第22話 悪事がばれて主人公が弁解する回

 夏祭りが終わった翌日。ユーディットは昼過ぎに、ダイヤモンド通りにある楽器店に足を運んだ。弓の毛替えを頼みに来たのだ。

 ユーディットは店主のおじさんに弓を渡し、料金を支払う。店主が預かった弓を店の奥に持って行く。


 何気なく店主の背中を目で追ったユーディットは、店の奥に見慣れたヴァイオリンケースが置かれていることに気づいた。

「お、気づいたね」

 弓を店の奥に置いてカウンターに戻ってきた店主が気さくにユーディットに話しかける。ユーディットは常連なので店主とも仲良しなのだ。

 店主は店の奥からヴァイオリンケースを持ってきて蓋を開ける。ケースの中を見たユーディットは目を見張る。ケースに入っていたのは紛れもなく自分のヴァイオリンだった。

「ほら、ランドグスだよ。昨日、担保として預かったんだ。質流れになったら君に連絡するよ。古いけど保管がしっかりしていたらしく十分使える。君にうってつけだと思ったんだよね」

 店主はにこやかに喋っていた。


 ユーディットは練習用のヴァイオリンの修理や弓の毛替えはこの店にお願いしていたが、ランドグスを出したことは無かった。だから、店主がランドグスをユーディットの物だと知らないのも無理はない。

 驚きが大きすぎて思考がマヒしていたユーディットだったが、次第に思考が回復してくる。すると、大きな、そして深刻な疑問が鎌首をもたげてくる。


 壊れたはずのランドグスが無傷の状態で何故ここにあるのか? 


「あの、これ誰が持ってきたんですか」

「ああ執事の男の子だよ。ござる、と妙になまった喋り方をする子だったよ」

「ござる…… コリュウちゃん……?」

 ユーディットの視界が真っ暗になる。


 エファがランドグスを盗み、担保にお金を借りたという疑念が頭に浮かぶ。友達を疑うなんてよくないと思うが、店主の話からするとそうとしか考えられない。


 事実を調べる為、ユーディットは楽器店を出て執事館に向かった。一階の受付でコリュウを呼んでもらう。三階の部屋にいたコリュウが降りてくる。

「こんにちはでござる、ユーディット殿。何用でござるか」

 コリュウが清々しい表情で挨拶する。やましいことは何一つない、という顔だ。

「コリュウちゃん、あのね……」

 ユーディットがコリュウに事情を話す。エファが涙ながらにランドグスを壊したと告白したくだりを聞いたコリュウの顔は、これ以上ない程険しくなっていた。


 コリュウとユーディットは揃って、エファの部屋である地下室に来た。コリュウが扉をノックする。扉を開けてエファが顔を出した。

「エファちゃん……」

 ユーディットはエファの明るい褐色の瞳を見つめ、震えた声で言った。

「私のランドグスを壊した、ていうのは嘘だったの」


                  * 


 ユーディットの一言でエファは理解した。彼女が自分の策に気づいたということを。

 さて、どう答えるかな、とエファは考える。


「エファ殿。話はユーディット殿から聞いたでござる。昨日拙者に命じ、担保に入れたヴァイオリンはユーディット殿の物であったか否か、正直に話すでござる」


 こいつもいたんだな。話が長くなりそう、とエファは暗澹な気持ちになる。

 ユーディットにばれることを考えなかったわけではない。しかし、鈍くさいユーディットならまんまと騙しとおせるのではないかと思っていたのも事実だ。


「そうよ。あんた達の想像の通りよ」

 もう隠し通せることではない。エファはさっさと白状して手短に終わらせることにした。

「エファ殿…… 本当でござるか…… ユーディット殿には、ヴァイオリンを壊したとい偽っておきながら、その実ヴァイオリンを奪ったでござるか」

「そうだ、て言ったでしょ。聞いてなかったの。それとも頭の回転が鈍いわけ」

 コリュウがしつこく確認しているのは、そんな酷いことをするはずがないと主人のエファを信じているからだった。だが、そのことにエファは気づいていなかった。


「エファ…… あんた、そんなことをしていたの」

 実に悪いタイミングでソフィアが階段を降りて来た。

「何しに来たのよ、ソフィア」

「罰金の受領書を持ってきたのよ。電子データで送ってもよかったけど手渡しの方がいいかと思ってね。雑用のつもりだったけど、思いもよらない話を聞かせてもらったわ」

 ソフィアが真面目な顔になる。しかしその瞳には失望の感情が生まれていた。


「エファ、あなたは最低よ。私たちのいざこざは半ば何でもありの状態だったけど、それでも守るべき最低限のルールはあるでしょ。それを破るなんて信じられない。失望したわ」

