第12話 紅玉竜をヒーヒー言わせようの回

 紅玉竜が住む区画は緑豊かな森で中央に湖があった。その湖畔で紅玉竜は体を丸め寝ていた。

 紅玉竜の姿を見たエファ達は鱗の輝きに目を奪われる。紅玉竜の赤色の鱗はそれ自体が発光しているのか神秘的なきらめきを見せている。


「さすが噂に名高い紅玉竜、綺麗ね。紅玉竜の涙もさぞかし綺麗なルビーに違いないわ」

 エファ達は紅玉竜がいる湖畔に向かう。

 エファ達が傍に来ても紅玉竜は眠り続けている。エファは体を丸めている紅玉竜を見上げる。紅玉竜は中型の竜だが、それでもかなり大きい。

「紅玉竜、起きなさい紅玉竜」

 エファが大声を張り上げる。だが、紅玉竜はピクリとも動かない。


「こら、起きなさい、この私が来てるんだから、本来なら盛大に出迎えるところよ」

 エファは長い棒を具現化して紅玉竜の体を叩く。強く叩いているが紅玉竜は起きない。

「ええい、なんて寝穢い奴なの。叩いて駄目なら、くすぐってやる」

 エファは紅玉竜の丸めている体の隙間に棒を差し込み、前足の肉球をくすぐる。

「ギャアフ!?」

 叩いても起きなかった紅玉竜が跳ね起きた。よっぽどくすぐったかったのだろう。

「やっと起きたわね。今までの無礼は水に流してあげるから、今すぐ泣きなさい」


「ギャアア!」

 紅玉竜が凶暴な雄叫びを上げる。エファを睥睨する赤い瞳には攻撃的な光を宿している。

「何よ、その反抗的な態度は。私の言うことが聞けないなら丸焼きにするわよ」

 紅玉竜の敵意にも怯むことなくエファは睨み返す。

「エファちゃん。紅玉竜ちゃんが怒ってるよ」

 ユーディットが怯えながらエファの腕を掴む。

「私だって怒ってるわよ。竜の分際で私にこんな反抗的な態度を取るなんて許せない」

「ギャアアア!」

 紅玉竜がエファ達を踏みつぶそうと前足を振り下ろしてきた。咄嗟にエファとユーディットは飛び退く。ただ、ユーディットは着地に失敗し、尻餅をついていたが……


「交渉決裂ってことね。そっちがその気ならボコボコにして、ヒーヒー泣かしてやる」

 エファの大きな瞳に好戦的な光が宿る。

「待つでござる、エファ殿。紅玉竜は高い知能を持つはずでござる。落ち着いて話せば分かってくれるでござる」

「そうだぜ。ここは俺っちとコリュウのベストパートナーネゴシエータに任せておきな」

 コリュウとチョーさんが紅玉竜の前に躍り出る。


「紅玉竜殿、話を聞いて欲しいでござる」

「ベイビー、俺っちの心の声にそのキュートな耳を傾けてくれないかい」

 ごおおお、という音を聞いたと思ったときにはコリュウは炎の濁流に飲み込まれ、幽霊で軽いチョーさんは、炎の濁流が生み出す乱気流に吹き飛ばされていた。聞く耳を持たん、とばかりに紅玉竜が大きく口を開け、燃え盛る火炎を吐いたのだ。

 燃え盛る火炎の直撃を受けたコリュウはその場に跪く。忍び装束も焼け焦げている。チョーさんはこの区画の外、遙か遠方まで吹き飛ばされていた。

「うぬぬ…… 話し合いには応じてはくれないでござるか」

 コリュウがふらつきながら立ち上がる。ダメージが大きいのか苦悶の表情を浮かべている。


 ヴァルキリーシステムの中で受けたダメージはお金を消費することで無効化される。しかし、お金の代わりに気を消費するコリュウは、気の消費が肉体的なダメージに繋がるのだ。


「どだい話し合いができる相手じゃなかったようね」

 エファがコリュウの前に出て、再び紅玉竜と対峙する。

「貧乏人、援護しなさい」

「う、うん、いくよ」

 ユーディットがヴァイオリンを具現化する。エファの攻撃に雷の魔力を付与させる曲を演奏し、ただでさえ高いエファの攻撃力をさらに向上させる。

「私に逆らったことを、後悔しなさい紅玉竜」

 エファはジャンプ一番、紅玉竜の頭上へ飛び上がる。

「くらえ、雷撃十倍!」

 雷の魔力を帯びたエファは紅玉竜の顔面に思いっきり必殺のとび蹴りをお見舞いした。


 エファの攻撃を受けた紅玉竜の鱗が妖しく光る。


「まさか!? 自動攻撃反射(オートリフレクション)!?」

 エファの攻撃を紅玉竜の鱗が跳ね返す。紅玉竜の鱗には攻撃をそっくりそのまま跳ね返す自動攻撃反射の魔法が備わっていたのだ。

 雷鳴の大嵐がエファを襲う。近くにいたユーディットやコリュウも巻き込まれる。

 エファは地面に真っ逆さまに墜落した。

 地面すれすれでどうにか体勢を立て直し着地したが、戦闘衣はボロボロになっている。

 エファより防御力が低いユーディットの戦闘衣はより損傷がひどく、破けた所から下着や素肌が見えていた。


「エファちゃん、戦闘衣の残高があと少ししかないよ。逃げなきゃ」

 戦闘衣に貯めたお金が尽きると敗北とみなされ、それ以上の戦闘行為が不可能になる。ヴァルキリーシステムの加護が無くなったらエファ達は無力なただの人。紅玉竜に瞬殺されるだろう。


「分かってるわよ。貧乏人のくせに私に指示するんじゃない」

 エファは素早く周りをみて、外の通路に繋がる扉を発見する。

「よし、一旦引くわ。戦略的撤退よ。あの扉まで走りなさい」

 エファは反転して扉に向かって走り出す。ユーディットとコリュウも続く。

 逃げる、という言葉を使わないあたりエファらしいが、結果は明らかな敗北だった。

 三人の後方では勝ち誇った紅玉竜が勝利の雄叫びを上げていた。

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