第4話 桜色
私には運命を嗅ぎ取る才能があったのかもしれない。
「私の死期は近い」
いつの日か切実に高まってきたこの思いを裏付けるかのように、病というモヤモヤは私の中に息づきはじめ、みるみるうちに全身を覆ってしまった。
不思議なことに焦りもなく恐怖もない。
意外と冷静な脳みそが、来るべきその時までの順路を着々と思い描きはじめ、肉体はただひたすらそれに沿い、順番を追って動いているだけだった。
神経がすみずみまで冴えわたる。日を追うごとに思考は研ぎ澄まされていくようで、私はしみじみこの人生の無駄を知る。たった何十年というちっぽけな歴史の中に、抱えきれないほど莫大な量のチリや埃が転がっているのだ。つもりに積もったゴミの山を見て、ちっぽけな私はため息をつく。それらを始末するにはあまりにも時間がなさすぎる。タイムリミットまで、もう少しの猶予も残されていないのだ。それでも私は絶望や失望を感じはしない。人生を整理するのは、念願叶ってマイホームを手に入れたサラリーマンの引っ越しみたいなものだ。幾分かの不安、そして多大なる希望をその作業に見ている。
一枚一枚のお皿を新聞紙にくるむように、回り道した人生の思い出を一つ一つ両手で包み込む。部屋の隅にたまっているわたぼこりを掃除機で吸い込むように、散り散りになった記憶のカケラたちを思い出の外へと葬っていく。気が付くと、私はこれらの作業にたまらなく愛着を覚え始めているのだった。
私にはもう限られた未来しかない。そう思うことは、淡い桜色に似ている。ショッキングピンクの凶器を超え、これまでの人生のすべてを受け入れ始めたとき、私の視線は淡い桜色を求めた。桜もコスモスも、そして終末の時も、それは同じことなのだ。深い闇のふちに在りながら、私は桜色を見ている。今までの人生を、桜色に包もうとしている。
私の日々は、ひょっとすると片手分しかないのかもしれあい。それでも私は桜色のハートを波立たせ、少しのことに笑い、怒り、涙する。できる限り精一杯、すべてを感じようとしないともったいなくてたまらない。指を一本ずつおるたびに、やさしくなろう、そう思う。私の知覚する桜色のすべてを賭けてでもやさしくなりたい。そして笑顔で、心からの笑顔でその瞬間を迎えよう。私の桜色はそこでも決して絶えはしない。
欠点だらけのこの命に、ほんの少しの安らぎを与えてくれてこの時を、私の中にまだかすかに愛があると教えてくれた桜色を、限りなく私は抱きしめる。ささやかに波立つ心を信じ、生きていることを感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます