第7話 金持ちの道楽が万能であることを強調する回

「貧乏と不幸は同義ね……」

 エファは弱々しくうなだれる。


 ウェイトレスがサンドウィッチをテーブルに持ってくる。ユーディットの注文だ。サンドウィッチを見たエファのお腹が鳴った。

「エファちゃんも食べる」

 ユーディットがサンドウィッチの乗ったお皿をエファに差し出す。

「はあ? 何ふざけたこと言ってんの。食事を分け合うなんて貧乏人のすることでしょ。そんな恥知らずなことをこの私にさせる気」

 ユーディットの好意をエファは蹴散らした。こういうプライドだけは無駄に高い。


「じゃあ、私一人じゃ食べきれないから、エファちゃんも食べてくれない」

「あんた本当に馬鹿? 言い方を変えればいいってもんじゃないでしょ。なめてんの」

 今度はユーディトの機知を蹴散らす。


「でもまあ、あんたがそこまで言うなら、食べてあげるわよ」

 エファは手を伸ばし、三つあるサンドウィッチのうち二つを取る。

 あ、それは取り過ぎ、という表情をユーディットは垣間見せたが、すぐに笑顔で隠した。

 エファは大口を開けて一つ目のサンドウィッチを食べる。

「不味い!」

 エファはテーブルに置いてある紙ナプキンを取り、サンドウィッチを吐き出す。

 ユーディットが首を傾げながら、お皿に残されたサンドウィッチを食べる。

「別に不味くないよ」

「不味いよ。あんた味覚が狂ってんじゃないの。こんなのペットのエサよ」

 そのサンドウィッチは高級品であり不味く無い。しかし、一昨日まで最高級料理しか食べてこなかったエファには粘土細工のように不味く感じる味であることも確かだった。

「エファちゃん、これが普通の味なんだよ。仕送りを止められてお金ないんだから、今まで食べていた高級料理だけじゃなくて、こういう味にも慣れないと駄目だよ」


 ユーディットの発言はエファのことを考えたものだった。だが、エファは、お金が無い、という言葉に過剰に反応し、かちん、と来た。

「あんたみたいな貧乏人と一緒にするんじゃない。誰がこんな貧乏くさい味に慣れるか」

 エファは両手に持ったサンドウィッチをユーディットに投げつけて、席を立つ。

「ひ、ひどいよ、エファちゃん」

 顔や髪にサンドウィッチの具を付けたユーディットは涙目になる。

 食堂にあるまじき騒動に、周りにいる学院の学生達が食事の手を止め、エファ達に注目する。悪い意味で注目を集める中、エファはぷりぷり怒りながら食堂を出て行った。


 自分の部屋である地下室に戻ったエファは倒れるようにベッドに寝転ぶ。空腹過ぎて眩暈がしてきた。


「幽霊も食事もどうにかしなくちゃ…… ああ、私はなんて不幸なの……」

 庶民の食事は不味すぎるが、生活費が底を尽きかけているのだから安い貧乏人が食べる料理を食べるしかない。頑張って貧乏人の不味い料理を食べよう、とエファは心に誓う。

 ただ、貧乏人が食べる料理といっても、今まで最高級の料理しか食べたことがないいエファがそう思っているだけで、世間一般の常識に照らし合わせれば美味しい料理なのだ。


 次に、エファは幽霊について考える。

「夜になったら部屋の扉を開けておいて逃げ道を確保するか。あと、ヴァルキリーシステムモバイルで対抗できるようにしておけば、どうにかなるかな」


 据え置き型が基本のヴァルキリーシステムだが、モバイルタイプもある。モバイルタイプは据え置き型に比べて機能面でかなり劣る。だが、場所を選ばずに使えるという利点から一定の需要がある。

 金持ちの道楽用として開発されたヴァルキリーシステムだが、魔物や幽霊などには実際にダメージを与えられる。お金はかかるが、ヴァルキリーシステムの結界内であれば幽霊が相手でも戦える。


