第4話 主人公がどんどん落ちぶれていく回
寄宿舎の自分の部屋に戻ったエファは天蓋付きベッドに転がり、
昨日まではこんなはした金の計算は一切やらなかった。しかし、仕送りが無く、口座の残高自体がはした金の範疇に入る額になってしまってはやらざるを得ない。
「やっぱり、ソフィアなんかと戦うんじゃなかった」
まだ二か月分の生活費はあるが、先の戦いで失ったお金は決して少なくない。
「手っ取り早くお金を稼がないと」
エファは小太りの体をごろりと回転して仰向けになり、手足を思いっきり伸ばす。エファは一人なのにダブルベッドを使っている。広くて寝やすいからだ。
エファの部屋は寄宿舎の最上階にあるペントハウスなので部屋が広く、ダブルベッドでも邪魔にならない。これが標準タイプの部屋だったら邪魔なことこの上ないだろう。
フローナ女子学院の寄宿舎には標準タイプの部屋の他に高級なハイグレードタイプの部屋と、さらに高級なペントハウスがある。学生は住みたい部屋を自由に選べる。ただし、高級な部屋ほど部屋代が高い。エファが住んでいるペントハウスの部屋代は標準タイプの五倍だ。
「為替と株の情報を調べておこう」
エファは
食堂でお昼ご飯を食べた後、エファは自分のグループの女の子達とプールに遊びに行った。プールの使用料におやつ代と、遊ぶにもお金がかかる。遊びに行かない、という選択肢もあるが、グループのリーダーとしてそれは選べない。
こういった交際費も稼がないとな、とプールサイドでトロピカルジュースを飲みながら、エファは思いふけっていた。周りにいる女の子達は、新しく買った水着を見せ合い、きゃっきゃっ、はしゃいでいる。その呑気な様子が憎らしく思えてくる。
夕食もみんなで食べ、明日はエステに行こうと約束する。
寄宿舎の部屋に戻ろうとしたとき、全員の
とてつもなく嫌な予感にエファは襲われる。こういう時の直感はよく当たるんだよな、という後ろ向きな気持ちと共にエファは談話室に向かった。
談話室にクラスの人々が集まった後、扉を開けてソフィアが入ってくる。ソフィアの後ろには副会長や書記ら生徒会の役員が続く。全員ソフィアグループのメンバーだ。
フローナ女子学院では学年ごとに生徒会がある。生徒会では各種イベントの運営や、学生達から集めたお金の使い道を決めたりしている。
「緊急の招集にも関わらず、集まっていただきありがとうございます」
クラスメイト達の前に立ち、生徒会長のソフィアが話し出す。
「本題に入る前に今月の生徒会費を集めます。生徒会の口座に振り込んでください」
談話室に集まった初等部の学生が
「では本題に入ります。フローナ女子学院では毎年夏と冬の二回、王国の恵まれない人達への寄付を行います。我々初等部からも寄付金を募りたいと思います」
夏の寄付金の話か、とエファはつまらなそうな顔をする。エファは、自分の利益にならない寄付というものが嫌いだった。
「例年の初等部からの寄付金の額は二千万フローナです。これを人数で均等に割り、一人五十万フローナの寄付金をいただくというのが、やはり例年のやり方です」
五十万フローナなら余裕ね、とエファは安堵する、がソフィアの話にはまだ先があった。
「ですが、今年は春から王国西方で日照りが続いており、被害が広がっています。この状況を鑑みて、今年は例年の二千万フローナに、さらに二千万フローナを足して総額四千万フローナの寄付を行うことを生徒会の臨時会議で決定しました」
ソフィアの提案を聞いたクラスの同級生の間から、えー という不満のどよめきが起きる。一人五十万フローナなら全員が仕送りから無理なく払える。だが、さらに五十万となると過半数の学生が生活費を切り詰めなくてはならなくなる。
「いきなり寄付金を増額されたのだから、皆さんが不満を抱くのは理解できます。そこで、生徒会では、例年の二千万フローナについては均等割りした五十万フローナの寄付を募りますが、追加の二千万フローナは富める者ほど多く払うという方針を決め、寄宿舎の部屋のグレードによって寄付金に傾斜をつけます。具体的には、ペントハウスを利用している私とエファさんが五百万フローナ。ハイグレードを使用している十名が百万フローナ。標準タイプを使用している方からは追加の寄付金は募りません」
談話室に集まった学生達の間に好意的な空気が流れる。
過半数を占める標準タイプの部屋の使用者達は寄付金が増えないので文句は無い。ハイグレードの部屋の使用者は裕福な者達なので、百万フローナなら増えても文句は無い。
自分の懐は大して痛まないと分かり学生達は拍手してソフィアの、すなわち生徒会からの、提案に賛同した。ただ、一人、エファを除いて。
「ちょっと待ちなさいよ! なんで私が五百万フローナも払わなくちゃいけないのよ!」
エファは立ち上がり叫んだ。
仕送りを止められ金銭面で頭を悩ませていたエファは、ソフィアのある意味一方的な提案を聞いて頭に血がのぼり、我を忘れて叫んでしまった。
拍手をしていた同級生たちが唖然として、エファを見る。そんな中、ソフィアがしてやったりと満足そうな笑みを浮かべる。
