第23話 純プラチナ製の天使の子豚争奪戦の回

 カフェのオープンデッキのテーブルで六人の学生がお喋りしていた。輪の中心になっているのは、エファ、ソフィアに次ぐ、クラスで三番目に金持ちの家の女の子だ。


「エファのやつ、何でこんなに豚が好きなんだろ」

 クラスで三位の女の子がテーブルに置いてある天使の子豚像を指差す。

「体型が似てるからじゃない」

 隣にいた女の子が悪意のある冗談を言うと、周りの女の子達が一斉に笑い出す。


 クラスで三位の女の子は、エファのカジノが評判になった直後に偵察に行った。その時、カウンターに置いてあった天使の子豚像を見つけた。

 エファとソフィアがヴァルキリーシステムモバイルで争っている隙にクラスで三位の女の子は天使の子豚像を盗んだ。彼女は、ちょっとした悪戯のつもりだった。エファがおろおろして、天使の子豚像を探し始めたら、こっそり返すつもりだった。しかし、その後すぐにカジノが営業停止になってしまい、返し損ねていた。


「あんた達、それを返しなさい」

 小太りの体全体から怒りを湯気のように立ち上らせたエファがクラスで三位の女の子達に近づいてくる。

「その像はエファ殿の物でござる。発信機から出ている電波の照合もできているでござる」

 発信機? と六人の女の子達が驚く。彼女達も夏祭りの道具類で高価な物には発信機が取り付けられていることを知らなかったのだ。


「さっさと返しなさい。この泥棒」

 エファはテーブルに置かれた天使の子豚像に手を伸ばす。エファの指が天使の子豚像に触れる瞬間、クラスで三位の女の子が天使の子豚像を掴み、自分の方に引き寄せた。

「泥棒とは酷いな。私たちは落ちていたのを拾っただけだよ。この像がエファのなら、お礼を言われてもおかしくない立場のはずだけど」

 実際は盗んだわけだが、クラスで三位の女の子は口から出まかせを言う。

「拾ってくれて、ありがとう」

 極めて形式的にお礼を言ってエファは天使の子豚像に手を伸ばす。しかし、再びクラスで三位の女の子が天使の子豚像をエファの手の届かない所に引く。


「おいおい、お礼は拾得物の一割が相場だろ。この像の一割はかなり高いだろうな」

 毒蛇じみた表情で、クラスで三位の女の子はエファを見る。

「謝礼が払えないなら、私たちの遊びに付き合ってもらおうか」

 クラスで三位の女の子が天使の子豚像を持ったまま、立ち上がる。周りにいた女の子達も揃って立ち上がった。


 エファはクラスで三位の女の子達に校庭に連れて行かれた。コリュウもエファについて校庭についてきた。

「それで、何して遊ぶの」

「ヴァルキリーシステムで決闘だよ」

 クラスで三位の女の子が多機能携帯魔機スマホを使って校庭に設置されている共用のヴァルキリーシステムを稼働する。クラスで三位の女の子達が制服を戦闘衣に変化させる。

 エファも制服を戦闘衣に変化させる。


 早速、一人の女の子が何本も銀の矢をエファに射掛けてきた。

 エファは無駄のない動きで銀の矢を全て避け、射掛けてきた女の子に近接する。軽やかにジャンプし、豪快な蹴りを女の子の顔面に叩き込む。

 悲鳴を上げて女の子が吹き飛ぶ。続けて、近くにいる女の子に攻撃しようとしたエファに、クラスで三位の女の子が叫んだ。

「そんなに激しく動かれたら、この像を落としそうだな」

 エファの動きが、ぴたり、と止まる。

「そうそう。そうやって動かなければ、この像をしっかり持っていてやるからな」

 クラスで三位の女の子はこれ見よがしに右手に持った天使の子豚像を頭上に持ち上げる。

 周りにいる五人の女の子が動かなくなったエファを攻撃する。


 天使の子豚像を、いわば人質に取られ、エファは一切動けず、やられ放題やられていた。エファの戦闘衣がボロボロになっていく。


「卑怯な真似はやめるでござる」

 コリュウが女の子達に攻撃しようとする、が、すかさずクラスで三位の女の子が叫ぶ。

「お前も動くな。この像がどうなってもいいのか」

「下がってなさい! コリュウ」

 主人に命令されてはコリュウも止まらざるを得ない。コリュウは手も足も出せず、エファがやられていくのを見ているしかなかった。


                  *


 エファとコリュウが去った後、ユーディットは扉を開けたまま考え込んでいた。


 エファが言っていた天使の子豚像は知っている。カジノのカウンターに置いていたものだ。入学間もない頃、エファが同級生達に天使の子豚像を自慢げに見せていたことがあった。両親から誕生日に貰ったものでとても大事なものだと言っていた。


