第5話 ライバルにやられて地下室では幽霊にやられる回

「ねえ、ソフィアちゃん、エファちゃん、私いいこと思いついたんだけど」

 おっとりした声が談話室に響いた。声の主は前列の端の席に座っている黒色の髪を耳の横で三つ編みにした女の子だ。


 先日、エファとソフィアがヴァルキリーシステムで戦っていた時、そろそろ昼休みが終わる、とエファに助言して、貧乏人、と罵られた女の子だ。


「いいこと、とは何ですか、ユーディットさん」

 ユーディットと呼ばれた女の子はにっこりと笑って答える。

「エファちゃんが寄付金を払わなくちゃいけないのはペントハウスを使っているからでしょ。だったら、標準タイプの部屋に移れば払わなくてよくなるでしょ。ほら、全て解決」

 ユーディットは幸せそうに微笑み、胸の前で小さく拍手する。


「そんなの駄目です」

「そんなの嫌よ」

 エファにお金を貸し付け、屈服させたいソフィアが反対する。

 加えて、助け船を出されたはずのエファも反対する。

「標準タイプなんて、あんな犬小屋に私が住めると思ってるわけ。私は育ちがいいから、いい部屋じゃないと住めないの。あんたみたいに犬小屋でも馬小屋でも住める貧乏人と一緒にしないで。これだから貧乏人は物事が分かっていなくて嫌なのよ」

 エファに怒鳴られ、ユーディットはしゅんと、うなだれる。


「ユーディットさんの案、実はいいかもしれませんね」

 一旦は反対したソフィアが意見を変える。エファを陥れるという戦略に変更はないが、お金を貸し付ける以外の方法を考えついたようだ。

「エファさんがペントハウスを移動するなら、寄付金の五百万フローナは払わなくてよくなるのが道理。しかし、現在、標準タイプに空きはありません」

 ソフィアは端正な顔に意地の悪い笑みを浮かべる。

「ですが・・・・・・ 地下室なら空いています。エファさんが地下室に移動するなら、寄付金の五百万フローナの支払い義務は無くなります」

「ち、地下室!?」

 不敵と不遜の親戚のようなエファがあろうことか声を震わせる。

 談話室にいる同級生達もざわつく。

 地下室は、あり得ないわ、とか地下室だなんてソフィアさんも鬼ね、とか、そこかしこで囁き声が聞こえる。

 ソフィアが、びしっと、右腕を伸ばしてエファを指さす。

「さあ決断なさい、エファ。今すぐ五百万フローナ支払うか、地下室に移動するか」

 決断しろと言われても、五百万フローナを持っていないエファに選択の余地は無い。地下室に移動せざるをえないのだ。


 夜にも関わらずエファはその日の内にペントハウスから地下一階の、地下室、に移動させられた。家具の移動はソフィアの指示で呼び出された学院の執事達が行った。


 地下室。

 そこは最近フローナ女子学院初等部で物議をかもしている場所だ。一ヶ月ほど前から夜な夜な、おどろおどろしい声が聞こえるのだ。

 嘘やデマでは無い。現に、真夜中に地下室の探検に行った学生達が身の毛もよだつ恐ろしい声を聞いている。

 その場にいた女の子たちの証言では、地下室の明かりが消え、真っ暗闇の中、冷たい何かが首筋に触れてきた、とのことだ。

 この証言からも明らかなように幽霊の仕業なのだ。学生達の間でも幽霊の仕業に違いないと、まことしやかに噂されている。


 いい歳して幽霊も無いと思うのが普通だが、地下室の場合その常識は通用しない。

 地下室には地下倉庫に続く扉がある。元々、地下室はその扉を監視する部屋なのだ。 

 フローナ女子学院の地下倉庫には古代の貴重な魔機が保管されている。古代の魔機の中には死んだ人間の魂を集め幽霊を作る装置がある。今でもたまに稼働して幽霊を作っている。つまり、確実に幽霊は存在するのだ。

 地下倉庫には封印用の魔機が設置されていて幽霊やその他の危険な存在が外に出ないように結界が張られている。

 幽霊の噂を聞いた学院側は封印用の魔機が壊れた可能性を考え、封印用魔機を最新式に変えた。しかし、地下室に響くおどろおどろしい声は止まず、学校側も原因が分からず困惑している。

 封印用の魔機でも抑えられない強力な幽霊が生まれたと、学生達は噂し、恐れ、地下室には近づかないようにしている。


「幽霊なんていない。幽霊なんて迷信よ。大丈夫、私には神と仏の加護があるんだから」

 地下室に運び込まれたベッドの上で、パジャマに着替えたエファは頭から夏用の掛布団を被る。その手には、お守りや十字架やお札など幽霊が嫌いそうなものが握られている。

「…… じゃる……」

 布団を被っていたエファの耳におどろおどろしい声が聞こえた。

「…… ぎょじゃ……」

 空耳ではない。確かに聞こえる。

「ひいいい!?、でたー!」

 エファは布団から飛び出し、地上へ続く扉に駆け寄る。急いで扉のノブを回す。が、ノブはピクリとも動かない。


 突然、部屋の明かりが消えた。息をのみ青ざめるエファの首筋を冷たい何かが触れた。

「ぎゃあああああ!」

 すさまじい悲鳴を上げてエファは失神した。

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