第26話「ランブリング・ファイターズ」
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翌日から、世羅の攻勢が始まった。
登下校、休み時間、昼食時。
とにかく俺につきまとってくる。
さすがに初日みたいに抱き付いてきたりキスしてきたりはしないものの……。
「シン
「シン兄ぃ、暇だから相手してよ~」
「シン兄ぃ、一緒にご飯食べよ?」
「シン兄ぃ、帰り、つき合ってよ。寄りたい店があるんだ」
女子高生らしい幼げな、けれど教師としては思わず人目を気にしてしまうような絡み方をしてくる。
それ自体では即座に問題にはならないけれど、徐々に徐々に噂として蓄積されていくような類の。
これを受けたトワコさんは物凄い笑顔になり、世羅に対抗した。
「新堂先生、おはようございます」
「新堂先生、わからないところがあるので質問してもいいですか?」
「新堂先生、今日こそわたしのお弁当、食べていただけますね?」
「新堂先生、さあ、部活に参りましょう?」
周囲の好奇の視線を浴びながら、そのつどふたりはバチバチとやり合った。
言葉の応酬で済むうちはいいけど、エスカレートしたらやばいなと思っていた。
トワコさんには例によって古武術があるし、世羅はどうも、総合格闘技の道場に通っているらしい。
素人目にはわかりづらい技の応酬──死角からの打撃の打ち合いとか、
同じことをヒゲさんも考えていたらしい。
ある日の放課後、指導を受けた。
「新堂、おまえさあ……もうちっとなんとかならんか? 援交とか淫行とか、最近ただでさえやかましいのに、暴力沙汰にでもなったらそれこそよう……」
「……すいません。俺にも正直、どうしたらいいかわからなくて……」
なんとかしたいのはやまやまなのだ。
だが実際問題として、解決策がない。
どれだけ断っても、跳ね除けても、世羅は俺に接近してくる。
トワコさんがいない時ならまだしも、必ずいる時に仕掛けてくるのだ。
……いや、もしかしてわざとそういうタイミングを狙ってるのか?
俺に近づけばトワコさんがどういう態度をとるかはわかりそうなものだ。
それを知っていてあえて仕掛けてくるということは……。
──「ひさしぶりね、シン
そして、あの時のあの言葉だ。
あれはどういう意味だったのだろう。
世羅は、少なくとも6年前から俺のことを知っていた?
6年前といえば、俺がこの町を出ていった年のことだ。
その時世羅は11か12歳。小学生ぐらいの歳の子が、俺にいったいどんな恨みがあるというのだろう。
そして、「あんたたち」という複数形。
それが俺とトワコさんを指すのだとすれば……。
「……
「どした? 新堂」
「いや、なんか……急に頭痛が……」
……
あれこれ思い悩むと、うずくようにこめかみが痛む。
「風邪か? 心労って線もあるかもな。まあいいや、とにかく今日はまっすぐ家に帰んな。部活のほうはオレが見ておくからよ」
ヒゲさんは、優しい目で俺を見た。
「……部活のこともな。もし辛いんだったら、降りていいからな? オレが適当にやっとくから」
普段聞けないような
一瞬ぐらりときたけど、でも俺は断った。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。俺、最後までやりますから」
精一杯、背筋を伸ばした。
そうだ、俺はもう、投げ出さないって決めたのだ。
家に帰ると、意外なことにトワコさんが先にいた。
居間で、テレビに向かってマリーさんと何かしている。
覗いてみると、ふたりはゲームをしているようだった。
ハイパー・プレイング・ステーション。略してHPS。かつて一世を
ゲームの方は、『ランブリング・ファイターズ3』だ。
空手着を着た日本人や金髪を逆立てた米国軍人、チャイナ服を着た美少女らが乱舞する対戦型格闘ゲームだ。
「ただいま、トワコさんマリーさん」
「お帰り、新。ごめんね、お夕飯の支度すぐにするから」
「待てい、トワコさん」
立ち上がろうとしたトワコさんのスカートを、マリーさんがぎゅっと握った。
「……まさか、勝ち逃げするつもりではなかろうな?」
ものすごいガチな目で、トワコさんを睨みつけるマリーさん。
「逃げってゆうか……だってマリーさん、お話にならないんだもん」
「お話にならない……じゃとっ?」
「典型的な知識倒れって感じ。いるのよね、腕組みしてギャラリーしてる連中によくいるタイプ。後ろでああだこうだ言うのは一丁前なのに、やらせてみるとろくすっぽコマンドも出せないようなやつ」
「ぐぎぎぎぎ……っ!?」
言葉では言い表せないような顔になるマリーさん。
「ま、まあまあ。トワコさん」
慌てて間に入った。
「ど、どうしたの急に、ゲームなんか初めて?」
「ああ、これはね……」
トワコさんの説明によると……。
「……ゲーム対決? 世羅と?」
驚きの展開に唖然とする俺に、トワコさんは得意げに語った。
「あまりにもあいつが目障りだから、勝負をすることにしたの。一週間後の予算会議の前日に、『ランブリング・ファイターズ3』で戦う。敗者は勝者のいうことをなんでもひとつ、聞かなきゃならない」
「な、なんでも……?」
俺はごくりと唾を飲んだ。
「わたしが勝ったらあー♪」
うふふ、と楽し気にトワコさんは笑った。
「世羅を平の部員にするの。わたしが部長になってこき使うの。もちろん新には近寄らせないわ。部長特権ね♪」
「それ……実質ひとつじゃないよね?」
「部長にそんな特権あるものか。幽霊部員にして籍だけ残して部から追いやるのが現実的な線じゃろ」
「ああー、今から楽しみだわー♪」
俺とマリーさんの口々のツッコミもどこ吹く風、トワコさんはご機嫌でエプロンを着けると、台所へ向かった。
「あいつ、知らないのよね。わたしがどれだけあのゲーム得意か。ねえ、だって6年間よ? 6年間。わたしずっと、
「その辺はほれ、わらわの持って行き方を褒めるべきじゃろ。最初にクイズゲームでいこうと提案しておいて、いかにもこっちがクイズが得意でございって顔をしておいたからこその格ゲーじゃ。一番よく見える位置に置いておいたのを抜群のタイミングで……」
台所へ追いかけていったマリーさんが、トワコさんとわあきゃあ騒いでいる。
夕飯を食べたら特訓だとか。
あなたじゃ話にならないからゲーセンへ武者修行へ行くわとか。
ぐぎぎぎぎ……っとか。
そんなふたりのやり取りを尻目に、俺はひとり考えこんでいた。
トワコさんの6年間。
世羅の6年間。
こめかみに走る痛みに耐えながら、奇妙な数字の符合について考えていた。
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