第3話 主人公の転落とか物語のとっかかりの回
フローナ女子学院が夏休みに入って一週間が経った。
原則として学生達は夏休みの間も学院で過ごす。休み中も学生達が満喫できるように学園内の通りには一流ブランドのお店が並び、食堂では有名シェフ達による高級レストラン並みの料理が供される。
小山や湖もあり自然鑑賞もできるようになっている。まさに金持ちの道楽ここに極まれり、だ。
エファは夏休みに入ってから毎日、グループの面々と遊園地ではしゃぎ、美術館で芸術に触れ、プールで運動し、と活動的な日々を送っていた。
ある日。
朝六時に目覚めたエファは天蓋付きベッドから出て制服に着替える。机に向かい、朝の勉強を始める。目一杯遊んでいるエファだが勉強もおろそかにはしない。勉強も遊びも一流というのがフローナ女子学院の教育方針だ。
一時間程勉強したエファは朝食を食べに食堂に向かう。
食堂の入口に来たとき
エファの両親は一人娘のエファを溺愛し、エファの言うことなら何でも聞いてくれる。その溺愛ぶりを見て叔父は、エファの為にならない、と両親に意見している。エファにも、親にお金をねだるな、と説教をしてくる。そんな叔父がエファは大っ嫌いだった。
「あ、叔父様、エファです。おはようございます」
しつこく
叔父は、おはよう、と一言あいさつをし、単刀直入に用件を伝えてきた。
「はっ?! なんですって?! そ、そんなことしたら、ぐれるわよ」
ぐれると言えば、両親ならエファの言うことを何でも聞く。しかし、叔父は違った。
「す、好きにしろですって?! どうせ口だけですって?!」
叔父は半ば一方的に用件を伝え、通話を切った。エファは茫然と立ち尽くす。
叔父が伝えてきた用件は二つ。
一つ目は、クレディオン財閥の総帥だったエファの父がその地位を剥奪され、新しい総帥に叔父が就いたということ。
つまり、叔父がクーデターを起こしたのだ。
仰天動地の大事件だ。
だが、エファはこのことは大して問題視していなかった。エファが大人になったら、今度はエファが叔父を追い出して総帥なればいい。それで解決だ。簡単なことだ。
だから問題は二つ目の用件なのだ。
叔父は、月々のエファへの仕送りを止める、と言ってきた。それも、今月の仕送り日である今日から。
学院の三年間の授業料は入学時に一括で支払われている。だが、食費や友達と遊ぶ交際費、税金のような生徒会費や寄付金など、色々とお金が必要なのだ。それなのに仕送りが途絶えてしまっては昨日までの豪遊生活ができなくなってしまう。
「そうだ」
エファは急いで両親に電話する。今のうちに両親から限界までお金をねだるつもりだった。しかし、
「エファか。お前の両親の
そう言って叔父は通話を切った。
「たぬきつね、め……」
怒りのあまり
たぬきつね、とは狸のような膨らんだ腹と狐のような顔を持つ叔父のあだ名だ。
エファは
「善後策をねらないと。それと誰にも気づかれないようにしないと、特にソフィアには」
エファは食堂に入っていった。食事をしながら善後策をねるつもりだった。
「たぬきつね……」
食堂の入口から少し離れたところにいたソフィアが呟いた。ソフィアの後ろには執事のエミリエが控えている。エミリエは若いが落ち着いた雰囲気を持つ女性の執事だ。学院に登録されている女性執事の中では一番上のランクだ。
電話に集中していたエファは気づかなかったが、朝食を終えたソフィアがエファの後ろを通っていた。エファの様子がおかしいことに気づいたソフィアは少し離れた所から観察していたのだ。
「クレディオン財閥の副総裁のあだ名が、たぬきつね、でしたわね。たしか、エファの叔父にあたる方のはず。エファは叔父と話していてあんなに怒っていたのかしら……」
これは何かありそうね、と独白し、ソフィアは綺麗な顔にどす黒い笑みを浮かべる。
