第2話 世界観とか通貨とかの説明の回

 魔機と呼ばれるマナを動力源にする絡繰りが発達した世界。そこでは、自動で走る四輪魔機自動車や空調を管理する魔機エアコンや、多機能携帯魔機スマホといった文明の利器が人々の生活を豊かにしている。


 百年程前、当時の経済界を牛耳っていた財界人達が優秀な後継者の育成を目的に男女の学校を設立した。ガゼルト男子学院とフローナ女子学院だ。

 両学院では経済界を背負って立つ人材育成の為、一般の勉学に加えて経済教育に力を入れている。学院は完全寄宿制で、中学校を卒業した十五歳から十八歳の少年少女を対象に三年間、徹底的に帝王学をたたき込む。

 ガゼルト男子学院とフローナ女子学院はこれまでに経済発展に貢献する逸材を幾人も輩出してきた。そういった偉人も含めて卒業生の九割以上が経済的な成功を収めるという驚異的で輝かしい結果を残してきた。そして今では、両学院を卒業すれば成功が約束されるとまで言われるようになった。


 金持ちの金持ちによる金持ちの為の学校は大成功したのだ。


 財界の後継者育成が目的の両学院では入学者も財界人の子供が対象とされており莫大な入学金、授業料、寄付金が設定されている。

 それらが払えない貧乏人に門出は開かれていない。ガゼルト、フローナの両学院で学べる学生は莫大な諸費用を支払える超金持ちの家の子供だけなのだ。


 放課後。


 エファは教室で明日からの夏休み何をして遊ぶか同級生とお喋りしていた。

 エファ達のグループは教室の窓側に集まり、廊下側にはソフィアを中心とするグループが集まっていた。

 全員が金持ちでも集まれば上下ができる。誰が一番か? という争いもおきる。

 昼休みに校庭で戦っていたエファ クレディオンとソフィア カナンはフローナ女子学院初等部で一、二位を争う金持ちだ。

 大金持ちのお嬢様の二人は高い自尊心、というか高すぎる自意識の持ち主で、お互いに自分の方が金持ちであると言って譲らない。そんな二人が仲良くなれるはずがなく、ことあるごとに諍いを大量生産していた。


「昼休みの戦いもエファさんの完全勝利だったし、やっぱり初等部で一番はエファさんね」

 エファグループの一人がエファのご機嫌を取る。その声を聞いたソフィアグループの一人がすかさず言い返す。

「親のお金に頼っている人が一番だなんて、よく言うわ。恥ずかしくないのかしら」

 ガゼルト男子学院、フローナ女子学院ではそれぞれ学院の名前を冠したガゼルトとフローナという独自通貨が使われている。フローナ女子学院の学生達は王国通貨をフローナに両替して学院生活を送っている。

 

 王国通貨とフローナの為替レートは変動性が取り入れられていて、学生達は為替差益を得る為、為替変動に注意しながら生活費やお小遣いとして家から送られてくる王国貨幣をフローナに両替している。


 このように学院では普段の生活の中で実際の経済のシステムを経験できるように考慮されている。この経済教育を最大限に活かす為、学生は不必要に親から援助を受けないように指導されている。

 学生達の親は超金持ちなので好き勝手に親の援助を受けては経済の勉強にならないのだ。

 学生達も教育の趣旨を理解しており、無暗に親から援助を受けるのは恥ずべき行為と認識している。


「必要な時に援助を受けるのは悪いことじゃないでしょ。その判断力を磨く為に学院だって親からの援助を完全には禁止にしてないじゃない。ソフィアさんは判断力が甘いのよ」

 エファグループの女の子が言い返す。

 彼女の言う通り、学院は親からの援助を極力避けるように求めているが、必要な時には援助を受けるようにも指導している。

 矛盾である。

 だが、実際の経済活動は複雑怪奇であり時には恥ずべき行為もしなければならない。矛盾だろうが何だろうが、必要な時には原理原則から外れた行動もできる決断力を養うために親からの援助を完全には禁止にしていない。


「ちょっと言い過ぎよ、ソフィアはパパと仲が悪くておねだりできないんだから」

 エファはグループの女の子を窘めるふりをしながら、皮肉のジャムを塗りたくった言葉でソフィアを罵倒する。

 父親のことを出された途端、ソフィアが敏感に反応する。

「お父様は学院の教育方針を重んじ、無意味な援助をしないだけよ。あなたの家みたいに過保護で溺愛しかできない駄目な親と一緒にしないでくれるかしら」

 親を駄目呼ばわりされてエファも怒る。しかし、エファは声を荒げたりはしない。直情的なやり方ではなく、もっと陰険なやり方が好きなのだ。

「ああ、可愛そうなソフィア。あなたのパパってお兄さんは溺愛するのにあなたのことは見向きもしないのよね。だから、仲のいい親子を見ると貶したくなるんでしょ」

 エファがせせら笑う。親に可愛がられない子供は人生の敗者だと言わんばかりの笑いようだ。

 ソフィアが強い殺意を碧眼にたぎらせてエファを睨みつける。

 ソフィアには二歳差の兄がいる。ソフィアの父は跡継ぎの兄には目をかけているが、将来他家に嫁ぐ、女のソフィアには興味を示していない。ソフィアはそのことを気にしており心を痛めているのだ。


「お金が足りなくなったらいつでも言ってねソフィア。パパに頼めないあなたの為に私が援助してあげる。プライドばかり高い没落貴族には苦痛かもしれないけど、そんな一フローナにもならないプライドは犬にでも食べさせちゃいなさい」

 ソフィアの家であるカナン家は公爵の爵位を持つ由緒正しき名家だ。だが、近年では新興勢力に押され、没落貴族というのは言い過ぎだが、昔のような圧倒的な力は持っていない。

「結構よ、あなたみたいな成り上がり者に情けをかけられるくらいなら死んだ方がましよ」

 ソフィアは席を立ってグループの者を引き連れ教室から出ていった。

 エファの家であるクレディオン家は新興勢力の中でも一際強く輝く存在だ。ここ数年の長者番付では常に王国トップ3に入っている。成長率は間違いなく王国一だ。だが、ソフィアのような名家の人間は、お金はあっても品の無い成り上がり者、と蔑んでいる。


「ソフィアも、もう少し素直になればいくらでも私が援助してあげるのに。下手に小金があるからプライドを捨てられないのよね。あなた達は貧乏だから素直になれてよかったね」

 エファは無邪気に近くにいる自分のグループの女の子に話しかける。女の子は一瞬不快な感情を顔に出したがすぐに引っ込めた。

 女の子はエファ、ソフィアに次ぐ、クラスで三番目に金持ちの家の娘だ。

フローナ女子学院で三番目といのは、世間では超大金持ちに分類される存在だ。

 エファの方が金持ちだとしても貧乏人呼ばわりされれば不愉快だろう。しかし、彼女はエファの心無い一言に耐えた。エファに反発するより友好関係を築いた方が得だと判断したのだ。 

「そうだ、昼休みの私の完全勝利を記念して、皆に百万フローナあげる」

 エファを取り囲んでいた女の子たちが歓声を上げる。

 百万フローナは、おおよそフローナ女子学院初等部の学生の半月の生活費に相当する。

 このようにエファは気前よくお金をあげるので、お金を目当てに人が集まってくる。砂糖の山に群がる蟻のように。

 エファは制服のポケットから多機能携帯魔機スマホを取り出し、執事のエルマーに電話する。

「エルマー 今からみんなの口座に百万フローナ入金して。そう、いつものメンバーよ」

 エファが多機能携帯魔機スマホを制服のポケットにしまう。すぐに教室の扉がノックされる。「失礼いたします」

 青年執事のエルマーが優雅に一例して教室に入ってくる。

 フローナ女子学院には十数人のエリート執事が登録されている。学生達は学院に毎月の執事代を支払うことで登録されている執事を雇用できる。

 能力の高さ、見た目の良さなど総合的な評価のもと執事達はランク付けされていてランクに応じて執事代は高くなる。

 ランクの高い執事を持つことはステータスであり、最高ランクのエルマーを雇用しているエファは不必要なまでにエルマーを呼び出しては見せびらかしている。

「エファ様、入金の署名をお願いします」

 エルマーはエファの横に膝を突き、持ってきた多機能携帯魔機を差し出す。エファは人差し指で多機能携帯魔機の画面にタッチして、サインする。

「エファ様のお手はいつ見てもお美しい」

 エルマーが主人を褒め称える。

 一般庶民が言おうものなら頭がおかしくなったかと思われる言葉だが、教室では誰も笑わない。そういう世界なのだ。

「待って、エファちゃん。無暗に人にお金をあげるのはよくないよ」

 のんびりした声の女の子がエファに意見する。

「黙ってなさい、貧乏人。私に意見するなんて一億年早いわ」

 エファは冷たく言い放った。しかし、その言葉にソフィアと口喧嘩していた時のような真剣さはまるで無い。

 憎らしい存在であっても無視できないソフィアと違い、意見してきた女の子をエファはどうでもいい存在と思い、名前すら覚えていないほどに軽んじていた。

 エファが多機能携帯魔機スマホの画面にサインする。皆に百万フローナが振り込まれ、エファグループの女の子達は歓声をあげて喜んだ。

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