第9話 待ったなし! 百槍連牙VS飛び蹴り一番勝負の回
エファは残っていたサンドイッチを、その不味さに耐え、食べる。その後、コリュウを連れて学生課に向かった。
フローナ女子学院では許可のない男性の立ち入りは禁じられている。コリュウを奴隷にするにはフローナ女子学院への立ち入り許可を貰う必要がある。
「あんたの服、初めて見るけど、なんて服なの」
学生課へ向かって歩いていたエファがコリュウの服を上から下まで眺める。
「着物でござる。拙者が着ているこれは忍者用の装束でござる」
「変わった恰好よね。でも、どこかで見たことがあるような気もするんだよな……」
エファは眉間にしわを寄せ記憶を探るが、記憶が見つかるより先に学生課に着いた。
エファはコリュウを夏休み中の特別執事として書類を作成し、学生課の受付に提出した。
通常、執事は学校に登録されている者の中から選ぶのだが、夏休みや冬休みなど長期休業中に限り、各学生一人まで実家の執事を側に置くことができる。
「執事の証明書の提示をお願いします」
学生課の受付のおばさんが事務口調でエファに言う。
王国には執事の養成機関がいくつかあり、そこで教育を受けた者には執事としての能力を保証する証明書が発行される。
「証明書は家に忘れちゃったのよ。私が身元を保証するからいいでしょ」
「そうはいきません。証明書を提出ください。実家に忘れたならば取り寄せてください」
「少しは融通聞かせてよ。クレディオン家から多額の寄付が学院に出てるでしょ」
「寄付金の大小の問題ではありません。規則に従っているかどうかです」
この石頭め、とエファは心の中で受付のおばさんに悪態をつく。
「これは証明書になるでござるか?」
コリュウが銀のメダルを受け付けのおばさんに差し出す。おばさんは親指と人差し指でメダルの淵を持ち胡散臭そうに表と裏を見る。受付のおばさんは、とりあえず、といった感じでカウンターの下にある確認用魔機のカメラにメダルをかざす。通常は二次元バーコードを読み取らせるカメラなのだが、なんと、魔機はメダルにも反応した。
確認用魔機の画面を見ていたおばさんの眉が跳ね上がる。
「か、確認できました。コリュウさんの夏休み中の特別執事としての登録を受理します。この資格なら、このまま学院の執事としても登録できますが、どうしますか」
学院の執事として登録できれば夏休みだけでなく、普段からコリュウを奴隷としてこき使える。
「そんな簡単にできるの、じゃあやっといて」
受付のおばさんはコリュウにメダルを返す。近くの棚から洗練されたデザインの首輪と
「この二つは何でござるか?」
「これは連絡を取る道具。常に携帯しておきなさい。他の機能もあるけど追々教えるわ」エファは多機能携帯魔機をコリュウの服のポケットに突っ込む。
「こっちの首輪は女子学生に不埒な真似ができないようにする為の戒め。女子学生に手を出したら、その首輪が締まるようになってるから。学院にいる間は付けておきなさい」
「仁を尊び、義を重んじ、情に厚いのが忍者でござる。そういう人道にもとることはしないでござる。心配は無用でござるが、規則であるならばつけるでござる」
コリュウが首輪を付ける。コリュウの登録を終えたエファ達は学生課を出る。
エファとコリュウが去った後、受付のおばさんが呟いた。
「王国特級執事証…… 初めて見たわ……」
王国特級執事証。それは最高の執事であることの証明書だ。エリート執事のエルマーでさえ、一つ下の一級執事証しか持っていない。それを何者とも知れないコリュウが持っていたのだから受付のおばさんが驚くのも無理ないことだった。
「あんた、執事の証明書なんて持ってたのね」
学生課から地下室へ帰る道すがら、エファがコリュウに話しかける。
「忍者として色々な資格を持っているでござるよ。ところで、あれは、何でござるか」
コリュウが前方に見える校庭を指さす。校庭にはヴァルキリーシステムの結界が張られ、戦闘衣を着た数人の女の子たちが戦っていた。
「あれはヴァルキリーシステムを使った決闘よ」
エファはヴァルキリーシステムについてコリュウに説明する。この大陸にはすごい技術があるでござるな、とコリュウは感心する。
「しかし、拙者が見るに、よってたかって一人を攻撃しているようでござるが」
確かに数人の女の子が一人を攻撃していた。攻撃を受けているのはユーディットだった。
「あいつ鈍くさいからいじめられてんのよ。いつものことだから気にしなくていいから」
エファは完全に他人事だった。