 お金をかければこんな夢みたいな、素敵な、超科学的な、機能が実装できるのだ。お金は偉大である。


 ヴァルキリーシステムモバイルは学校の購買で貸し出しているのでそれを借りてくればいい。

「さっさとやることはやるか」

 エファは空腹で弱った体に鞭打ってベッドから起き上がる。

 まず購買に行き、ヴァルキリーシステムモバイルを借りる。次に食堂に行き、持ち帰り用のサンドウィッチを買う。

 こんな貧乏くさいものを食べているのを見られるのは末代までの恥なので、持ち帰って地下室で食べることにしたのだ。


 地下室に戻ってきたエファは机にサンドウィッチを置き、じっと凝視する。

「こいつを食べられるようにならなきゃ」

 意を決してエファはサンドウィッチを一口、食べる!!!

「ま、不味い……」

 エファは太った体を小刻みに震わせ、口の中に広がる貧乏くさい味に耐える。

 飲み込まなきゃ、飲み込まなきゃ、飲み込まなきゃ…… と十回以上念じ、飲み込む。

「う、うぐぅ…… こいつは地獄のような苦行だわ……」

 エファはゼエゼエと肩で大きく息をしていた。顔には脂汗がにじんでいる。

「もう一口」

 エファは空腹という万能の調味料を味方に、三十分かけてサンドウィッチを一つ食べた。

「やった・・・・・・ ついにやった。私は貧乏に勝った!」

 エファは感無量で椅子の背もたれに寄りかかる。まるで大偉業を達成した後のようだ。


「…… じゃある……」

 地下室におどろおどろしい声が響いた。昨夜聞いた声だ。

「…… ごぎゃあ……」

「昼なのに出るの?!」

 エファは急いで地上へ続く階段の扉を開け、ストッパーで扉を固定する。ヴァルキリーシステムモバイルを起動し、地下室に結界を張る。制服が赤いドレス風の戦闘衣に変わる。


「さあ、幽霊め、どこからでもかかってきなさい。返り討ちにしてやる」

「…… ごじゃる……」

 今までよりも一際近く、エファの耳元の後ろで声が響いた。

「ひっ」

 エファは飛び退き、振り返る。そして、あり得ないものを見た。空間に二本の腕が浮かんでいたのだ。

「ぎゃあああ」

 エファは咄嗟に近くにあったサンドウィッチを腕に向けて投げた。他にも周囲にあるクッション、教科書、、食器、など手当たり次第に投げる。

 たくさんの投擲物に押されたのか、腕が引っ込むようにして消える。


「旨いでござる」

 おどろおどろしいのだが、その声色には似合わない内容の言葉が聞こえた。

 意味の分かる言葉を聞いて、狂乱していたエファは冷静さを取り戻す。言葉が分かる、というのはそれだけで人を落ち着かせる効果がある。


「もっとないでござるか」

 再び二本の腕が空中に現れ、何かを探すように空中をまさぐる。

 冷静さを取り戻したエファはヴァルキリーシステムの力で長い棒を具現化し、浮遊している腕をつつく。がつっ、と腕が棒を掴み、引っ張る。一瞬引っ張られたエファだが、靴でしっかり床を踏みしめて前のめりになった体勢を整えると、ぐいっ、と棒を引っ張り返す。エファ本来の力では到底無理だが、ヴァルキリーシステムにより力が増幅されているのだ。


 さすが金持ちの道楽。万能である。


「おお?!」

 その声が地下室に響くのと同時に、棒に引っ張られるようにして一人の少年が空間から出てきた。空中に現れた少年は重力に引っ張られて床に落ちたが、身軽に体を回転させ、受け身を取る。

「…… ここはどこでござるか……」


 見慣れない服装の少年が、ややぼさっとした髪を掻きながら立ち上がる。エファは知らないが、少年が着ているのは着物と呼ばれるもので上は半着、下は野袴だった。

「あんた誰?」

 エファが少年に問いかける。エファを見た少年は人懐っこく笑う。

「おお!? 人間に会うとは久方ぶりでござる」

 エファと同年代のその少年がエファに一礼する。

「拙者はコリュウと申す。シセイ地方はビャクの里の者でござる」

「シセイ? ビャク?」

 エファは首を傾げた。初めて聞く名だった。

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