第11話 紅玉竜の涙を求めて旅立つ、冒険(?)回

 フローナ女子学院には地下室の下、地下二階に広大な地下倉庫がある。

 そこには古代の珍しい魔機や希少生物が保管されている。希少生物は、魔機で魔法の檻を作り地下室をそれぞれの区画に分け、住まわせている。


 地下倉庫に保管されている生物の一つに紅玉竜がいる。

 紅玉竜は中型のドラゴンで涙が空気に触れるとルビーに変化するという珍しい性質を有している。そのルビーは上質なものが多く、紅玉竜の涙、と呼ばれ高値で取引される。しかしこの為、紅玉竜はトレジャーハンターに狙われ数を減らし、現在では王国に数匹いるだけの希少生物になってしまった。

 トレジャーハンターに狙われないようにする為、フローナ女子学院に紅玉竜が保管されているのは極秘事項とされている。エファ達学生も知らされていない。


 地下倉庫に住んでいるチョーさんは紅玉竜を見たことがあり、命を助けてくれたら紅玉竜を保管している区画まで案内する、とエファに提案した。


「紅玉竜…… 金のなる木ね」

 エファは大きな瞳を黄金色に輝かせる。

「ちょっくら地下倉庫に行って紅玉竜をしばいたれば、紅玉竜の涙が、がっぽりだぜ」

「がっぽり。いい響きね。根こそぎ紅玉竜の涙をいただくわ」

 エファは消滅魔法を消し、チョーさんの体を束縛していた光り輝く縄も解除する。

「早速明日、紅玉竜の涙を取りに行く。チョー、あんた案内しなさい」

「任せろ、お嬢さん。このチョーさんがチョー分かりやすい道案内をしてやるぜ」

「お嬢さんじゃない、エファ様とお呼び」

「分かったぜ、エファ様。それじゃあ、明日、地下倉庫入口に来てくれ。エファ様が来たら俺っちが迎えに行くぜ。明日は二人で幽幽ランデブーと洒落こもうぜ」

 こうして死刑を免れたチョーさんは姿を消し、地下倉庫に帰っていた。


「エファ殿。拙者も紅玉竜については些か知っているでござる。紅玉竜の涙を得るには紅玉竜を泣かせる、つまり痛めつけないといけないでござるが、可哀そうではござらぬか」

 コリュウは控えめに意見した。チョーさんの命を助けてもらったこともあり、あまり強くは言えなかったのだ。


「誰が痛めつけるなんて言った。この私がそんな頭の悪いことするわけないでしょ。紅玉竜に泣いて、て頼むのよ。平和的な話し合いで解決よ。何か問題ある」

「平和的な話し合いなら問題ないでござるが、簡単に泣けるもんでござるか」

「泣けるよ、ほら」

 言うが早いかエファは大きな瞳に涙を浮かべ、泣き出す。

「コリュウがいじめる~」

「いじめてないでござる!」

 コリュウは慌てて叫ぶ。エファの嘘泣きがうまいので理由なき罪悪感に襲われたのだ。


「ね、泣くなんて簡単でしょ」

 エファは、ピタと、涙を止める。

「すごい演技力でござる。嘘泣きだと分かっていたのに騙されたでござるよ」

「パパとママにねだるときによく使うから。涙は女の武器なのよ、しかも、無料、のね」

 おほほほほ、とエファは得意げに高笑いする。 


 翌日、昼過ぎにエファ達は地下室から階段を降り、地下倉庫に向かった。

 地下倉庫に施されている封印は保管対象を地下倉庫から逃がさない為のものなので保管対象でないエファ達は自由に通り抜けられる。


 エファと共に地下倉庫に向かうのはコリュウとユーディットだった。三人で一緒に昼食を食べている時に紅玉竜の涙を取りに行くことが話題にのぼり、ユーディットもついて来ることになったのだ。

 地下倉庫の入口はホールになっていて、円周状の壁には五個の扉が並んでいる。


「レディース、アンド、ジェントルメーン。幽霊界のプリンス、ファルコンイーグルタフガイこと、チョーさんの登場だー!」

 自分でアナウンスしながらチョーさんがエファ達の前に現れた。何もない空間に突如現れたその技は、さすが幽霊だけのことはある。しかし親父ギャグが癇に障ったのか、エファは完全に白けきった様子でチョーさんに冷たい視線を浴びせている。


