第10話 影の主役と噂される親父ギャグ担当登場の回
エファとコリュウが出会ってから数日が過ぎた。エファはサンドウィッチを食べられるようになり餓死の危機を脱していた。
学院には、学院で雇っている執事のための宿舎、執事館、がある。学院の執事として登録されたコリュウは執事館に個室を用意してもらい、そこに寝泊まりすることになった。
夜七時。
エファは自室のベッドで横になりながら自分の口座を見ていた。ついに残高が一万フローナを切ってしまった。エファは当初、為替や株に投資してお金を稼ぐつもりだった。だが、現状では投資の為の資金すら無く、どうしようもない。
「早く資金を集めないと。夏祭りの出店スペースの競売も明後日だし、どうしよう……」
フローナ女子学院初等部では夏休み中に、夏祭り、が行われる。二日間開催され、王都に住む富裕層が多数訪れる。生徒は様々な店をだして商売する。客が富裕層なので売り上げは馬鹿にならない。エファも夏祭りで数か月分の生活費を稼ぐつもりだった。しかし、問題があった。
夏祭りでは校内に各自が店を出す。来客者の出入りが多い玄関近くの廊下は人気がある。一方、校舎の奥の方のスペースは客足が遠のくので人気が無い。
誰がどのスペースを確保するかは、夏祭り実行委員が開催する競売で決まる。当然、好立地なスペースは皆が欲しがるので高値になる。エファの今の残高ではとても立地の良いスペースは競り落とせない。
「エファ殿、お待たせでござる。サンドウィッチを買ってきたでござる」
地下室に入ってきたコリュウが、サンドウィッチの入った包みをテーブルに置く。
「お金のなる木がどこかに生えてないかな…… お金のなる木……」
愚にもつかぬことを言いながらエファはベッドからテーブルに移動する。
紙の包を開けてサンドウィッチを食べようとしたとき、何の前触れも無く部屋の電気が消えた。
エファの首筋を冷たい何かが撫でた。エファが悲鳴をあげかけたときコリュウが叫んだ。
「チョーさんではござらぬか。久しぶりでござる。元気でござったか」
「チョーさん?」
エファは訝しみながらコリュウが見ている、自分の頭上やや後方を見る。そこに青白い物体がふわふわと浮いていた。
頭は丸く下半身は徐々に細くなりすぼまっている。足は無い。オタマジャクシのような形だ。体長はエファの身長よりも少し小さいくらいだ。頭部には目口鼻があり、体の割に短めの二本の手がついている。くどいが、足は無い。
「幽霊?」
エファは青白い物体を凝視する。
「おっと、見つかっちまったか。お嬢さん、この俺っちに会えるなんて運がいい。俺っちは幽霊のチョーさんだ。チョー格好いいからって惚れたらやけどするぜ」
エファは冷たい視線でチョーさんを蔑む。エファはこういう親父ギャグが嫌いだった。
「幽霊なのにチョーさんが出てくると場が明るくなるでござる」
チョーさんと親しげに話すコリュウにもエファは冷たい視線を送る。
「さあ、お嬢さん、俺っちと一緒に明日という名の扉を勇気という鍵で開けようぜ」
チョーさんの意味不明な台詞を無視し、エファはヴァルキリーシステムモバイルを起動する。エファの制服が戦闘衣に変わる。エファはチョーさんの下半身の先端を掴む。
「おう!? いきなりそんなとこ触るなんて、だ・い・た・ん」
チョーさんは頬を赤らめ、体をくねくね動かす。
「あんた、幽霊なのね」
エファはチョーさんの下半身を引っ張り、自分の視線まで降ろす。
「おうとも。俺っちはちゃきちゃきの王国幽霊よ。今宵も熱いビートを刻むぜ」
「最近、地下室に現れるっていう幽霊はあんたね」
「ご明察。コリュウがいた異次元を通ると、封印用魔機の封印を回避してここに出てこられるって寸法よ。そして、若いハニー達に真夏のスリルをプレゼントだぜ」
「チョーさんとは異次元を彷徨っていた時に出会ったでござる。何かの拍子にチョーさんがいた空間と異次元の一部が繋がったようでござる。チョーさんが話し相手になってくれたおかげで拙者も心細い思いをしないですんだでござる」
コリュウとチョーさんが、うんうん、と頷き合う。
一ヶ月ほど前、コリュウが彷徨っていた異次元の一部が、偶然、地下室および地下倉庫と繋がった。ただ、そのつながりはうつろいやすく、繋がったり離れたりしていた。
たまに繋がった時に、誰かおらぬでござるか? とコリュウが叫んでいた声が、おどろおどろしい声として地下室に響いた。そして、悪のりしたチョーさんが異次元を経由して地下室に現れ、女子学生を驚かせた。これが、一連の幽霊騒動の事実だった。
「数日前、私を驚かせたのもあんたね」
「ふふふ、気づいたかいベイビー。あの夜のスリルが忘れられず体がうず……」
エファはヴァルキリーシステムの機能で具現化した大剣をチョーさんの体の中央に、ぐさり、と突き刺す。
「おおう!? て、てめー何しやがる。幽霊じゃなかったら死んでるってレベルだぞ」
「幽霊でも死になさいよ」
エファは大剣を振り回し、チョーさんを切り刻む。
「ひ、ひー お、お前、ゴーストバスターかよ!?」
チョーさんは姿を消して逃げようとする。しかし、その遁走を許すエファではない。
「魔力の縄よ、彼の者を束縛せよ、万物拘束」
エファが魔法を詠唱すると、光り輝く縄が現れ、逃げようとしていたチョーさんの体に巻き付く。自由を奪われたチョーさんは浮遊することもできず、床に転がる。
「な、なんじゃこりゃ。チョーさん、チョーピンチ」
「幽霊風情のくせに私を怖がらせた罪、万死に値する」
エファは左手を掲げ、光り輝く大きな球を作る。
「そ、それは、消滅魔法?!」
チョーさんが叫ぶ。もともと青白い顔がさらに蒼白になっている。
消滅魔法は、その名の通り相手を消滅させる攻撃だ。不死者である幽霊も存在を消滅させられてはどうしようもない。ゆえに、消滅魔法は幽霊が最も恐れる攻撃なのだ。
「やめてー、消滅魔法だけはやめてー」
チョーさんが泣き叫ぶが、エファは聞く耳を持たない。
「エファ殿、お待ちあれ」
エファとチョーさんの間にコリュウが割って入る。
「どうか怒りをお沈めあれ。チョーさんがエファ殿を怖がらせたというのはチョーさん流の冗談。いたずらが過ぎたでござるが、悪気はないでござる。どうか、命までは」
コリュウはエファに土下座する。エファは、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「見逃してやってもいいけど、いくら払う?」
「いくら、と言われても、拙者、この国のお金は持っていないでござるよ」
コリュウは困った顔でチョーさんを見る。チョーさんは思いっきり首を左右に振る。お金なんて持っていない、という仕草だ。
「どうやら、二人とも一フローナも持っていないみたいね」
エファが消滅魔法をチョーさんに振り下ろそうとする。
「そ、そうだ。紅玉竜の涙はどうでい」
「紅玉竜の涙……」
エファは数秒黙考し、そして、おもむろに口を開いた。
「詳しく話を聞かせなさい」
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