第27話「魔女」
~~~トワコさん~~~
マリーさんでは練習相手にならないので、わたしの特訓はHPSではなく、ゲーセンの実機によって行われた。
コマンドの確認。各キャラごとのマッチアップ。技の性能差。立ち回り上の注意点。2択3択。実戦での勘……。
取り戻さなければならないことは無数にあった。
たったひとりで格ゲーに取り組む、超絶美人女子高生。
最初は物珍しがられた。
ナンパや、軽薄な視線を投げかけてくる輩が後を絶たなかった。
だけどすぐに黙らせた。
わたしの指捌きを見た者たちは、やがて熱心な信奉者になった。
県内の強豪を軒並み倒すと、県外から遠征して来る者まで現れた。
噂は噂を呼び、駅前のゲーセンは人で埋まった。
「
「姐さん、いつでも戻って来てくださいねー!」
キラキラと子供みたいに目を輝かせた男たちが、決戦に
その中には、新と初めて出会った日にわたしがぼこぼこにしてやった二人組みもいた。
──決戦の日。関係者全員が文芸部に集まった。
わたし。わたしのセコンドのマリーさんと付き添いの真理。戦いの模様を録画するつもりの血の眼。
世羅。世羅のセコンドの真田兄弟。
審判を務めるのは新だ。
ワイシャツのネクタイを外し、代わりにピンクゴールドのリボンを巻いている。
「あら、いい格好になったじゃない新」
「ちょっとやめてよトワコさん……」
新は恥ずかし気に目を逸らした。
やだ……なにそのしぐさ、ぐっとくるじゃない。
「はい、審判に触れぬようにー。写メも禁止。さっさと始めるぞー」
リボン付きの新をパシャパシャと写メに納めていると、マリーさんに邪魔された。
「ちっ……レアな格好なのに……」
「俺……なんかすげえ複雑な気分だよトワコさん……」
「ねえ新。わたしが勝ったら家でもその格好してよね?」
「やだよ。真っ先にほどいて捨てるよこんなもん」
「えー、勝ったら何でもするって言ったでしょー?」
「それはきみらの話でしょ……ったく」
そんなことをしていると、世羅が焦れたように叫んだ。
「さっさと始めるわよ⁉ 座れこら!」
世羅の目は完全に充血していた。
指先にいくつものタコ。額にはアイスノンまで貼っている。
この日のためにさぞや練習を積んできたのだろう。
「部長、焦るな! 貴様には我ら直伝の必殺技がある! ベストを尽くせば必ず勝てるぞ!」
「あんたらがあたしに何してくれたって言うのよ! 後ろでごちゃごちゃ騒いでただけでしょ⁉」
「しかし兄者よ……」
真田弟が疑問を呈する。
「いまさらなのだが、部長に勝たれてしまうと部の存続自体が危うくなるというのに、なんで我らは部長に協力せねばならぬのだ? 敵に塩を送るようなものではないか」
「……うむ? うう~む……あれ、なんでだ?」
腕組みして考え込む真田兄。
こいつらはこいつらで、何も考えずにセコンドについているらしい。
「はーい、こっちはいつでもいいよー」
血の眼が録画配信装置をも兼ねている自身の目玉を大きく開いた。
わたしが使用キャラに選んだのは、いつも通りの
薫子は時代がかったおかっぱ頭の女の子だ。袴姿で古流武術を扱う。
通常攻撃のリーチは短いが、扇子を使った投擲技がある。対空技や当て身投げ、突き返しなど技が多彩で、上級者向けのキャラと言われている。
対する世羅は
旧帝国軍人みたいな服装の大男で、持って生まれた身体能力のみで相手を圧倒するキャラだ。
跳び道具や当て身投げ、突き返し技こそないが、それを補ってあまりあるほどにすべての基本性能が高い。
──ラウンドワンッ。ファイッ!