 エファの慌てぶりからすると、天使の子豚像がどこかにいってしまったのだろう。しかし、コリュウが言っていたことから推測すると天使の子豚像はカフェにあると判明したようだ。場所が分かれば、エファとコリュウなら無事に天使の子豚像を見つけるだろう。

 私の出る幕じゃない。それにもう関係ない。そう思い、ユーディトは扉を閉める。しかし、扉が閉まりきる直前でドアノブを握っていた手を止めた。


 エファとコリュウの二人ならまず問題は無いだろう。だが、気になる。

 エファがユーディットのことを友達だと思っていなかったとしても、ユーディットはエファを友達だと思っていた。ランドグスの件で酷いことをされても友達だと思っていた。


 友達が困っているなら助けるべきだ、とユーディットは思う。


 今からカフェに行っても天使の子豚像を見つけた後かもしれない。鈍くさい自分では役に立てないかもしれない。だが、もしかしたら役に立てるかもしれない。百回に一回しかそんなことは無いかもしれないが、行動しなければその一回は永遠にやってこない。


 ユーディットは廊下に出て階段を駆け降りる。寄宿舎の玄関から外に出て、カフェに続く道を走る。そして、道の小さな段差に躓き、転んだ。

「うぅ…… 何で私ってこんなドジなんだろう」

 ユーディットは立ち上がり、服についた埃をはらい再び走り出す。自他ともに認めるドジな彼女はよく転ぶ、が、その都度、立ち上がってきた。


                *


 クラスで三位の女の子とその仲間達の攻撃を受け、エファはズタボロにされていた。

「よし、最後は私がトドメを指してやる」

 クラスで三位の女の子は天使の子豚像を持ったまま魔法を詠唱する。彼女は槍を使った接近戦が得意なのだが、今は天使の子豚像を持っているので魔法による遠距離攻撃でトドメを刺しにきた。

「我が招く光華は終焉を告げる鎮魂歌。振り降ろされるは冥王の玉鉾。訪れし消魂の裂傷は玉響、生まれし安寧は久遠……」

「ふにゃ!?」

 詠唱の途中に、やけに可愛い叫びが混じった。

 背後からこっそり近づいて天使の子豚像を奪おうとしていたユーディットが地面の凸に躓いたのだ。勢い余ってクラスで三位の女の子に飛び掛かる体勢になる。

「ひゃあ?!」

 クラスで三位の女の子が悲鳴を上げる。

 無防備だった背中から飛び掛かられ、クラスで三位の女の子はユーディットと絡まるようにもつれて地面に倒れる。その拍子に、天使の子豚像が宙に放り投げられた。

「忍法、韋駄天」

 コリュウが超高速で移動して天使の子豚像をキャッチする。

「大事に持ってなさい、コリュウ」

 言うが早いかエファは周りにいた女の子達に飛び掛かった。


 背中に覆いかぶさっているユーディットを押しのけてクラスで三位の女の子が立ち上がったとき、残りの五人は一瞬でエファにノックアウトされていた。クラスで三位の女の子は仲間が全員やられた惨状を目の当たりにして真っ青になる。