「今、何とおっしゃいました。私の耳には、五百万フローナも、と聞こえましたけど……」
嫌味を込め過ぎてドロリと粘るような言葉をソフィアがエファに投げる。
「あっ……」
ソフィアに言われ、エファは自分の大失言を自覚する。しかし、時すでに遅し、だった。 ソフィアの横にいる、眼鏡をかけた副生徒会長がソフィアに耳打ちする。
「えっ!? エファさんの実家でクーデターが起きて、大変な状況ですって?!」
ソフィアの声は、わざとらしいと表現するのも馬鹿馬鹿しくなる程わざとらしかった。
「ごめんなさい、エファさん。あなたがそんな大変な状況だったなんて。ああ、もしかして私、お金に困っているエファさんへに貧乏人いじめをしてしまったかしら」
ソフィアは謝罪の皮を被った言葉で、エファを虚仮にする。
エファが仕送りを止められたことまでは知らないが、金銭的に困窮した状態であると悟ったソフィアは、生徒会長の地位を利用して夏の寄付金を増額した。そして、今のエファでは払えないであろう多額の寄付を要求するように仕向けた。それは、エファがお金にこまっていることをクラス中に暴露する為の策だった。
「エファさんの可哀そうな窮状は分かりました。ですが、ペントハウスを使用しているのは事実ですから五百万フローナの寄付金をお願いするのが筋というもの」
「はめたわね、ソフィア」
ここに至ってはお家事情を隠せない、とエファは開き直る。
「はめるなんて人聞きの悪い。私は生徒会長としてフローナ女子学院の名誉を考えて提案していますのよ」
白々しい台詞をソフィアは平然と言ってのける。
「なによ、私を陥れようとしてるだけでしょ。とんだ狭量ね。生徒会長が聞いて呆れるわ」
「何とでも言いなさい。所詮負け犬の遠吠えよ」
「あー、負け犬って言った、負け犬って。やっぱり、私を意識してたんじゃない」
「言葉尻をとらえて、うるさいですわ。そんなことより寄付金を払うの? 払わないの?」
「払うわないわよ!」
「どっちよ!」
エファのなめた返答に、思わずソフィアが怒鳴る。
「だから、どっちもよ!」
エファも怒鳴る。どんなに不利な状況でもソフィアには言い負かされたくない、という意地っ張りな性格が、屁理屈だろうがなんだろうが言葉をひねり出していた。
「ふざけてるのエファ。そんな言い分が通るわけないでしょ」
公式的な場だったからエファさん、と、さん付けで呼んでいたが、興奮してきたソフィアはいつも通り、エファ、と呼び捨てにする。
「詭弁を弄してないで、五百万フローナを払うか払わないか、答えなさい」
同級生達の視線が再びエファに集中する。さすがにもう言い逃れできる雰囲気ではない。
「……今は払えないけど、後で払う。それでいいでしょ」
「駄目です。全員この場で払うのだからあなた一人後払いを認めるわけにはいきません」
ソフィアが意地悪くエファの逃げ道を通せんぼする。
「何でよ。ちゃんと後で払うんだからいいでしょ」
「駄目なものは駄目です。今すぐ払ってください。払えないなら、私がお貸ししましょう」
ニヤリとソフィアが笑う。フローナ女子学院では、敵対する人間からお金を借りることは相手の軍門に下ることと同義だ。つまり、ソフィアはエファに、私の靴をお舐め、と降伏勧告したのだ。
「誰が、あんたなんかに借りるもんですか」
ソフィアの軍門に下るなんて言語道断なエファは自分のグループのメンバーを見る。
「あんた達、五百万フローナ貸しなさい。貧乏人のあんた達でもそれくらいあるでしょ」
それが人にものを頼む態度か、と問い質したいところだが、エファに悪気は無かった。彼女は自分以外の同級生は全員貧乏人と分類しているのだ。
「それが人にお金を借りる態度? 貧乏人って言うけど今はお前の方が貧乏人なんだろ」
発言したのは、昨日までエファ、ソフィアに次いでクラスで三番目に金持ちだった女の子だった。エファが没落したんで、今はクラスで二番目に金持ちに昇格している。
彼女は世間一般から見れば超大金持ちであり、決して貧乏人呼ばわりされる存在ではない。なのに、エファは、悪気は無かったが、彼女を貧乏人呼ばわりしていた。プライドの高い彼女はずっと鬱憤を溜めていたのだ。
その鬱憤、晴らす時は今!
「土下座して頼みな。貧乏人はそうやってプライドと交換にお金を借りるんだよ」
「馬鹿にすんじゃないわよ。誰があんたみたいな貧乏人に土下座するもんですか。もういい。あんたなんかに頼まない。ちょっと誰か、五百万フローナ貸して」
エファは同級生達、特に自分のクループの女の子を見る。しかし、誰もエファに味方しようとはしない。自己中心的で思いやりのかけらも無いエファは、お金の力で友人達をつなぎとめていたのだから、お金持がなくなれば友人という糸が切れるのは必然だ。
「誰も貸してくれないようね。さあ、覚悟を決めて私から借りなさい」
ソフィが再びエファに、私の靴をお舐め、と降伏を迫る。
四面どころか上下も含めて六面楚歌のエファは返答に窮す。
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