決戦の火蓋が切って落とされる直前、マリーさんがわたしの耳元で囁いた。
「作戦を忘れるなよ? まずは防御を固めるのじゃ。相手の出方を窺え。初戦は捨てても構わん」
「わかってるわよもう……。……ちぇ、一気に片付けちゃえばいいのに……」
まずは
2本先取の3セットマッチ。その1本を捨てても構わんというのがマリーさんの指示だった。
わたしはしかたなく見に徹した。
差し合いの所作。技入力の癖とこちらの技への反応。ダウン時の攻防を見て計る……。
わかったこと。
世羅の攻撃は、大きく3パターンに分けられる。直線的な飛び込み技。リーチの長い中段蹴り。空中からのジャンプ技。ほとんどの場合その3つのどれかを選択し、初撃が当たろうと防がれようと、構わずコンボを狙ってくる。
コマンド入力そのものにミスは無い。繋ぎもスムーズだが、差し合いの……つまりは駆け引き部分が雑なので、当たるものも当たらない。
「こいつ……CPUとしかやったことないんじゃないかしら?」
それがわたしの感想だった。
よくいるのだ。自分の家のゲーム機でコンピュータ相手に戦っている分には楽勝だから、ゲーセンで実機を扱っても余裕だろうと考えるやつが。
だけどそれは大いなる勘違い。
実際の人間はCPUみたいにわかりやすい動きをしてこない。
攻撃、防御、間合いの詰め方ひとつとったって、そこに人の思考が入りこめば、動きはまったく違ってくる。
当然、対応も変わる。
自分の都合で技を繰り出しているだけでは勝てないのだ。
1戦目は時間切れで終了。見に徹した薫子の敗北だった。
「うしっ! 楽勝!」
ガッツポーズをとる世羅は、拒む新の手をとり無理やりハイタッチし、勢いで真田兄弟ともしてしまい、「なんであんたたちなんかと!」と盛大に逆ギレしていた。
──ラウンドツゥーッ。ファイッ!
2戦目。
わたしにとってはもう後がない。
そしてもう、見ている必要はない。
薫子は開始早々扇子を飛ばし、超力皇帝はジャンプでこれを回避した。
超力皇帝がそのままジャンプ攻撃へつなげようとしてきたところを、対空の投げ技である巻き落としで足首を掴み、叩きつけるように投げ落とした。
ぐぐっ……と、超力皇帝の体力ゲージが減る。ファーストアタック(初撃にダメージボーナスが加算される)だ。
「く……まぐれ当たりよ!」
1戦目が楽勝だったせいか、世羅はムキになって攻めたててきた。
「……ふん」
わたしは冷静に処理した。
直線的な飛び込み技は投擲を当てて撃ち落す。
リーチの長い中段蹴りは当て身投げで投げ飛ばす。
対空技は巻き落としで叩き落とす。
「くっくっく……。
マリーさんがほくそ笑む。
フランス語でリポスト、反撃とかカウンターのことらしい。相手の攻撃を弾きつつ突く。躱しつつ突く。そういった攻防一体の技術のことだそうだ。
飛び道具を持たない超力皇帝としては、どうにかして相手の懐に飛び込まねば話が始まらない。
だけど単純バカの世羅は、ただただ3種の攻撃を繰り返してくるのみだ。
スカシのひとつも入れれば話は違うのだが、対人戦の技術のない世羅に、そんな高等技術は要求するだけ酷というものだろう。
結果として超力皇帝はカウンターを被弾し続け、瞬く間に血ダルマになった。
「ううう……っ! なによなによ! 汚いわよ! 待ちに徹しちゃって!」
何をしても返されるのが悔しいのか、世羅は操作の手を止めて涙を拭っている。
「部長! ダメだ! 動かないと!」
「タイムアップするぞ!」
真田兄弟の声援もむなしく、薫子優勢のままにタイムアップ。1対1のイーブンとなった。
──ファイナルラウンド。ファイッ!
