第17話 陰謀渦巻く競売、権力者の特権の回
翌朝、エファは普段よりも少し早く起きた。
勢いよくベッドから飛び出る。その勢いで、肩まで伸ばした亜麻色の髪がふわりと揺れる。
エファはすこぶる寝起きが良い。
シルクのパジャマから制服に着替え、エッファは紅玉竜の涙を持って部屋を出る。
まず食堂に行き、サンドウィッチを食べ、お腹を満たす。貧乏人の食べ物と思っているサンドウィッチの味にもだいぶ慣れてきた。食べる苦痛が軽減したのは良いことなのだが、貧乏に慣れてきたようで、これはこれで悲しい。
朝食後、エファは食堂の裏に向かう。そこにはダイヤモンド通りと呼ばれる、一流ブランド店がズラリと並ぶ大通りがある。通りの一角にある貴金属店にエファは入る。
エファは店員に紅玉竜の涙を見せ、買い取りをお願いする。鑑定の為、店員がカウンター奥に引っ込む。数分後、鑑定を終えた店員が戻ってきて買い取り価格をエファに伝える。
「あの程度のルビーなら、こんなものね」
エファは紅玉竜の涙を売り、久しぶりにまとまった資金を得た。
寄宿舎の地下室に戻ったエファは勉強机に向かい日課の朝の勉強をこなす。勉強を終えた後、
「最近の王国の株式は安定的ね。もっと乱調子の方が短期的には稼ぎやすいのに」
紅玉竜の涙を売ってお金ができたのでエファはいくつか投資先をピックアップする。
「あれ…… フローナ高傾向だな……」
フローナの為替動向がエファの目に止まる。
フローナ女子学院の中で使われている貨幣、フローナ、が一か月ほど前からジリジリと高くなっている。
これから夏祭りがあり、約一か月後の夏休みの終わりにはガゼルト男子学院との舞踏会がある。共にフローナ女子学院の学生が力を入れるイベントであり、仕送りの王国金貨を大量にフローナと交換する時期でもある。時期的にフローナ高になるのは自然な傾向だ。
また、フローナ高といっても極端に高いわけではなく常識的な範疇に納まっている。しかし、何かがエファの神経に引っかかる。のどに刺さった魚の小骨のような感じだ。
エファが為替動向について調べていると
「もう、こんな時間か」
エファは
夏祭りは生徒主導のイベントであり、生徒会と夏祭り実行委員が運営をしている。出店スペースの競売も生徒会と夏祭り実行委員が取り仕切る。
競売は寄宿舎の談話室で行われる。お店を出す予定の学生は談話室に集まることになっている。しかし、談話室に入ったエファは目を疑った。談話室には最前列中央の席に座っているソフィアしかいなかったのだ。
軽く波打ったサラサラの長髪を指に巻きつけて暇つぶしをしていたソフィアがエファの方を向き、にこやかな表情を浮かべる。
こいつがこんな顔するときは何か企んでるのよね、とエファは警戒する。
「あんただけ? 皆は?」
夏祭りの出店スペースの競売なのだからもっと人が集まらなくてはおかしい。
「皆さんは来ませんわよ」
ソフィアが上品で綺麗な声で答える。
「何言ってのよ。これから出店スペースの競売でしょ。皆が来ないわけないでしょ」
「残念だけど、エファ、出店スペースの競売は昨日行ってしまいました」
ソフィアの告白は鋭いナイフとなりエファの左胸に突き刺さった。
「なっ、なっ、何ですって?!」
「驚くのも無理はないけど、出店スペースの競売は昨日、行ってしまったの」
ソフィアがもう一度、ゆっくりとした口調で言う。死刑宣告を言い渡すかのようだ。
「そんなの聞いてない! 出店スペースの競売は今日でしょ。何で昨日やってるのよ」
ソフィアに殴り掛からんばかりの勢いでエファは抗議する。しかし、ソフィアはエファの抗議をやり過ごし、平然としている。それは勝者の余裕だった。
「昨日の午後、ちゃんとクラス全員の
地下倉庫には
「勝手に競売の日時をずらすなんてあんたにどんな権利があってやってるのよ。そんなの全部無効よ。私は認めない、絶対に認めないんだからね」
