第15話「真理の家へ」
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翌日、真理は学校を休んだ。
その翌日も、そのまた翌日も学校を休んだ。
電話口に出た母親は、休んだ理由を風邪だと説明していたが、微妙に歯切れが悪かった。
「……ちょっと過保護なんじゃない?」
真理の家を家庭訪問する旨を告げると、トワコさんは不服そうに頬を膨らませた。
「たかだか2、3日休んだくらいでさ。別に登校拒否を起こしたわけでもないんでしょ? 仮に登校拒否だとしたって、まずはヒゲさんが行くのが筋でしょ」
まったくの正論。
普通に考えるならば、反論の余地なんかない。
だけど──。
「理由はあるんだ。俺が行かなきゃならない理由。俺でなきゃならない理由」
「……ずいぶんもったいぶるのね」
ぶつくさ言うトワコさんと、ふたり電車に揺られた。
「……まさかあんなのに、本気になったわけじゃないでしょうね?」
トワコさんは、じとっとした目で俺を見た。
「……まさか」
俺は肩を竦めた。
「あれは病気みたいなもんだろう。思春期特有の」
あの年頃の女の子たちにはままある話だ。
最も身近な異性である男性教師に憧れる病気。
一過性の、はしかみたいなものだ。
高熱を発し、強い感染力を持つ。
「好いたとか腫れたとか。全然そんな話じゃないんだ」
俺はスマホを取り出した。
電車の乗換案内のアプリを開いてトワコさんに見せた。
「真理の最寄り駅まで、乗り換え込みであと1時間30分ある。すでに30分も乗ってるから、合計2時間。それが答えだ」
「ずいぶん遠いわね……」
トワコさんは呆れたような驚いたような顔をした。
電車は街を抜け山間を抜け、のどかな田園地帯を抜け、また山間に差し掛かっている。
東北の春を駆け抜けていく。
「通学に片道2時間なんて……」
「……そうだな。俺もそう思う。家の都合とかもあってさ。寮住まいはしたくないからあえて遠距離通学って生徒は他にもいる。だけど2時間は遠すぎる。うちはいい学校だと思うけど、年頃の女の子にそこまでさせて通わせるほどのものじゃない。まして真理の家は市の中心部だ。他にいい学校がいくらでもある」
「だったらなんで……」
「……遠くの学校へ通いたい理由」
俺はぼそりとつぶやいた。
「片道2時間かかろうとも近くの学校へ通いたくない理由。俺にはそれは、明白なことだと思えるね」
「──いじめ……だっていうの?」
トワコさんははっとした表情になった。
「あの女が? 傲岸不遜を絵に描いたようなあの女がいじめられてたって言うの?」
たしかのその通りだ。
きみの感想は正しい。
きみでなくたって誰しもが、この件に関しては同じ感想を抱くことだろう。
「真理に関して……実は、彼女の中学校の時の担任に言い含められてたことがあるんだ」
「……」
「学外の喫茶店へヒゲさんと一緒に呼び出された。大人しそうな女性教師だったよ。……彼女、泣いてた。自分の力が及ばないせいで真理を辛い目に遭わせた。それを悔いてるんだって」
「……」
「彼女は言ってた。金髪碧眼、類まれなる学力、運動神経。他の子なら羨むようなものが、重荷になることがあるんだって」
都会の子供にはわからないこと。
田舎の子供にしかわからないこと。
よそ者は、徹底的に弾圧される。
どれだけ美人でも、ちょっと他の訛りがあるだけでもダメ。
バカにされ、のけ者にされ、決して仲間に入れてもらえない。
「……だからか、真理には不思議な嗜好があったんだ。周りの子供たちと話さず関わらず、教室の中ですら、いつもスケッチブックに向かってた。誰にも頼らない、おもねる必要のない、自分が創った、自分だけの友達と喋ってた」
「
トワコさんの肩が、ぴくりと震えた。
まつ毛がふるりと震えた。
そうだよ。
俺にもきみにも、覚えがあるだろ?
痛いほどに、思い当たる節があるだろ?
「俺も最近までは気が付かなかった。自分の身の周りのことで精一杯だったせいで、そこまで頭が回らなかった。遅れて気が付いた。昨日、その女性教師に電話して確認したんだけどさ。彼女は、真理は……」
「……っ」
トワコさんは次の俺の言葉を予感して、きゅっと唇を噛みしめた。
「とあるキャラに自分を重ねてた。そういう風になりたいと思ってた。共に語らいながら、同化する作業を続けてた。ずっとずっと昔から。名前をさ……マリー・テントワール・ド・リジャン──マリーさんっていうんだ」
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