戦いは、はっきりとわたしに有利だった。何をされても突き返し、投げ飛ばし、距離をとれば扇子を飛ばして体力をちまちま削る。
あっという間にライフゲージに倍の差がついた。
無力感と悔しさからか、世羅はボロボロ泣き出した。
えぐっ……うぐっ……。
部室に嗚咽が響く。
『……』
空気が……重い……。
「……なにこの、『おまえやり過ぎだろ』みたいな空気……」
「気にするなトワコさん。ともあれあと50秒で貴様の勝ちだ」
マリーさんが冷静に話しかけてくる。
「……ね~え、トワコさん?」
急に、世羅が優しい声で話しかけてきた。
「え、なに?」
思わず反応してしまったわたしの手元に、何かが触れた。
例の黒い手が、ゲームパッドをめちゃくちゃに弄り回してくる。
「な……な⁉ あなたずるいわよ⁉」
「へっへーんだ、勝てば官軍よ!」
鼻をぐずらせながら、世羅が素早くコマンドを入力する。
「げげ……! 10連コンボじゃと⁉ 跳べ! トワコさん!」
マリーさんが悲鳴を上げる。
黒い手を撥ねのけたと同時に、呪文を唱えた超力皇帝の両手が真っ赤に光った。マントを揺らしながら、まっすぐに突っ込んでくる。
「く──っ?」
突き返しも当て身投げも効かない、10連発の必殺技。
躱すか、防御するしか道はない。
しかし黒い手に邪魔された影響で薫子の体勢は崩れており、跳ぶ余裕がない。
起死回生の展開に、世羅の口元が緩んでいる。
ギャラリーが悲鳴に似たため息を漏らしている。
──瞬間、すべての音が聞こえなくなった。
目の前にはゲーム画面とコントローラのみ。
世界にはただわたしと、対戦相手のみ。
「──!」
その状況は、わたしにあの日の光景を想起させた。
1ドット単位までライフを削り合った死闘。
あの時、わたしはひとつの願をかけて戦っていた。
ナンバーワンに勝てば、新に会えるんだって。
新がわたしを呼んでくれるんだって。
他の誰よりも強く切実に、必要としてくれるんだって。
負ければそれらをすべて、失うんだって。
二度と。
永遠に。
会えないんだって。
そんな風に、追い込んだっけ──
──ドクン。
心臓が、ひと際高い音を立てた。
血管に乗り、熱き血の奔流が全身に解き放たれた。
電気的刺激が、すべての細胞を活性化した。
脳内を、まばゆい光が満たした。
そうだ──すべて受けきる。
迷っている時間はないのだ。
わたしは腹を
「くらえ! ──クリムゾン・サイクロン!」
世羅がコンボ名を叫ぶ。超力皇帝が迫る。
まずは上段順突き、中段逆突き、上段蹴り上げ、そのまま踵落とし──4発、すべてブロックした。あと6発だ。
ここまでは一連の技として決められているので防ぎきれた。だがここから先はプレイヤーが選択するゾーンだ。人によって癖が違い、上下、どちらにくるかわからない。
ランブリング・ファイターズ3の防御は進行方向と逆方向にレバーを引くことで行われる。上、中段は後ろに引けば一緒の操作でブロックできる。下段は斜め下に引かなければならない。
純粋な二択。一度でもミスれば最後、コンボの終わりまでもらってしまう二択。
わたしは考えた。この世羅という女、直線的で力ずくの攻撃を好む。はっきり言ってバカだ。
おそらく搦め手は使ってこない。ほぼ中段。下段はせいぜいあっても一発か二発……。
「死ぃねえええええー!」
踵落としから一歩踏み込んでの中段順突き、上段回し蹴り、返しの後ろ回し蹴り、飛び膝……すべて中段受けで防いだ。
「ぐ……っ⁉」
世羅の声に焦りが見えた。
読み通り、9発目は下に来た。
鋭いローキックを下段で受けた。
「ち……っ⁉」
悩んだことを悔いたような舌打ち。
体を反転させるようにしての後ろ蹴りを、中段でがっちり受け止めた。
「──すべて防いだだと⁉」
「バカな……! 何者だこの女⁉」
真田兄弟が唸る。
「う……嘘⁉」
世羅が茫然自失する──超力皇帝が技後硬直で棒立ちになった。
薫子の下段投げが一閃、超力皇帝の体をめくるように浮かせた。
蹴り上げでさらに上空へと運んだ。
超力皇帝の体はくるりと宙を舞い、無防備な背中を薫子の眼前に晒した──
「今度はわたしの番よ!」
コマンドに応え、薫子の双眸が赤光を帯びる。
左の鉤突き、右のアッパーカット、左の膝蹴りでさらに宙に浮かす……。
薫子が、「臨・兵・闘」と発声しながら連続技を繰り出していく。
『──逆襲の空中10連入った!』
世羅側のセコンドだったはずの真田兄弟が、拳を握って歓声を上げた。
者・皆・陣・列・在・前……!
10発目。血まみれになった超力皇帝の顔面を空中で引っ掴むと、後頭部から思い切り地面に叩きつけた。
結!
ぷしゅうううっ……と、超力皇帝の全身から真っ赤な血が噴出した。HPもちょうどゼロ。
──K・O!
機械音声が薫子の、わたしの勝利を告げた。
どっと部室が沸いた。
新が、マリーさんが、真理が、わたしを取り巻いて口々に歓声を上げた。
真田兄弟が「感動した! いいもの見た!」と抱き合って声を上げた。
血の眼が「良かった……! 録画してて良かった……! ご主人に褒めてもらえる!」とぴょんぴょん跳ねて喜んでた。
世羅は──ひとり取り残された世羅は悄然と肩を落とし、部室を去った。
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