第16話 時には昔話を。王国建国の謎と消えた聖騎士の(本筋にあまり関係ない)回
クラウディアを加えたエファ、コリュウ、ミカエルの四人は学院の最上階にある職員用の資料室に向かった。資料室に入ってすぐ横の壁に中サイズの絵画がかかっていた。
絵は王冠をかぶり、豪奢なドレスを着て玉座に座っている少女を描いたものだ。古い絵で、所々かすれている。
「この絵…… まさか、姫でござるか……?」
絵画を見たコリュウが驚く。
「あのね、このお方は王国を建国した初代女王。姫じゃなくて女王よ」
エファが即座につっこむ。
「いや、コリュウ君にとっては姫なのだろう」
ミカエルが王国の歴史を語りだした。
王国が建国される一年前。
世界は一人の悪の魔法使いの脅威にさらされていた。悪の魔法使いは強大な魔力を武器に各国を侵略していった。世界は悪の魔法使いの手に落ちると誰もが絶望した。そんなとき、聖剣を持った一人の少女が立ち上がった。
少女は、最初に悪の魔法使いの侵略を受けた小国の王女だった。両親である王と女王や、大臣達は悪の魔法使いに殺されたが、王女は一人、命からがら逃げ延びた。
悪の魔法使いを倒す為、王女は聖剣を求めて諸国を回った。聖剣探索の過程で、後に王女の聖騎士と呼ばれる十人の英雄豪傑を味方につけた。
聖剣を手に入れた王女は聖騎士と共に悪の魔法使いに決戦を挑み、激闘の末、打ち破り、世界に平和を導いた。
その後、王女は祖国復興にのりだす。十人の聖騎士のうち五人が王女の元に残り、小国だった王女の祖国は急激に拡大し、現在の王国になった。
聖騎士の残りの四人は祖国に戻り、あるものは王を助け、あるものは王になり国を繁栄させた。これが現在の五国体制の成り立ちである。
聖騎士のうち九人は生還したが、ただ一人、シセイ地方の大忍者は、悪の魔法使いとの戦いで戦死したと伝えられている。
「王女の聖騎士に十人目がいて戦死していたなんて、全然知らなかった」
ミカエルの話を聞いたエファが呟く。
王女と聖騎士の物語は有名なのでエファも概要は知っている。だが、千年以上前の出来事であり詳しくは知らない。聖騎士が十人いた、ということすら知らない。
「忍者という職業ゆえか、十人目の聖騎士についての資料は少なく名前すら分かっていない。伝承にも登場しないことがほとんどじゃ。エファ君が知らないのも無理もない」
女王の絵を見つめながらコリュウがゆっくりと話し出す。
「校長殿。お話ありがとうでござる。拙者にも事情が分かったでござる。拙者は悪の魔法使いの魔法を受け、時間を越えてしまったということでござるな。ここは、拙者が生きていた時代の遙か未来なのでござるな」
ミカエルがコクリと頷く。
「コリュウ君の服装は歴史資料に記されている女王が悪の魔法使いと戦っていた時代の忍者のものじゃ。そのことからも時間を越えたと考えられる。コリュウ君。君は、女王が生きていた時代の、十人目の聖騎士の忍者なのじゃね」
コリュウは、ずっと見つめていた女王の絵から視線を外し、エファやミカエルを見る。
「校長殿は一つ誤解しているでござる。拙者は見習いの身。校長殿が言う伝説の忍者とは、おそらく拙者の師匠のことでござる」
「むう。師匠だったか。して、その師匠の名はなんと言うのじゃ、教えてはくれぬか」
ミカエルは興味を抑えきれないという様子でコリュウに問いかける。
「名は無いでござる。忍者は歴史の影に生きる存在。名は不要ゆえに、見習いを終えると名を消すでござるよ。代わりに符牒が与えられるでござる。師匠の符牒は、影、でござる」
「ねえねえ、あんたは戦死した忍者じゃないんでしょ。なんで悪の魔法使いと戦ってたの」
エファは疑問に思ったことを口にする。
「拙者は姫の護衛役でござった。悪の魔法使いとの決戦の場にも姫を守るため同行したでござる。そこで悪の魔法使いが姫に放った次元転送魔法を、姫の代わりに受けたでござる」
コリュウは真剣な眼差しでミカエルに問いかける。
「校長殿、一つ教えて欲しいでござる。姫は、幸せな人生を過ごしたでござるか」