「失望でもなんでも勝手にしなさいよ。」

 そう言って、エファは口を閉じた。事実は明らかになっている。もう話すことは無い。

「エファちゃん…… なぜ私に嘘をついたの」

 ユーディットが今にも泣きだしそうな声でエファに問う。

 エファは溜息をつく。普段から偽悪的な言動が多いエファだが、完全な悪者になってみると、なんとも居心地が悪い。


「夏祭りで騒ぎを起こした罰として、五百万の罰金を要求されたからよ。罰金のお金が足りなかったからあんたのヴァイオリンを利用した。それだけよ」

「そうじゃない、そうじゃないよ」

 ユーディットが頭を横に振る。

「私に嘘をついた理由を聞いてるんだよ。どうして正直に話してくれなかったの」

「正直に話してどうするの。ランドグスを担保にするから貸して、なんて、断られるに決まってるでしょ。だから、あんたに正直に話す理由なんて何もないでしょ」

「ランドグスは貸せないかもしれないけど、別の方法で協力できるよ」

「あんたが私に協力する理由はないでしょ。そういう偽善はやめてくれる」

「偽善じゃないよ。私は本気で思ってるよ。エファちゃんは友達だから、協力するよ」

 エファは肩を竦める。呆れた、と言わんばかりにユーディットに冷たい視線を送る。


「友達なんて不確かなこと言われても信用できないよ。お金がたまったらランドグスはちゃんと返す。もともとそのつもりだったし。それでいいでしょ」

 エファは全く悪びれない。

「そうじゃなくて……」

 ユーディットは口をもごもご動かすが、結局何も言わず下を向いてしまった。言いたいことはあるのだがうまく言葉にできない、という感じだった。


「ユーディットさん、あなたのランドグスは私が買い戻します。それをお返しします」

 黙り込んでしまったユーディットに変わり、ソフィアが口を開いた。

「そんな…… これはソフィアちゃんには関係ないことだよ」

「関係あります。元はと言えば私とエファの争いにユーディットさんを巻き込んでしまったことが原因ですから。お詫びはちゃんとするわ」

 ソフィアは多機能携帯魔機スマホを取り出し、エファにつきだす。

「ランドグスの借用書のデータをお渡しなさい。私が責任をもってお店から買い戻します」

 エファは自分の多機能携帯魔機スマホから借用書のデータをソフィアの多機能携帯魔機スマホに送った。ソフィアが買い戻してくれるならその方がいい。

「ユーディットさん、もう行きましょう。ここは空気が悪いですわ」

 ソフィアはユーディットを促し階段をのぼる。去り際、ソフィアはエファを一瞥すらしなかった。もうライバルでもなんでもないということだ。


 エファも部屋に戻ろうとする。

「エファ殿、話があるでござる」

 エファが閉じようとした扉をコリュウが掴む。エファは今日一番大きな溜息をついた。


 コリュウを部屋に入れたエファはベッドに腰掛ける。

「それで、話って何」

「エファ殿、ユーディット殿に謝りに行くでござる。拙者も一緒に行くでござる」

「ランドグスはソフィアが買い戻してくれるんだからもう謝る必要なんてないよ。謝ったって私の悪事が消えるわけでもないし」

 コリュウが驚いた顔をした。

「何驚いてんの。私が自分の行為を悪いことだと認識していたことが、そんなにおかしい」

「これは失礼したでござる。拙者、勘違いしていたでござる」

 コリュウは、エファが自分は悪くないと考えている、と思い込んでいた。


「人の物を無断で奪い、担保にするなんて悪いこと以外の何ものでもないじゃない」

 エファは自虐的に笑った。

「それでも、お金が欲しかったのよ。ソフィアに負けたくなかったのよ。一か月あれば為替と株で儲けられる自身があった。儲けたお金で、ランドグスを取り戻して、壊したところを修理したってことにして貧乏人に返すつもりだった。そうすれば、全て丸く収まるでしょ。うまくできると思ったんだけど、ままならないものね、世の中は」

