第13話 エロ担当(男)登場の回
縄張りから追い出せばそれで満足なのか、紅玉竜がエファ達を追いかけることはなかった。おかげでエファ達は無事、紅玉竜が住む区画から出られた。しかし、入った場所とは違う扉から出てしまった為、地下倉庫の中で迷子になってしまった。
「こんな複雑なのに、案内板一つ作らないなんて学院の怠慢ね。厳重に抗議してやる」
短気なエファは彷徨い歩くことに我慢できず怒り出す。
エファとユーディットは紅玉竜の区画から出た時に、ヴァルキリーシステムモバイルを解除してボロボロになった戦闘衣から制服に戻っていた。
大量の気を消費したコリュウはダメージが残っていて、足取りがふらつき気味だった。
「完全に迷子でござるな。チョーさんが拙者たちを見つけてくれればいいでござるが」
「チョーの奴、戻ってくるかな。もしかして、一人で帰ってるんじゃないの」
エファが、幽霊でもないのに恨めしそうに文句を言う。
「チョーさんは義理に厚い御仁でござる。拙者達をおいて一人で帰ったりしないでござる」
「どうだか。義理なんて一フローナにもならないことの為に面倒なことをするはずないでしょ。結局この世は、お金が全てなのよ。義理とか人情とか、貧乏人が都合よく使う言い訳でしょ。そういうの当てにならないし、私、大っ嫌い」
さらにエファが言おうとしたとき、通路の奥の方から物音が聞こえた。
「なんか、歌みたい」
ユーディットが目を閉じて耳を澄ます。確かにリズムに乗った音が聞こえる。
「さては、チョーさんでござるよ。やはり拙者達を探してくれていたでござるよ」
ふらつく足でコリュウが物音のする方に走り出す。エファとユーディットも走る。
騒がしいチョーさんなら歌いながらエファ達を探す、というのも十分考えられる。しかし、物音がする場所でエファ達が見たのは、チョーさんではなく一人のおじさんだった。
はげた頭のおじさんは灰色の作業着を着ていた。
おじさんがいる場所は広いスペースになっていて、複数の魔機が並んでいる。おじさんは鼻歌交じりに魔機を操作していた。
「事務のおじさんかな。魔機の調整でもしてるのかしら」
エファが作業をしているおじさんに近づく。
「ちょっと、あなた。私達道に迷ったんだけど、紅玉竜の区画まで案内してくれない」
エファの言葉を聞いてコリュウとユーディットがぎょっとする。
「エファ殿、紅玉竜の区画に戻るつもりでござるか?」
「戻るに決まってるでしょ。まだ、紅玉竜の涙を手に入れてないのよ。今度は寝てる隙に、自動魔法反射を解除して痛めつけてやる」
「これこれ、保管されている希少生物をいじめてはいかんよ」
魔機を操作していたおじさんが魔機の画面から顔をあげる。五十代くらいの年齢のおじさんは柔和な表情でコリュウを一瞥し、エファとユーディットを注視する。
「その制服からすると女子学院の生徒じゃな。こんなところに何の用かのう」
「理由なんてどうでもいいでしょ。とにかく紅玉竜がいる区画まで案内して。おじさん事務員でしょ。ついでに、紅玉竜の涙を手に入れるのも手伝って」
「エ、エファちゃん。そんな言い方駄目だよ。この人、校長先生だよ」
「校長?!」
エファは目を丸くしておじさんを見る。言われてみれば、入学式の時にこんな感じのおじさんが新入生達の前で学校長の式辞を言っていた気がする。入学式なんてつまらなくてエファは半分寝ていたのであまりよく覚えていないが……
「いかにも、わしはフローナ女子学院第三十四代校長、ミカエル オイレンベルじゃ」
「なんで校長がこんなところにいるのよ?」
「これ、いるのよ? ではない。いるのですか? じゃ」
ミカエルと名乗ったおじさんは校長先生らしく、穏やかにエファの言葉遣いを訂正する。
「なんで校長がこんなところにいるのですか?」
校長に注意されては従わないわけにはいかない。エファは渋々、口調を改める。
「それは秘密じゃ、フォフォフォ」
エファのこめかみに青筋が浮かぶ。相手がチョーさんだったらとび蹴りを食らわしてたところだ。だが、校長が相手なので、さすがにエファも自制した。
「君は執事かのう。初めて見る顔じゃが」
ミカエルがコリュウを見る。
「拙者はしばしエファ殿に仕える者で、コリュウと申す。執事としての登録もされているので執事と思っていただいて構わないでござる。お見知りおきくだされ」
「ほほう。コスプレ衣装といい、訛りといい、忍者のキャラ作りが良くできておるのう」
ミカエルの何気ない感想はコリュウに大きな衝撃を与えた。
「校長殿、忍者を知っておるでござるか」
コリュウはミカエルに食いつきそうな勢いで尋ねた。忍者を知っているミカエルなら、国に帰る方法を知っているかもしれないと思ったのだろう。