「エミリエ。クレディオン家について、特にエファの叔父さまを中心に調べてください」
「かしこまりました」
エミリエは恭しく一礼すると、調査のためソフィアの傍を離れた。
「ふふふふ、例え小さな綻びでも私が大きくしてあげるわ」
食堂に入ったエファは、グループの女の子達の誘いを断り、一人で席についた。
一流シェフの素晴らしい料理で舌を慰めながらエファは今後の対策を決めた。その対策とは、仕送りの代わりに自分でお金を稼ぐことだった。
現在の貯蓄ではあと二カ月過ごすのがやっとだ。収入を得なければ未来は無い。
幸いなことに
食事を終えたエファは寄宿舎に向かって校庭の横の道を歩いていた。
「エファ、この間の続きをしない」
声をかけてきたのはエファが行こうとする道の先にいたソフィアだった。背後に執事のエミリエを従えている。
「この間の続きって何よ」
「あなたに煮え湯を飲まされたヴァルキリーシステムの決闘よ」
普段のエファなら二言返事で挑戦を受けただろう。しかし、今は緊縮財政真っ只中だ。ヴァルキリーシステムの決闘は湯水のごとくお金を使う。勝てば損はしないが、もし負けたら大損する。どう考えても断るのが最善の策だ。
「あんたをやっつけるのも楽しいけど、今忙しいからまた今度ね」
「私に恐れをなして逃げるのね」
ソフィアの挑発的な一言がエファの琴線に触れる。
「私があんたなんかを恐れるわけないでしょ。用事があるから見逃してあげようと思ったけどやめた。再起不能なまでにボコボコにしてやる」
見事に挑発に乗せられたエファは歩道から校庭に降りる。
安い挑発に乗せられたとエファも分かっているが、ライバルのソフィアの挑発は無視できない。それに、馬鹿にされたら相手が泣いて謝るまでやり返さないと気がすまない。
ソフィアも歩道から校庭へ降りる。
エファとソフィアは校庭の中央に移動して対峙する。
「それじゃあ、始めましょう」
ソフィアが多機能携帯魔機を操作して校庭に設置されているヴァルキリーシステムを起動する。
校庭に結界が張られ、ソフィアの制服が白銀の鎧をモチーフにしたスカート状の戦闘衣に変換される。エファの制服も深紅のドレス状の戦闘衣に変換された。
ヴァルキリーシステム。
それは、金持ちの高尚な遊びとして三十年ほど前に開発された汎用娯楽型決闘用魔機だ。
古今東西の金持ちが夢中になっている世紀の大発明だ。
ヴァルキリーシステムが作る結界の中ではお金を使って、特殊な技や魔法を使って相手を攻撃できる。攻撃と言っても、消費されるのがお金なので命のやり取りは無い。とても安全なシステムだ。
攻撃には、自分の口座をヴァルキリーシステムに登録し、その口座のお金を使う。
防御には戦闘衣システムが用いられている。
戦闘衣と呼ばれるコスチュームそのものが口座になっていて、そこに防御用のお金を貯めておく。攻撃を受けると戦闘衣に貯めていたお金が減り、先に戦闘衣に貯めたお金が尽きた方が敗者となる。
戦闘衣に貯めたお金の減りに合わせて戦闘衣も損傷する仕組みになっている。さすが金持ちの道楽。芸も細かい。
戦闘の長期化を防ぐため、一度戦闘が始まると戦闘衣には自分の資金は振り込めない。戦闘衣、すなわち防御を回復するには、他人から振り込みを受けるしかない。
ヴァルキリーシステムで勝利すると、その戦闘で自分と相手が消費したお金が手に入る。一方、敗者には何も返ってこない。
伸るか反るか。
ALL OR NOT。
全か無か。
そんな勝負師たちの世界なのだ。
ヴァルキリーシステムで使う魔法や技は、各自があらかじめ名前、消費金額の上限と下限、効果、演出などを登録しておく。
魔法、技の威力や効果は消費金額のみに依存する。名前、演出、詠唱の文言は威力には全く関係ないので使用者の好みで決められる。