「なんだか、楽しい幽霊さんなんですね」

 エファとは違いユーディットは温かい眼差しでチョーさんを見上げている。

「おっと、子猫ちゃん。そんな熱い視線で見つめられたら恋の炎がメラメラ燃えちまうぜ」

「くだらないこと言ってないで行くわよ。チョー、さっさと案内しなさい」

 エファがきつい口調でチョーさんに命じる。

「分かってるぜ。だがその前に、この可愛い子猫ちゃんに自己紹介をさせてくんな」


 チョーさんはユーディットの前でくるっと一回転して格好つける。

「俺っちは幽霊のチョーさんだ。そしてお嬢さんの初恋という宝物を奪っちまう大怪盗さ」

「初めまして、私はユーディット ブライムです」

「ユーディット、いい名前だ。俺が知っている中で二番目にいい名だ」

「エファちゃん、二番目だって。私二番目にいい名前て言われたことないから新鮮だな」

 一番目にいい名は? と聞けと言わんばかりのチョーさんの発言だったのだが、ユーディットは、チョーさんの予想とは違う方向に突っ走る。


「そりゃあ、名前で二番目なんて中途半端な順位は普通ないでしょ」

「そうだよね。パパとママもユーディット、て名前が一番だと思ってつけてくれたんだよ」

「私のパパとママだって、エファって名前が一番だと思ってつけてるよ」

「エファ殿もユーディット殿もいいご両親を持ったでござるな」

 エファ、ユーディット、コリュウが盛り上がる。その蚊帳の外で、一番いい名前として、チョー気の利いた台詞を用意していたのに不発に終わったチョーさんがしょぼくれていた。


 チョーさんを道案内人にしてエファ達は地下倉庫を進んだ。地下倉庫は広く、迷宮のように道が入り組んでいる。しかし、長年住んでいるだけあってチョーさんは道に精通していて迷うことなくエファ達を案内していった。

 細い通路の先に扉が見えてきた。その扉の前でチョーさんが止まる。扉にはプレートがかかっていて、雪山区画(イエティ)と書かれていた。


「さあて、お待ちかねここにから伝説の雪男イエティが住む区画だ。チョーさんのミステリアスブレイブツアーも早くも山場。みんな、悔い残すなよ」

 イエティは、極寒の雪山に生息しているモンスターだ。性格は凶暴で知能も高く、集団で狩りをする。昔は極寒地域の覇者であった。しかし、近年の世界的な温暖化の影響で生息場所を追われ、現在では高山の頂上付近にしかいない希少生物である。


「イエティとは難儀でござるな……」

 コリュウが心配そうな顔になるが、エファは自信満々だった。

「ヴァルキリーシステムがあればイエティなんて敵じゃないわ」

「よっ。さすがエファ様。話が早い。イエティが出てきても俺っちとエファ様のちょっと危険なラブラブハートで燃やし尽くそうぜ」


 エファはヴァルキリーシステムモバイルを起動する。エファの制服が深紅のドレス状の戦闘衣に変換される。ユーディットの制服も法衣風の戦闘衣に変換される。

 準備を整え、エファ達は雪山区画に入る。中は零度以下で凍えそうな寒さだ。だが、ヴァルキリーシステムにはで外気温を遮断するという夢のような機能が標準装備されている。さすがは国家予算級の莫大な開発費を投じた名品である。この機能により、エファ達は寒さなど何食わぬ顔で雪山を進む。


