第19話 運命の夏祭り開催の回
夏休み中盤。
フローナ女子学院初等部で夏祭りが開催された。夏祭りは土、日の二日間行われる。王都の富裕層をはじめ、多くの人が訪れて学学生達が出した店を見て回る。
夏祭りの期間中は男性も出入り自由になるので、少し離れた所にあるガゼルト男子学院からも多くの男子学生が訪れる。
初等部校舎の入口の一等地にソフィアが出した店がある。出店スペース四つ分を使った大きな店だ。
四つのスペースは各々、カナン家に保管されている美術品を展示した美術館、ソフィアが使わなくなった洋服、アクセサリー、食器、家具などを売りに出したマーケット、プロ並みの裁縫技術を持つ執事のエミリエによる子供向け、手作り縫いぐるみ教室、バリスタの資格を持つ執事のエルマーによるおしゃれなカフェ、となっている。
好立地であることもあり、ソフィアの四つのお店は大繁盛していた。
ソフィアの店ではソフィアグループの仲間が店員として働いている。ソフィアのように複数の店を出すと人手が足りないので同級生を雇う。給料も出すので、売れない店を出すよりも繁盛している店で働く方が儲かる。この為、あまりいい立地を確保できなかった者や店を出したが、今一客の入りが悪い者は他の店で働くことが多い。
「なかなか繁盛していますわね」
校舎の入口から自分の店の好調ぶりを見てソフィアは満足げに頷く。
「立地もいいですし、四つの店のどれも各系統でトップの質ですから当然ですね」
ソフィアの横にいる、副生徒会長の女の子が分析する。
夏祭りに出展されている店のほとんどは、美術品や骨董品の展示系、中古品を売り出すマーケット系、子供と子供連れを対象としたファミリー系、食事や飲み物を出す飲食系に分類される。ソフィアは主流の四系統それぞれで一番いい店を出し、大成功を収めていた。
「これならエファがどんな手を使っても私には勝てませんね」
「エファさんは立地条件も最悪ですし、現状の売り上げは最下位。気にする必要は無いと思います」
ナンバー2の女の子の分析に対し、ソフィアは首を横に振った。
「今は最下位でもエファは何をするかわかりません。それにエファのお金にかける情熱というか、あの異常なまでの執念は計り知れません。しっかりと見張っておかなければいけません」
エファが仕送りを止められるまでは苦杯を喫していたのはソフィアの方だった。過去の苦い経験から、優勢となった今もソフィアはライバルとしてエファを無視できずにいた。
*
カウンターの椅子に座りながらエファは大きな欠伸をした。目じりに涙が出てくる。エファが出したお店はカジノなのだが、今日はずっと閑古鳥が鳴いていた。
「暇ね…… 死ぬほど暇だわ……」
多すぎる休息は少なすぎる休息と同じく疲労させる、という格言をエファは思い出した。
エファはカウンターに置いた純プラチナの天使の子豚の像を眺める。五歳の誕生日に両親からもらった幸運を呼ぶ像なのだが、今日は、いまいち効果が薄いようだ。
フローナ女子学院の学生は全員が上流階級の子女であり、気品あふれる少女達だ。そんな彼女達は賭け事は品位に欠けるものであり、少なくても自分たちが手を出すものでは無いと認識している。
エファはこの認識を逆手に取り、ライバル店がいないだろうと想定し、あえてカジノを出した。
カジノを出したのはエファだけであり、ライバル店がいないという点は想定通りに上手くいった。しかし、最悪の立地がその利点を完全に吹き飛ばしていた。
まれに一部の物好きがエファの店のある奥の方まで来て、もの珍しげにカジノに寄って行く。
忍者として賭け事に熟知しているコリュウはディーラーをやっている。イカサマもお手の物だが、イカサマを使わなくても実力差があればある程度勝ち負けを操れる。
コリュウは相手の射幸心を煽るように勝敗を操り、数少ない客から多くの利益を上げていた。しかし、いかんせん訪れる客の絶対数が少なく、売り上げは全店中で最低だった。
「お客さん来ないね」
エファの隣の椅子に座っているユーディットが溜息交じりに呟く。
ユーディットはカジノのお手伝いとしてエファが雇ったのだが、今のところ仕事は無い。
エファとユーディットの頭上ではチョーさんが昼寝しながら漂っている。
チョーさんもお手伝いとして雇った。本来、幽霊のチョーさんは地下倉庫から出られないのだが、エファが学校の許可を得て地下室から出してもらったのだ。しかし、やはり今のところ仕事は無い。
「ほっほー エファ君のお店はここだったのか」