「知っておる。と言っても、文献の中でだけだがのう」
「では、校長殿はシセイ地方はビャクの里をご存じあらぬか」
「シセイにビャクか、知っておるぞ。それこそ文献の世界じゃがのう」
フォフォフォ、とミカエルが笑う。
「校長殿、なにとぞ、シセイへの道を教えてくだされ」
「シセイへの道のう…… どうやらわけありのようじゃな、事情を話してみなさい」
ミカエルに言われ、コリュウはエファと出会うまでの経緯を話した。
「なるほどのう。悪い魔法使いの魔法で異次元に吹き飛ばされたということか。それならば、コリュウ君の身に起きたこともおおよそ予想はつくのう」
「拙者の身に起きたこと、とはどういうことでござるか、校長殿」
「あくまで予想じゃが、地上に戻ったら君に見てもらいたいものがある。それを見てもらえれば全てが明らかになるだろう。その時、わしの考えも話そう」
もったいぶらずに話せばいいのに、とエファは思ったが相手が校長なので黙っていた。
「分かったでござる、校長殿。では、地上に戻ったらよろしくお頼み申す」
「では、地上に戻るとするかのう。ついてきなさい」
ミカエルが歩き出す。
「校長先生。紅玉竜の涙を手に入れたいんです。手伝ってもらえませんか」
エファが校長にお願いする。校長が相手なので口調も直している。
「紅玉竜の涙は授業で使うのかな」
エファは、いいえ、と素直に首を横に振る。ふうむ、とミカエルは顎に手を当て考える。
「では、君が紅玉竜の涙を欲しがっているのは個人的な理由からじゃの。そういうことは手伝うわけにはいかんのう。それに、生徒が無断で地下倉庫に入るのは危険じゃ。好ましいことではない。校長として注意しなければならぬ」
ミカエルはエファ、ユーディットを注意する。校長に注意されユーディットは素直に謝る。エファも反発心を押さえ、すいませんでした、と反省の色を見せる。
「フォフォフォ、素直な良い子達じゃのう」
ミカエルは鷹揚に笑った。それは紛うこと無き教育者の顔だった。
ミカエルの案内でエファ達は地下倉庫の入口に向かって歩いていた。
不意に、天井の照明が消えた。
「この辺りは照明魔機の調子が悪くてのう。しばらくすればまた明かりがつくはずじゃ」
エファ達は足元に注意しながら、前の人の背中しか見えないような暗闇の中を進む。
「きゃああああ!」
ユーディットが悲鳴をあげ、前にいるエファに抱きつく。
「どうしたの、貧乏人!?」
「ふぇえええん、痴漢だよぉ。お尻触られた~」
ユーディットは泣きながら訴える。その時、天井の照明がつく。
エファ達は、ミカエル、エファ、ユーディット、コリュウの順に一列に並んでいた。エファは、ユーディットの後ろにいたコリュウに猜疑の視線を浴びせる。
「拙者ではないでござるよ! 拙者、闇に乗じて女性のお尻を触るなんて卑劣なことはしないでござる。天地神明に誓って潔白でござる」
濡れ衣を着せられそうになり、コリュウは慌てて弁明する。
エファはコリュウがつけている首輪を見る。その首輪は着用者が女子学生に変態行為を働くと、首を絞め酸欠状態にして失神させる仕組みになっている。
「首輪が反応してないから、あんたの言うことも信じられなくもないか……」
「この辺りに悪戯好きな精霊が出るんじゃ。あいつらの仕業かもしれぬな。早々にここを立ち去ろう」
エファ達はミカエルの言葉に従い、早足に廊下を進む。しばらくするとまた、照明が消えた。それでも早くここを通り抜けようと暗闇の中をエファ達は進む。
「いやああああ!」
また、ユーディットが悲鳴を上げた。今度はすぐに照明がついた。ユーディットはエファに抱きつき、泣き出す。
「ふぇええん、今度は胸を触られたよ」
「一度ならずも二度までとは、いたずら好きな妖精とやら許せない卑劣漢でござる」
天井の照明がまた消える。
エファ達は立ち止り周囲に注意を向ける。
「コリュウ、妖精が現れたら捕まえなさい」
「任せるでござる。拙者も忍びの端くれ。暗闇の中でも捕まえて見せるでござる」
コリュウは神経を研ぎ澄まして周囲を警戒する。
耳が痛くなるような静寂の中、音もなく何かが動いた。
完全に気配を消していて忍者のコリュウでさえ見逃してしまいそうな動きだった。しかし、ユーディットのスカートがめくられた時に生じた空気の流れにコリュウは気づいた。
「そこでござる!」
見事、コリュウがユーディットのスカートの中に侵入しようとしている腕を掴んだ。見計らったように照明がつく。
「あっ!?」
コリュウに掴まれた者を見て、エファ、ユーディット、コリュウが驚きの声を上げた。
コリュウが掴んだ腕は、校長のミカエルのものだった。
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