 区画の中央にある谷底を歩いていた時、周囲から雄叫びが上がった。谷の上に無数の、白い毛むくじゃらのゴリラが現れる。イエティだ。普通のゴリラよりも二回りは大きい。

 イエティ達が一斉に谷を駆け下りてくる。その勢いはまるで雪崩のようだ。

「き、来たよ、エファちゃん」

 ユーディットがイエティの迫力ある突進に怯える。しかしエファは全く動じない。

「返り討ちにしてやるわ」

 エファはイエティの群れに突っ込むみ、先頭のイエティに華麗な飛び蹴りをお見舞いする。顔面を豪快にけられたイエティが吹き飛ぶ。後ろにいたイエティ達も巻き込まれる。

「全員ボコボコよ」

 エファは近くにいたイエティ達にも飛び蹴りを食らわす。エファが蹴ったところから、ガラスにひびが入るように、イエティの群れにき裂が生じていく。


 格闘に関しては素人以下のエファだがヴァルキリーシステムの中ではイエティの大群をも、ものともしない実力者になれる。科学とお金の勝利だ。


「やるでござるな、エファ殿。拙者も負けていられないでござる」

 コリュウもイエティの群れに突っ込む。

「忍法、火遁の術」

 コリュウが右腕を振る。腕の動きに合わせて炎が鞭のように踊る。その炎に白毛を焼かれたイエティ達が一目散に逃げだす。イエティは極寒の覇者だが、炎には耐性が低い。

「エファ様にコリュウ、頑張れ。俺っちのチョー応援で元気百倍だぜ」

 チョーさんは両手に扇子を持ち、口笛で三三七拍子のリズムを取っている。

「わ、私も…… ひゃん!?」

 ユーディットも攻撃に参加しようと動き出すが、足元の雪の凹凸に躓き、転んだ。

 近くにいたイエティがユーディットに飛び掛かる。


「ぼさっとしてんじゃないわよ」

 横から飛んできたエファがユーディットに襲い掛かろうとしていたイエティの顔面にとび蹴りを食らわす。イエティは遙か彼方に吹き飛ぶ。

「あ、ありがとう、エファちゃん」

 ユーディットが立ち上がる。

「想像以上に鈍くさいわね。これだから貧乏人は嫌なのよ。邪魔だから下がってなさい」

 それだけ言って、エファはまたイエティの群れに突進する。

「じゃ、じゃあ、援護するね」

 ユーディットはヴァイオリンを具現化して演奏する。軽快なヴァイオリンの音がエファの体を軽くする。ユーディットの演奏は、演奏中、対象者の能力を向上させる援護魔法なのだ。


 様々な能力を向上させる曲があるが、今ユーディットが演奏したのは敏捷性を向上させる曲だった。多勢を相手にするのに敏捷性の向上は最適な選択だ。

 ユーディットの援護を受けたエファは目についたイエティを片っ端から蹴り倒していく。

「へえ、なかなかいいじゃない」

 ユーディットの援護魔法をエファは気にいった。

「貧乏人、もっと続けなさい」

「う、うん。分かった」

 ユーディットがヴァイオリンの演奏を続け、エファを援護する。

 何もしなくても強いエファが援護されては、もう手が付けられない。縦横無尽というか傍若無人な強さでエファはイエティをバッタバッタと倒していく。


 無数のイエティが谷底に折り重なり倒れる。しかし、一匹も死んではいない。希少生物が相手なのでエファはヴァルキリーシステムの安全装置を作動させ、気絶以上のダメージを与えないようにしていたのだ。

 イエティを蹴散らしたエファ達は雪山地区を抜け、ついに紅玉竜が住む区画に着いた。


                 *


 エファ達が紅玉竜が住む区画に着いた頃。


 エファの部屋となった地下室の扉をソフィアがノックした。しかし、エファは地下倉庫に行っているのでノックの音が虚しく響くだけだった。

「留守のようですね」

 ソフィアの後ろにいるソフィアグループのナンバー2で生徒会副会長の女の子が呟く。副生徒会長の女の子の少し後ろにはエリート執事のエルマーが控えている。

「残念ね。旧主人のエファにあいさつに来たというのに」

 ソフィアは、エファとの契約が切れた執事のエルマーと契約したのだ。そのことをエファに言いに、つまり、自慢しに来たのだ。


「まあいいでしょう。挨拶ならいつでもできますからね。うふふ、執事を取られ、悔しがるエファの顔が目に浮かびますわ」

 ソフィアは愉快そうに頬を緩める。エファへの優越感に浸っているのだ。

「それにしても、エファはどこに行ったのかしら」

「そういえば、食堂でユーディットさんと何か話していました。特に気にしなかったので内容は分かりませんが、横を通った時、地下倉庫、という単語が聞こえました」

 副会長の女の子がエファ達の会話を聞いていたことはエファにとっての不運であり、ソフィアにとっての幸運だった。


「地下倉庫? 地下倉庫に行くと言うことかしら…… でも何故……?」

 ソフィアは長い髪の先端を指に巻きつけ弄びながら考える。

「エファのことだからお金がらみのはず…… まさか、明日の競売のお金を稼ぐ為……」

 ソフィアが副生徒会長の女の子に振り返る。

「臨時会議を開きます。生徒会役員と夏祭り実行委員を集めてください。おそらく、いえ、確実にエファは夏祭りの出店スペース競売の資金を稼ぎに行っています。エファの野望は断固として阻止しないと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る