「今言ったことをユーディット殿に話して謝るでござる。悪事に至った理由と、悪事をそのままほ放っておくつもりは無かったことを知れば、きっと許してくれるでござる」

「あんたって、本当に馬鹿ね。事情を話しても、あの貧乏人が私を許すわけないじゃない」

「そんなことはないでござる。ユーディット殿は友達思いの優しい御仁でござる。エファ殿が誠意をもって謝れば、許してくれるでござる」

 エファは鼻で笑った。


「友達、なんて理由で許せるわけないじゃない」

「友達だから過ちを許せるのでござる。しかし、いま謝らなければユーディット殿との友情も消えてしまうでござる。それは悲しいことでござるよ」

「元々、あの貧乏人とは友達じゃないし、別に悲しくないよ。それとさ、私、友達なんて大したもんだと思ってないから。人が必要ならお金で雇えばいいだけじゃない」

 エファの言葉を反芻するように、コリュウはゆっくり二回ほど瞬きした。


「たしかに、お金で必要な人材を雇えば、友達は必要ないかもしれないでござる。でも、損得抜きで行動してくれる親友がいるというのは、それはそれでいいものでござるよ」

「損得抜きなんて、それこそ信用ならない。その時の気持ちでころころ行動を変えるってことでしょ。その点、お金で雇用すれば、損得勘定ができる人なら私にお金がある限り従うでしょ。信頼できて安心じゃない」

「エファ殿の言っていることも正しいと思うでござる。しかし、拙者やユーディット殿のように、友情に信頼を置くことも正しいと思うでござる。どうかエファ殿、友情や友達について、そしてユーディット殿について考えて欲しいでござる。拙者、今日は戻るでござるが、明日また来るでござる。明日こそ、ユーディット殿に謝りに行くでござるよ」

「明日来ても無駄よ。私の考えは変わらない。あの貧乏人にも謝らない」

「貧乏人では無くて、ユーディット殿でござるよ、エファ殿」 

 そう言ってコリュウは地下室から出ていった。


「貧乏人は貧乏人でしょ」

 エファはベッドから立ち上がり、鏡台の引き出しを開ける。

「ここんところ運がないな。置き場所を変えてみようかな」

 引き出しの中には、カジノのカウンターにも置いていた、幸運を呼ぶ純プラチナの天使の子豚の置物が入っている、はずだった。しかし、天使の子豚の置物が見当たらない。

「無い……!? 無い!」

 エファは引き出しの中をくまなく探る。部屋中探した。しかし、、どこにも無い。


 エファは多機能携帯魔機スマホを取り出し、部屋を出て行ったばかりのコリュウを呼び出す。すぐにコリュウが戻ってくる。

「どうしたでござるか、エファ殿」

「カジノのカウンターに置いていた天使の子豚の置物知ってるでしょ。あれが無いのよ。あんたカジノを撤収するときに変なところに戻したりしなかった」

 エファは泣きべそをかき、金切り声に近い声で叫ぶ。


「撤収の荷造りしていた時には無かったでござる」

 夏祭りのお店の搬入撤収作業は学院の執事に依頼できる。普段執事を雇っていない学生も利用できるので、ほとんどの学生が荷物運びは執事に任せている。エファはカジノの道具の搬入撤収作業を全てコリュウに任せていた。

「分かった! あの貧乏人の奴か盗ったのね」

 エファは一目散に部屋を出るとユーディットの部屋がある二階に向かって階段を駆け上がる。


「待つでござる、エファ殿」

 コリュウがエファを追う。寄宿舎の一階と二階の踊り場でコリュウがエファに追いつく。

「落ち着くでござる。高価な道具類には保険を掛けてあるでござる」

「保険が何よ。あれはパパとママが私の誕生日のプレゼントでくれた世界に一つしかない宝物なんだから。保険金なんかで代えられるわけないでしょ」

 コリュウの制止を振り切ってエファは二階に上がる。二階にあるユーディットの部屋の扉を、どんどん、と叩く。驚いた顔のユーディトが出てくる。


「天使の子豚像を盗んだのあんたでしょ。どこにやったの。正直に答えなさい」

 エファは両手でユーディットの首元を乱暴に掴み、前後に激しく揺する。

「く、苦しいよ、エファちゃん」

「エファ殿、落ち着くでござる」

 コリュウがエファとユーディットの間に割って入り、二人を引き離す。ユーディットがケホケホ、と咳き込む。

「天使の子豚像を返しなさい。あんたが盗んだのは分かってるんだから、この泥棒!」

 縄張りに入ってきた他所者に吠える犬のようにエファは激しく捲し立てる。


「落ち着くでござる、エファ殿。夏祭りの道具類で高価な物には発信機が取り付けてあるでござる。今場所を探るでござるよ」

 コリュウが多機能携帯魔機スマホで天使の子豚像から発信されている電波を探る。

「そういうのがあるならさっさと言いなさいよ。このグズ」

「保険が掛けてあると言ったでござるよ。保険というのは損害、盗難保険とこの発信機を合わせたものでござる」


 保険は、荷物を運ぶ執事の方でが掛けるので、大半の学生は保険について知らない。


「食堂のカフェから電波が出ているでござる」

 コリュウの言葉を聞くやいなや、エファはカフェに向かって全力で走り出した。

「あ、エファ殿、待つでござる」

 ユーディットに一礼し、コリュウもエファを追う。

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