「夏祭りに関する提案は生徒会及び夏祭り実行委員でその有益性を検討し、多数決を取り、三分の二以上の賛成をもって可決される。そう、夏祭りの規則、に書かれています」
エファの反論は想定内であったのか、ソフィアは理路整然と夏祭りの規則を暗唱する。
「昨日、私が競売日時の変更を提案し、準備の迅速化に有益、と判断されて可決されたのよ」
話を聞いている内にエファにもソフィアの策略が読めてきた。
情報入手経路は不明だがソフィアは、昨日エファが競売の資金を集めに出かけたことに気づいたのだ。ライバルのエファを貶めるため、ソフィアは競売の日時を一日早くした。そうすることで、エファがどんな大金を用意しようとも意味がない状況を作り出したのだ。
「何が準備の迅速化に有益よ。そんなの、私を貶めるために生徒会長のあんたが生徒会とか実行委員とかを私物化してるだけじゃない」
エファの糾弾は事実だった。しかし、事実だけにそんなことはソフィアも百も承知だ。だから、まったく悪びれる様子は無い。
「自分の都合のいいようにルールを決める。それが権力を手中にするということでしょ。そんなことも知らないの。文句を言う前に、生徒会にまったく興味を示さず、やすやすと私に生徒会長の座を渡した自分の浅はかさを恨みなさい。どうせ、生徒会なんて名誉を偏重する物好きにやらせておけばいい、とでも思ったんでしょ。お馬鹿さん」
ソフアの言い分は、生徒会長としては口にしてはいけないことだが、事実でもあった。
「なんて言い分よ。あんたみたいな自分勝手な生徒会長はリコールしてやるんだから」
「できるものならやってみなさい。以前のあなたならお金にものを言わせてできたかもしれないけど、今はクラスの誰も貧乏になったあなたの言うことなんて聞かないわよ」
ソフィアはエファに人望が無い、と痛烈な嫌味を言ったのだが、エファは人望が無いことよりも貧乏人と言われた方に頭にきていた。
エファは人望なんてものはお金で買えばいいと思っているので、それができない貧乏人であることの方が嫌なのだ。
「さてと、そろそろ納得してもらえたかしら、エファさん」
到底納得できることではないが、反論の言葉をエファは見つけられなかった。
ソフィアの職権乱用とはいえ、競売日時の変更は規則に載って行われた。そして、既に、クラスの皆で競売が行われてしまったとなると、今からそれを覆すのは非常に難しい。
エファが言い返せないでいるのをいいことにソフィアが話を進める。
「でも、連絡が取れなかった、というのは私たち生徒会側の落ち度でもあるわけだから、エファとユーディットさんの為に特別にスペースを確保しておきました」
ソフィアが
「ここと、ここよ」
ソフィアが見取り図の二か所を指さす。共にメインの廊下から最も離れている所で、いかにも人通りがなさそうな最悪の場所だった。どう考えてもソフィアの嫌がらせだ。
「こんな素晴らしい場所を用意してくれるなんて、ありがたくて涙がでるわ」
「お礼には及びませんわ」
いけしゃしゃとソフィアが答える。ソフィアもいい性格をしている。
「好きな方を選んで、エファ。ユーディットさんにはもう聞いたけど、彼女、お店は出さないそうだから両方とも空いているわ」
好きな方と言われてもソフィアが示したスペースは、そのひどい立地において大差ない。最悪と最低のどちらを選ぶか? と問うているようなものだ。
「どうせどっちも大差ないし、こっちでいいよ」
エファは左側のスペースを指さした。若干そっちの方が広かった。
「決まりね、じゃあ、出店スペースの代金一万フローナを支払ってくれるかしら」
出店スペースの競売の開始価格は一万フローナと決まっている。誰もこのスペースを欲しがらなかったので開始額のままだったということだ。
エファは一万フローナを払い、さっさと談話室を出て行った。腹が立ち、むかつき、殺意さえ覚えるソフィアの姿を一秒でも早く視界から消したかったのだ。
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