「史実を述べれば、女王は即位して五年後に隣国の王と結婚し、四人の子供をもうけた。夫婦仲、親子関係は良好で子供たちも優れた統治者として立派に育った。両親を失い国を追われた人生の前半は辛かったであろうが、後半は十分に幸せな人生だったと思うぞ」
コリュウが目を瞑り、静かに口を動かした。
「よかったでござる」
資料室を出てミカエル、クラウディアと別れたエファとコリュウは食堂で夕食のサンドイッチを買い、寄宿舎に向かった。寄宿舎への道を歩きながらエファは隣にいるコリュウを見た。コリュウからは明らかに覇気が消えていた。
時間を移動する方法は現代でも発明されていない。コリュウが時間移動したのは偶然の産物であり、自分のいた時代には戻れない。その事実がショックだったのだろう。
「あんたさ、これからどうするの」
「さて、どうするでござるかな。忍者とは主君に仕える忠実な僕。その主君がいないのだから拙者は糸が切れた凧。風に流されるまま、死ぬまでこの時代を漂うでござるよ」
コリュウは力なく微笑み、星が見え始めた夜空を眺めて黄昏る。
「なんか、つまんない人生ね」
遠慮という言葉を知らないエファは気兼ねなく思ったことを口にした。
「率直でござるな、エファ殿は」
コリュウは儚く微笑んだ。
「まあ、あんたがどうしようとも自由だけど、私との約束は忘れないでよね」
「約束、でござるか……?」
コリュウがきょとん、とする。鳩が豆鉄砲を食った、という成句をエファは思い出した。
「あんたは私の奴隷になったんだからね。それも、期間はあんたが自分の国に帰る方法を見つけるまでよ」
「帰る方法は無いでござるよ」
「あらそう、じゃあ、一生私に仕えなさい、奴隷として」
「そういうことになるのでござるか」
「なるに決まってるじゃない。そういう約束でしょ。国に帰れないあんたは、一生私の奴隷として牛馬の如く働くのよ。しかも無給のうえに無休で」
悪徳商人も青ざめそうな酷いことをエファは涼しい顔で言う。
「それは、なんというか、とても嫌な人生ではないでござるか」
さすがにコリュウも反論する。しかし、エファは意に介さない。
「別にいいでしょ。あんたさっき、風に流されるまま漂うって言ってたでしょ。だったら、このエファ様という上昇気流に乗りなさいよ」
コリュウが吹きだす。エファの言い方が素直に面白いと感じたのだ。
「これは、うまいことを言うでござるな。確かに拙者は行くあてのないはぐれ忍者。ならば、一生エファどのの奴隷でも問題ないでござるな」
本当に問題無いのかは怪しいが、少なくても今のコリュウには問題無いのだ。
「そうでしょ、そうでしょ」
エファは満足顔になる。高値を吹っかけた商品が予想に反して売れた商人の顔つきだ。
「私を主人としてついてきなさい。私があんたの人生丸ごと買い取ってやるわ」
「分かったでござるよ。拙者、この時代ではエファ殿に仕えるでござる」
自分がいた時代に帰れず、行き場を失っていたコリュウには、エファという主人ができることはとても嬉しいことなのだろう。例え、エファが暴君であったとしても。
「エファ殿。ありがとうでござる」
コリュウがエファに頭を下げた。今度はエファが、鳩が豆鉄砲を食った表情になる。
「何、どうしたの?」
「エファ殿は、進む道を失った拙者の為に生きがいを与えてくれたでござるね」
今までのエファの発言をコリュウは好意的に解釈する。
「そうよ。当然でしょ。私は主人なんだから。奴隷のことはちゃんと考えないとね」
「エファ殿は素晴らしい主人でござる。感服の至りでござる」
実を言うと、エファは使い勝手のいい忍者のコリュウを格安、というか無料、で自分の奴隷にできたら便利だな、くらいのことしか考えていなかった。コリュウの生き甲斐についてなんて頭の片隅にも無かった。だが、そんなことを正直にいう程エファは馬鹿ではない。コリュウがいい方に解釈しているのなら誤解させておいたほうがお互いの為だ。
程よい誤解が主従関係には重要ね、とエファは、元気になったコリュウを見て思った。
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