「いじめ!? いじめは駄目でござる。格好悪いでござる。エファ殿も見て見ぬふりはいかんでござる。それではいじめに加担したも同様でござる。さあ、拙者と助太刀するでござる」
コリュウが校庭に向かって走る。
「あ、ちょっと待ちなさい」
仕方なく、エファもコリュウを追って走る。
「各々方、矛を収めるでござる」
校庭に付いたコリュウはユーディットを攻撃していた女の子達に向かって叫んだ。見知らぬコリュウの出現に、女の子達は攻撃の手を止める。
「あなた誰ですか」
チャイナ服をモチーフにした戦闘衣を着た、女の子達のリーダーがコリュウを胡散臭そうに見る。彼女はエファが没落する一昨日まで、クラスで三番目に金持ちだった女の子だ。エファが没落した今はクラスで二位の金持ちだ。銀メダルだ。
「拙者はシセイ地方はビャクの里のコリュウでござる。通りすがりの者でござるが、いじめという義を欠く行為、見過ごせないでござる。今すぐやめるでござる」
「これはいじめじゃありません。遊んでるだけです」
「いじめている者は皆そう言うでござる。しかし、それは陰湿な言い訳 むぐ……」
追いついたエファが後ろからコリュウの口を手で押さえる。
「こいつの言っていることは気にしないで、頭悪いのよ、こいつ」
「その男、お前の知り合いなのか、エファ」
エファの登場にリーダーの女の子が目の色を変える。
「こいつは私の奴隷よ。それじゃあ」
エファはコリュウを引っ張って校庭を離れようとする。
「ちょっと待てよ、エファ。一緒に遊ばないか」
「悪いけど、私忙しいから」
「逃げるのか、貧乏人」
エファが足を止める。貧乏人、と言われ、元々短くて細い堪忍袋の緒が一瞬で切れたのだ。
「ボコボコにされたいみたいね」
エファは制服を戦闘衣に変換し臨戦態勢を取る。
「今のお前に負けるわけないだろ。仕送りを止められているお前に」
リーダーの女の子が手に持った槍を構える。一昨日までエファのグループにいた彼女だが、度々エファに貧乏人呼ばわりされ、不快感をずっと溜めていたのだ。
昨日の友は今日の敵。
魑魅魍魎が跋扈する経済界では日常茶飯事。
こういうところにも学院の経済教育は浸透しているのだ。
「私はずっとお前が気に入らなかったんだよ。人を貧乏人呼ばわりして見下しやがって」
「事実じゃない」
エファはさらりと言ってのける。
「その態度がむかつくんだよ。今はお前の方が貧乏なんだから偉そうにしてんじゃねえ!」
リーダーの女の子がエファに向けて鋭く槍を突く。
「エファ殿!?」
「エファちゃん!?」
コリュウとユーディットがエファの身を案じて同時に叫んだ。しかし、それは杞憂だった。エファは優雅にリーダーの女の子の攻撃をかわした。
「欠伸が出るほど遅いわね、貧乏人はとろすぎて困るわ」
エファは本当に欠伸をして、リーダーの女の子を馬鹿にする。
「こいつ・・・・・・ これならどうだ。百槍連牙!」
リーダーの女の子は目にもとならぬ突きを無数に繰り出す。一本のはずの槍が百本に見える。
奥義、百槍連牙。
その技の前に敵は体中を無数に貫かれ、蜂の巣になるしかない。
しかし、エファは踊るようにステップを踏み、おっそい、おっそい、と歌を歌いながら余裕で槍の攻撃を全てかわす。
「まあ、こんなところが貧乏人の限界よね」
エファは軽やかにジャンプしてリーダーの女の子の顔面に豪快な飛び蹴りを入れた。リーダーの女の子が吹き飛ぶ。校庭に倒れた彼女の戦闘衣はひどく傷ついていた。
「ば、馬鹿な。一撃でこんなダメージを受けるなんて」
エファと戦うのが初めてのリーダーの女の子は、エファの攻撃の悪魔的な威力に愕然とする。
「おほほほほ。私の必殺技を受けたんだから、それくらい当然よ」
エファのとび蹴りは顔面にヒットさせなければダメージを与えられないが、ヒットさせれば攻撃力が使ったお金の十倍になる、という技だ。動いている相手の顔面に撃を当てるのはかなり難しい。それを簡単にこなすエファの戦闘技術は相当なものだ。
「これで分かった。私とあんたとじゃ実力に天地の差があるのよ。それを補うだけの財力もあんたは持っていない。だから貧乏人だって言ってるのよ」
「私一人で駄目なら全員で相手だ」
リーダーの女の子が仲間の女の子に指示を出す。女の子達は散開してエファを取り囲む。
「貧乏人が集まっても無駄!、無駄!!、無駄!!! 全員ボコボコにしてやる」
「ちょっと待つでござる」
コリュウがエファ達の間に割ってはいる。
「一対一の戦いならまだしも多勢で一人を取り囲むとは何事でござるか」
「外野は黙ってろよ」
「黙っているわけにはいかないでござる。先のいじめといい、己の愚かな行為を反省し、鉾を収めるでござる。向かってくるなら容赦はしないでござるよ」
「ごちゃごちゃ、うるせえ!」
リーダーの女の子がコリュウを攻撃する。周りの女の子達も合わせて動き出す。
「忍法、風遁の術」
飛び掛かってきた女の子達の間を渦巻いた強烈な風が吹き荒れる。女の子達は吹き飛ばされると同時に、真空の刃で戦闘衣を切り刻まれる。
「向かってくるなら容赦はしないと言ったはずでござる。これに懲りたら、もう、いじめなどという卑怯なことはやめるでござる」
「くそっ! お、覚えてろ」
エファとコリュウに敵わないと悟った女の子達は古典的な捨て台詞を残して逃げ出した。
「あ、あの、エファちゃんに、コリュウちゃん、ありがとう」
ユーディットがエファとコリュウに頭を下げる。
「お礼を言われるようなことではござらぬ。当然のことをしたまででござるよ」
「お礼は言葉じゃなくて謝礼でするものよ」
コリュウと違い、エファはがめつい言葉をユーディットに投げつける。
「エファ殿、謝礼を強要するとは何事でござるか」
「助けたんだからお礼を貰うのは当然の権利よ。それともただ働きしろっていうの」
「友を助けるのは仕事ではござらぬ。友情のなせるわざ、無償なのは当然でござる」
「こんな貧乏人が私の友達のわけないでしょ。だから、仕事よ」
「エ、エファちゃん……」
友達でない、と断言され、ユーディットは泣きそうな表情になる。
「なんてことを言うでござるか。友達はかけがえのないもの。もっと大事にするでござる」
「友達がいくらになるっていうのよ。一億フローナ以上の価値があるなら大事にするわよ。でも、この貧乏人にそんな価値あるわけないでしょ。せいぜい三百万フローナ程度かしら」
「あ、あのさ、カフェでお茶しない。助けてもらったお礼に私がおごるから」
エファの心無い発言に傷つきながらも、けなげにユーディットはエファとコリュウの言い合いを止めようと提案する。
「お茶か、まあしょうがないわね。あんた、貧乏人だからそれで我慢してあげる」
エファはユーディットと一緒に食堂のカフェに向かって歩き出した。
「だからエファ殿、ご友人に向かって貧乏人、などと失礼なことを言っては駄目でござる」
コリュウも二人を追って歩き出した。
食堂のカフェでエファとユーディットは紅茶とケーキを食べていた。特にエファは二種類のケーキを食べていた。コリュウは気持ちだけで十分、と紅茶もケーキも断った。
お茶をしながらエファはユーディットにコリュウとの出会いや奴隷にした経緯を話していた。
「さっき、コリュウちゃんもヴァルキリーシステムの中で魔法を使っていたけど、コリュウちゃんの口座を登録したの?」
いつものおっとりした口調でユーディットがエファに尋ねる。
「登録してない。だいたい、コリュウは口座なんて持ってないよ」
「それじゃあどうして、コリュウちゃんがヴァルキリーシステムの中で戦えるの」
「それは私も不思議なんたけど、なんで?」
エファとユーディットは揃ってコリュウを見る。
「あれは忍法でござる。体内の気を練り上げ瞬間的に筋力を限界以上に高めたり、気を放出して超常現象を起こしたりできるでござる。ただ、さっきはいつも以上に気が高まったでござる。ヴァルキリーシステムなるものが忍法にも作用したのかもしれぬでござる」
「それはあるかも。ごくまれにだけど口座がなくてもヴァルキリーシステムに感応して戦える人がいるんだって。確かニ十年前にも一人いたはずだよ」
ユーディットが説明する。
「へえ、そういうことがあるんだ。お金が無くても戦えるなんて便利じゃない」
エファは、いい買い物したわ、という表情になる。ある意味金のなる木だ。
「でもね、そういう人はお金の代わりに体力、コリュウちゃんの言葉を借りるなら気、をつかっているから魔法や技を使ったり、攻撃を受けると気を消費するはずだよ。限界以上に気、つまり体力を消費すると命にもかかわるから気を付けてね、コリュウちゃん」
「心得たでござる。ユーディット殿のお心遣い、痛み入るでござる」
「まあ、いいじゃない。骨は特別にクレディオン家の使用人共同墓地に入れてあげるから死ぬまで働きなさいよ」
エファの発言を冗談だと受け止めたユーディットとコリュウが愛想笑いを浮かべる。しかし、エファは純度百パーセントの本気だった。
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