第8話 初期設定では主人公だったのに脇役に転落した少年が登場する回
空間から現れた、コリュウと名乗った少年は珍しそうにエファを見る。
「見慣れぬ服装でござるが、立派な出で立ちでござる。さては、やんごとなきお方とお見受けいたす。この地方の領主のご息女でござろうか」
訛りがひどいコリュウの喋り方にエファは眉をしかめる。聞き取るのが一苦労だ。
「私はクレディオン家のエファよ。地方領主ごときの娘と一緒にしないでくれる」
「これは失礼つかまつった。拙者、浅学故、クレディオン家を存じ申せぬ。いかなる家柄の者か教えていただけるでござるか」
「はあ? クレディオン家を知らないって、あんた無知蒙昧にも程があるでしょ。クレディオン家はね、王国一の超大金持ちよ。しっかり覚えておきなさい」
「国で一番の豪商でござったか。これは失礼したでござる。ところで、ここはどこでござろうか」
コリュウは首を回して、エファの部屋である地下室を見渡す。
「フローナ女子学院よ」
「フローナジョシガクイン…… 初耳でござる。随分最果てまで飛ばされたものでござる」
「ここは王国の首都。なんで最果てになるのよ」
得体はしれないが、コリュウが危険人物ではないと判断し、エファはヴァルキリーシステムの結界を解除して戦闘衣から制服に戻る。
「おお?! そなた魔法使いでござるか?!」
エファの服装チェンジを見たコリュウが仰天する。
「ヴァルキリーシステムを知らないの。あんたいつの人よ」
「いつ、といわれても、今は、竜陽歴二百七年でござろう」
「今は、王国歴七百十五年。竜陽歴って何よいったい」
「ふむ…… 暦まで違うとは大陸を超えたのかもしれないでござるな」
コリュウは腕組みして、考え込む。
「実は拙者、悪の魔法使いとの戦いの最中、敵の魔法で異次元に飛ばされたでござる。異次元をさ迷っていたところ、エファ殿が引っ張ってくれたおかげで出られたでござる。しかし、拙者の国からはかなり遠くに来てしまったようでござる。拙者はこれから国に帰る方法を探すでござる。すまぬが近くの街への道を教えてくれぬか」
「魔法に異次元ね。あんたの国にもヴァルキリーシステムみたいなのがあるのかしら。まあいいや。情報を集めるなら城下町がいいんじゃない。学院の入口にバスの駅があるからそこから乗りなさい。面倒だけど乗りかかった船だし、あとで案内してあげる」
「かたじけないでござる」
「だけどその前に、払うもの払いなさい」
親切心を発揮した後、エファは金銭欲を発揮する。
「払うもの?」
「あんたさっき、うまいって叫んだでしょ。それってサンドウィッチを食べたからでしょ」
エファは机に一切れ残っているサンドウィッチを指さす。
「確かにそれを食べたでござる。実にうまい食べ物でござった」
「私の昼食なんだけど」
「なんと、そうでござったか。これは申し訳ないでござる」
「別に謝罪なんていいから、サンドウィッチ代の五万フローナを払って」
エファは手のひらを上に向け、コリュウに突きだす。お金を要求しているのだ。しかし、サンドウィッチの価格は三つで五千フローナだ。エファはコリュウが事情に疎いのをいいことに暴利をむさぼろうとしているのだ。
「この国の貨幣は持ち合わせておらぬでござる。これらで代わりにならぬか」
コリュウは腰に下げた皮袋から自国の硬貨を数枚取り出してエファの手に乗せる。薄汚れた硬貨を見たエファは首を左右に振った。
「なによこのゴミみたいなものは。こんなものが五万フローナになるわけないでしょ」
エファはコリュウに向けて硬貨を投げつけた。
「駄目でござるか」
コリュウは飛んできた複数の硬貨を受け止める。まるで大道芸のようだった。
「では、拙者の体で払うでござる。エファ殿、今困っていることは無いでござるか。それを拙者が解決するでござる」
「体……?」
エファは胡散臭そうにコリュウを見る。
「こう見えても拙者、忍者の端くれ。一通りのことはできるつもりでござるよ」
「忍者、て何?」
エファの返答にコリュウは不思議そうに首を傾げる。
「この国には忍者がいないでござるか……」
コリュウは咳払いし、忍者について説明する。
「忍者とは、命をかけて主君を守り、影から支える忠実な部下でござるよ」
「忠実な部下ねえ。執事みたいなものかしら。だったら、あんた私の執事、いえ、奴隷になりなさいよ。昔の執事がいなくなって困ってたのよね」
「エファ殿に仕える、ということでござるか……」
コリュウは顎に手を当て考えこむ。
「拙者には国に主君がいるでござる。二君には仕えぬのが忍者の決まりでござる」
「誰が仕えろなんて言った。あんたみたいなどこの馬の骨とも知れないものがそう簡単に私に仕えられるわけないでしょ。私は奴隷、と言ったの。分かる? あんたはただ私の指示に従い力の限り働く、死ぬまで働く。そういう一方的に支配される存在よ。分かった」
「それはとっても嫌な存在ではござらぬか」
「お腹を空かせた私の昼食を無断で食べたんだからそれくらい当然でしょ。それとも忍者ってのは空腹の少女の昼食を食べて心を痛めない血も涙も無い存在なの」
「サンドウィッチの件は弁解の余地も無いでござる。分かり申した。拙者、エファ殿の奴隷となり牛馬の如く働くでござる。ただし、国に帰る方法を見つけるまででござるよ」
「いいわ。じゃあ、国に帰る方法が見つかるまでは私の奴隷よ」
エファは嬉しそうにはしゃぐ。サンドウィッチ一つで人を一人雇えたのだ。大儲けである。それに、国に帰る方法が見つかるまで、と言うが、聞いたことも無い地方のちんけな里に帰る方法なんてそう簡単に見つかるものではない 最低でも夏休みの二ヶ月、あわよくばその後も半年くらい、ただ働きさせてやる、とエファは腹黒い皮算用を立てていた。
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