陽気な声がエファの耳に届いた。声の主は、夏祭りの見回りをしているミカエルだった。ミカエルの後ろには教頭のクラウディアもいた。
「こんな端とは、探すのに苦労したぞエファ君。して、どんな店を出しているのかな」
「カジノよ」
「ほう、カジノとは珍しい。遊ばせてもらうとするかのう」
ミカエルが
ディーラーのコリュウがルーレットを回し、球を投入する。
「さあ、賭けるでござるよ校長殿、教頭殿」
ミカエルが楽しそうに、数字が書かれたボードにチップを置く。クラウディアも、お付き合い、という感じだったが、ボードにチップを置いた。
ミカエルとクラウディアは三十分程遊び、適度にお金を落としていった。
遊び終えたミカエルがカジノ全体を眺めながら感想を口にする。
「なかなか本格的なカジノで面白いが、惜しいのう。肝心なものが足りんな」
客が来なくて途方に暮れていたエファはミカエルの言葉に反応する。
「肝心なものって何。もしかしてこのカジノには大事なものが欠けてるの」
「うむ。カジノの成功を左右する極めて重要なものが抜けておる」
「何? それはいったいなんなの、教えて、校長」
子供のエファはカジノについてそこまで詳しいわけではない。出店に際し、カジノについてかなり調べたつもりだが、完全には再現できているかと問われれば、その自信は無い。
「ふむ。では教えてしんぜよう。それはのう……」
エファだけでなく、コリュウ、ユーディット、チョーさんも固唾を飲んでミカエルの言葉を待つ。皆、カジノを繁盛させたいと思う気持ちは一緒なのだ。
「バニーさんじゃ」
ミカエルは嬉しそうに発言する。
エファ、コリュウ、ユーディットは白けた様子で小さく溜息をつく。チョーさんは、ラビットストリーム、とわけの分からないことを言いながら空中でくるくる回っている。
「何を白けておる。カジノといえばバニーさんじゃ。バニーさん見たさに来る客も多いぞ」
「そんなのエロエロ大魔神の校長だけでしょ」
「分かっておらぬのう、エファくん。バニーさんの集客力はすごいのだぞ、子供のエファ君にはまだまだ大人の男の視点が抜けておるのう」
「集客力……」
ミカエルの台詞の一欠片がエファの神経を刺激する。とにかく客を増やしたいエファは藁でもバニーでもすがりたい気持ちなのだ。
「試してみる価値はあるかも」
エファは横にいるユーディットを見る。
「あんた、けっこう胸大きかったよね。スタイルも意外と悪くないし」
「エ、エファちゃん?!」
身の危険を感じたユーディットは両腕で胸元を隠すようにしながら後ずさる。
「エファ殿、ご友人をバニーさんにするなんて駄目でござるよ」
「ヴァルキリーシステムで、バニーさん風の戦闘衣を作ればできるな……」
ユーディットの反応やコリュウの注意を無視してエファは実現方法を模索する。
「エファさん。老婆心ながら一応言っておきます。フローナ女子学院の品位を穢す、バニー、なるコスチュームの着用は許しませんからね。分かっていますね」
教頭のクラウディアがエファに冷たい視線を向ける。
「許しませんパラダイス!」
わけの分からない掛け声と共にチョーさんが空中でぐるぐる回る。
「分かっています、教頭先生」
クラウディアは礼儀や品位を重んじるお堅い性格で、生徒への指導も厳しく皆から恐れられている。そのクラウディアにくぎを刺されてはエファもバニーを諦めざるをえない。
「校長、そろそろ行きましょう。次の予定が入っています」
クラウディアは懐中時計を確認し、ミカエルを急き立てる。
「ほいほい。分かっておるよ。でもその前にちょっと、トイレじゃ」
ミカエルはエファのお店から廊下を少し先に行った所にあるトイレに入る。数分後、トイレから出てきたミカエルはエファ達に手を振って、帰っていった。
エファは何気なく、ミカエルが入ったトイレを眺める。その時、いい悪知恵が浮かんだ。
「そうだ! トイレだ! チョー、耳を貸しなさい」
「愛の言葉なら、どこにも逃げないようにこっそりと語ってくんな」
チョーさんがエファの口元に耳を寄せてくる。
エファが耳打ちすると、チョーさんは、文字通り空中に舞い上がって喜ぶ。
「そいつはグッドアイディアだぜ。幽霊界の荒馬チョーさんに任せときな」
そう言うと、チョーさんは姿を消した。
「エファ殿、チョーさんに何を頼んだでござるか」
「ふふふ、それは内緒よ。細工は流々、後は仕上げを御覧じろ、てやつよ」
エファは自信たっぷりに笑った。
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