第2話 オレンジの下
「ここから見たら、なんてごみごみした町なんだろう。」
君がぽつりとつぶやいた。
町はずれのこの小高い丘からは、町全体が見渡せる。見慣れているはずのゴミ処理場の煙突も、見上げている時とは違う表情をのぞかせていた。家や工場が競うように立ち並ぶ。都会を真似た、無理な背伸びが見え隠れするネオンの光が少し気恥ずかしい。
「狭苦しい」
否定的に言ってはみても、君がこの町を愛していること、私は誰よりも深く感じている。なぜならここは、君と私が出会った場所なのだから。
遠くのマンションに、次々明かりがついていく。その下を行く車たちは、何かのゲームのようにやってきては去っていく。ぼんやり眺めていると、「もう戻れない」ということが無性に心を責めてくる。そう、繰り返す町の流れが止められないのと同じように。その中に、生活そのものが飲み込まれていくのと同じように。
「ずっと遠くばかりを見てたんだよな」
しみじみといった感じで君は言う。
「たとえばあっちのほうにかすかに見えるビルの群れとか、向こう側にある埋め立て地の工場のかたまりとか」
深いため息のようだった。すぐ目の下にある景色を見ながら。
「すぐ足下にこんな風景があるなんて、全然気づかなかった」
足下にひろがる生まれた町。この足で踏みしめて、この肌で感じて今まで生きてきたつもりでも、まったく異なる表情がここからは見える。
「たぶんこの景色、一生忘れないんだろう。どんなに他の記憶が色あせても、ここだけは鮮明に思い出せる自信がある」
西のほうに太陽が沈んでいく。光の名残が空をオレンジに染めている。
そのオレンジは、君と私の沈黙をやさしく包んでいる。
砂の城。
今この時の脆さ、儚さ。かすかに感じるぬくもりは、まさしく砂の城のそれだった。
確実に壊れゆくもの。永遠のように見えていても、決して止まることのない時間の流れ。
私はたぶん知っていた。二人の柔らかな時が長くは続かないこと。ほっこり穏やかな時間はいつか失われてしまうこと。それでも私は思う。君と私のふるさとは、ここ以外にはありえないと。すべての記憶が失われ、君の面影すらまぶたの裏から消え去ったとしても、今この場所、この空気、五感のすべてで感じたこの思いだけは、いつまでも残っているということを。
「この景色さえ覚えていれば、きっといきていける気がする。たとえ夢をかなえられずに苦しんだとしても」
君が旅立つところはどんな場所なんだろう。どんな人がいてどんなにおいがして、どんな景色が見えるのだろう。
きっとそこは、私には見えない。夢を抱きしめている君にしか見えない。
それでいい。
それぞれ違う景色を見なければ、叶えられない思いがある。
「愛してる」
「私も、愛してる」
静かに時は流れていく。
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