「くっ、くそ、今日はこれで勘弁してやる」

 クラスで三位の女の子がヴァルキリーシステムの結界を解除する。戦闘衣から制服姿に戻った六人の女の子達は一斉に逃げ出した。


「コリュウ! 天使の子豚像は無事?」

 逃げていく六人には目もくれずエファはコリュウが持っている天使の子豚像を見つめる。

「大丈夫、傷一つ無いでござるよ」

「よかった」

 コリュウから天使の子豚像を受け取ったエファは安堵する。

「よかったね、エファちゃん」

 ユーディットがエファに微笑んだ。エファはユーディットを見て顔をこわばらせる。


「あんた、何しに来たよ。さては、天使の子豚像を奪ってランドグスの腹いせに売り払おうつもりね」

「どうしてそんなひねくれた考えになるでござるか。ユーディット殿はエファ殿を助けに来てくれたでござるよ。そうでござるよね」

 コリュウがユーディットに同意を求める。ユーディットは、えへ、と照れながら頷く。

「結局転んだだけだったけど、エファちゃんの力になろうと思って来たんだよ」

「嘘! 何であんたが私の力になろうとするのよ。そんなことする理由がないじゃない」

「理由ならあるよ。だって、私はエファちゃんの友達だもん」

 ユーディットは、友達がお金よりも大事だと言わんばかりに、はっきりと言葉にした。

「私はあんたのランドグスを奪って担保にしたのよ。友達なんて理由で、私の力になろうとするわけない。絶対に何か企んでいるはずよ。正直に白状しなさい」

 友達、に金貨一枚の価値すら見出していないエファには、友達という理由で損得抜きに行動するユーディットが理解できなかった。絶対に何か隠していると思っていた。


「ランドグスのことは酷いと思ってる。謝って欲しい。でもね、何も企んでいないよ。私はエファちゃんと友達だし、私は、友達が困っていたらいつでも助けになりたい」

 エファとユーディットの間にいるコリュウが、うんうん、と頷く。

「ユーディット殿は海のように広い心を持つ素晴らしい御仁でござる」

 コリュウにはユーディットの言っていることが理解できた。しかし、お金至上主義のエファには友情を大事にするユーディットの考えが、やはり全く理解できない。


「ああ駄目、あんたの言っていること分からない。頭痛くなってくる。とりあえず、一応助けてくれてわけだし、謝礼を払うわ」

 エファは多機能携帯魔機スマホの画面に謝礼の額を表示させ、ユーディットに見せる。エファの提示額はかなり高かった。しかし、ユーディットは首を横に振った。

「お金はいらないよ。エファちゃんがランドグスのこと謝ってくれたらそれで十分だよ」

「はあ!? ふざけたこと言ってんじゃないわよ。私が言葉だけ謝ればそれで許すっていうの。そんないい加減なこと信用できるわけないでしょ」

 エファは異星人を見るような目つきでユーディットを見る。


「エファ殿とりあえず、謝ってみるでござるよ。言うだけなら無料でござる」

 コリュウにとやかく言われるのはしゃくだったが、無料、という言葉に釣られ、エファはユーディットに謝った。

「ごめんなさい」

 形式的なことこの上ない謝罪だったが、ユーディットは、うん、と言ってエファの謝罪を受け入れた。

「じゃあ、これで仲直りだね」

 ユーディットはエファの手を取ろうと一歩踏み出す。しかし、エファは一歩後退した。

「こっち来ないで。謝罪の言葉だけで納得する人間がいるわけない。やっぱりあんた何か企んでるでしょ。謝礼を受け取らないのだって味方の振りをする為でしょ」

「企んでなんて無いよ。信じてよ、エファちゃん」

「信じない。私に信用して欲しかったら謝礼を受け取りなさいよ」

「ううん。お金はいらない」

「お金が介在しない、そんないい加減なことを信じられるわけないでしょ。お金を受け取らないなら、一生、あんたのことは信用してやらないんだからね」

 お金を基準にしているエファは、お金を受け取った相手は信用できる。それは、相手がそのお金に満足している限り裏切らないと思えるからだ。しかし、お金を受け取らない相手は信用できる保証がなく、いつ裏切られるか気が気じゃないのだ。


「じゃあ、私は一生かけてエファちゃんに私のことを信用させてみせるんだから」

 冗談ぽく宣言すると、ユーディットがまた一歩エファに近づく。エファは一歩後退する。

「お金なんてなくても私はエファちゃんの友達だよ。エファちゃんも私のことを友達だと思ってくれたら嬉しいな」

「うぅ…… いい話でござる。友情はお金よりも重いでござる」

 ユーディットの熱い友情を目の当たりにして感極まったのかコリュウが男泣きする。


「ねえ、カフェでお茶しよう。今日はシェフの新作ケーキが出る日だよ。私、食べたいな」

「そこまで言うなら、友達、てのがどの程度のものか見てやろうじゃない。あんたが私を裏切った時、友達、てのは何の価値も無いものだと証明するってことを覚えておきなさい」

 そういうと、エファはカフェに向かって早足に歩き出した。

「カフェに行くんでしょ。ついてきなさいよ、ユーディット、コリュウ」

 それは、エファが初めてユーディットの名を呼んだ瞬間だった。

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