実は作り話かもしれない。エファの財力に魅かれて友達になろうとしていることを隠そうとしているだけかもしれない。
ユーディットを信じているコリュウだが、これからも注意して観察しなければならないと思う。そして、主人のエファにとって有害ならばそれなりの対応を取らなければならない。
コリュウは星空を見上げる。
陰から主人を守るには、とことん他人を疑う必要もある。そういうことに慣れてくると無防備に人を信じられなくなる。だから、エファにはそんな風にならないで欲しいと思う。
エファとユーディットがいつまでも友達でいますように、とコリュウは星に願った。
*
翌日の昼過ぎ。エファは女子学院の敷地内にある湖に向かった。湖のほとりにベンチがあり、そこにソフィアが一人で座っていた。エファが呼び出したのだ。
「待たせたわね」
エファもベンチに座る。
「突然呼び出して、何の用かしら」
「ユーディットのランドグスのことだけど…… ありがとう」
ソフィアの方は見ず、エファは目の前に広がる湖に視線を固定したまま言った。誰が見ても照れ隠しだと理解できる仕草だった。
ソフィアはポカンと口を開け、エファの横顔を見る。
「なに呆けてるの。元々故障がちだった頭がついに全壊した?」
エファの皮肉を聞いて、ソフィアが我を取り戻す。
「あなたじゃないんだから、そんなわけないでしょ。ただちょっと…… そう、ちょっと驚いただけですわ。まさかあなたに礼を言われるなんて、ね」
ふん、とエファは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「私だってあんたにお礼なんて死んでも言いたくないわよ。今回の件では、一応、ほんの少しだけど世話になったから仕方なく言っているだけよ。でもあんたに借りは作らない。ランドグス代の六百三十万フローナ、払うから」
エファは制服のポケットから
ソフィアも
「あなた、どうやってこんな大金を手に入れたの」
「方法なんてどうでもいいでしょ。とにかくこれであんたに借りは無いから。対等よ」
エファは仕送りを止めた張本人である叔父に一千万フローナを借りていた。
エファが踏み倒す可能性が高いと思ったのか、当初叔父は貸し渋っていた。しかし、エファが天使の子豚像を担保にすると言うと、態度を軟化させ、お金を貸してくれた。
天使の子豚像には一千万フローナ以上の価値がある。そして、エファが天使の子豚像を大事にしていることを叔父は知っていた。大事なものを担保にするくらいだから、エファにしっかりとした返済の意志があると叔父は判断したのだ。
「いいでしょう。これで貸し借りは無しにするわ。要件は以上かしら」
ソフィアがベンチから立ち上がる。
「そうよ」
エファも立ち上がる。
「素直に自分の非を認めたところは評価してあげるわ。それと、どうやったかは知らないけど、これだけのお金をすぐに集める手腕はさすがね」
ソフィアがエファを見る。ライバルと認めた者に向ける視線が復活していた。
「何を偉そうに。元はと言えばあんたが職権を私的利用して暗躍したのが悪いんでしょ。ある意味、私は被害者じゃない。被害者の会を設立してリコールするわよ」
「権力を持っていない輩に限ってそういう負け惜しみを言うのよ。富豪が貧乏人に いわれのない憎まれ口を叩かれるのと同じかしら」
「職権を乱用しておいて、いわれもない、なんてよく言えるわね。悪いことしても認めないのは、貧乏になっても事実を認めない没落貴族の常套手段ね」
「すぐ家柄を持ち出す。家柄コンプレックスの塊ね。これだから成り上がり者は嫌なのよ」
エファとソフィアは同時に、ふん、とそっぽを向く。
そのまま逆方向に歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます