第6話 BLUE
一面の青の中に僕はいた。
ただひたすら青の中に沈んでいた。
聞こえるのは血液が巡る音と、規則正しい心臓のリズム。
この二つは、僕を妙に落ち着かせていた。
もうどれだけ昔になるだろう。
僕はこの青の向こうにいた。僕は僕として、頑丈な肉体に僕という魂を宿して。
時は止まることのない砂時計だ。
永遠に流れ続ける砂の中、僕が形あるものとして存在したのはほんの一握りに過ぎない。
その中で僕は、いくつもの嘘を重ね、いくつもの別れを繰り返し、いくつもの笑顔を見ながら生きていた。
形を失った理由など、もうとっくに忘れている。
ひどく苦しかったのかもしれないし、案外あっさりしていたのかもしれない。
でも今この時、そんなことはどうでもよかった。
何十年ものながい浮遊の時を経て、僕はふたたび肉体を与えられることとなった。
なつかしさ、不安、入り混じった感情はこの青の中に静かに消えていった。
心臓のリズムは僕を優しく包み込む。
どこまでも続く青は、落ち着いたぬくもりをくれる。
この透明なときの中、新たな僕は少しずつ形作られていった。
ここへきてもうどのくらい経ったのだろう。
この間に、たくさんの記憶が消えていった。
心の鍵はごく自然に開かれて、眠っていた記憶の束はほどかれて、その一本一本と引き換えに新しい体が創られていく。
手ができ足ができ、目ができる頃には、僕の記憶は数えるほどしか残っていなかった。
残り少ない記憶を拾い集め、僕は思い出に漂う。
懐かしい日々。草原に寝転んで青空を見上げたこと。吹き抜ける風が冷たくて、ほんの少し悲しくなったこと、雨の音、太陽の光。愛した人、愛する家族たち。
僕はまた新しい命となって、きっと逢えると信じている。
草のにおいや星の輝きは、僕を待ってくれているだろうか。
川のせせらぎは、鳥のさえずりは、あのころのように僕を包んでくれるのだろうか。
記憶の断片にある風景たちを、僕は強く抱きしめた。
一面の青の中に僕はいた。
深い青に沈みながら、時が過ぎるのを感じていた。
聞こえるのは血液が巡る音と、規則正しい心臓のリズム。
今、最後に残されたわずかな記憶がここから消えようとしている。
どうやら僕は、もうすぐ生まれるらしい。
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