金持ちの道楽であるヴァルキリーシステムでは格好よく戦うことが重要であり、魔法の詠唱にも流行りの文言が好まれる。
コスチュームの戦闘衣のデザイン性も見栄の張りどころだ。一流デザイナーにデザインしてもらうことも多く、戦闘衣専門のデザイナーも存在する。
「いくわよ!」
ソフィアは背中に純白の羽のアタッチメントを付け、低空飛行でエファに迫る。
ヴァルキリーシステムの中では、お金さえ払えば、飛行も自由自在だ。羽は必ずしも必要ではないが、見栄えがするので戦闘衣のアタッチメントとして人気が高い。
細身の剣を左手に具現化させ、ソフィアが鋭い突きを連続して繰り出す。咄嗟にエファは避けるが、かわしきれずに数発食らった。
「叩き潰してやる」
エファは右手に大剣を具現化し、豪快にソフィアに切り付ける。ソフィアは空を舞い、エファの攻撃を避けるが、完全にはよけきれず、足に斬撃を受ける。
エファも靴に羽のアタッチメントを付け、ソフィアを追って空を飛ぶ。
エファとソフィアは空中を飛び交い、激しい応酬を繰り広げる。先日は遠距離からの魔法主体だったが、今日は武器と武器がぶつかり合う接近戦だ。
ヴァルキリーシステムでは、どんなに切りつけられようとも、お金は減るが肉体的ダメージは無い。真に迫った戦いを実現する為、いくらか痛みを感じるようになっているがそれも安全な範囲での痛みだ。
短時間ながらも激しい戦闘を繰り広げていたエファとソフィアが空中でにらみ合い、対峙する。
「攻撃に威力が無くなってきたわね、ソフィア。お小遣いが尽きたんでしょ」
「あなだって威力がガタ落ちじゃない。お小遣いが尽きた証拠じゃなくて? エファ」
二人共、互いに指摘した通りお小遣いが無くなりかけていた。その為、斬撃の威力が落ちていたのだ。
「どうやら、引き分けのようね、エファ」
「ふん。あんた相手に引き分けなんて癪だけど、今日はこれで勘弁してあげるわ」
エファが構えていた大剣を消す。それを見てソフィアも細身の剣を消す。
「ご両親におねだりしなくていいのかしら」
「用事があるって言ったでしょ。私は急いでるの、分かる?」
本当は、叔父に邪魔されて両親におねだりできないのだが、エファはそんな様子はおくびにも出さない。
「それでは引き分け、ということで終わりにしましょう」
宙に浮いていたソフィアとエファが地面に降りる。ソフィアが
引き分けの場合、お互いに消費したお金の半分が返ってくる、が半分は失われる。
「どうせ大した用事ではないでしょうけど、時間を取らせて悪かったわね」
「まったくよ」
そう言うとエファは足早に校庭から去って行った。
「決着をつけなくてよろしかったのですか」
エファが去った後、エミリエがソフィアに尋ねる。
「構いませんわ。エファのお小遣いは減らしましたし、何より、ご両親におねだりすらできない窮状だということも確認できました」
ソフィアはエミリエから報告を受けてエファの家でおきたクーデターについて既に知っていた。エファに戦いを挑んだのはクーデターがエファに与えた影響を確かめる為だった。
「両親におねだりもできないということは、仕送りも今まで通り貰えているか怪しいものですわ。叩くなら今ですね。二度と私に楯突けないよう、地獄を見せて差し上げますわ」
ソフィアは端正な顔に悪魔めいた笑みを浮かべる。清楚で純情可憐な雰囲気を持っているだけに悪い顔をすると、そのギャップが異様な迫力を生む。
「午後一番に緊急会議を開きます。生徒会のメンバーに招集をかけてください」
フローナ女子学院には各学年ごとに生徒会が存在する。ソフィアは初等部の生徒会の会長をやっていて緊急会議を開く権限を持っている。
かしこまりました、とエミリエが恭しくお辞儀する。
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