第11話「賑わう日常」
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トワコさんが同居人を連れてきた。
マリー・テント……えっと……マリーさんという名の、可愛い女の子だ。
なんでも彼女は司書であり、物語であるトワコさんを教え導く任務を負っているのだという。
世界図書館におけるチューターとかメンターとか、そういったポジションの人らしい。
人からあれこれ指図されたり、俺との間を邪魔されたりすることを嫌うトワコさんと上手くやっていけるかどうか心配だったけど、杞憂に終わった。
物語と司書、互いの領分を侵さず敬意を払い合うふたり。
その関係はどこか、殴り合いのケンカをしてわかりあった不良同士みたいに見えた。
「おまえ良いパンチ持ってるじゃねえか」
「ふっ、おまえもな」
みたいな。
まさかだけども。
でもマリーさんは、トワコさんと上手くやる一方で、俺とはなかなか打ち解けてくれなかった。
会話してくれない。目線を合わせてくれない。
完全完璧なる没交渉。
これが束の間の関係ならいいんだろうけど、仮にも同居人なわけで、てことはこれから長い間を一緒に過ごさなきゃいけないわけで。ふたりきりになることだってあるわけで。
このままじゃいかんよなあと思った俺は、ある日一念発起した。
えいやと気合いを入れ、仲良くなろうと試みた。
部屋の隅っこにいる彼女と。
なんでそんなところにいるのかって?
答えは簡単。定位置なのだ。
同居を始めた早々に、彼女は自分の居場所をそこに定めた。
膝を抱えて座りっぱなし、ほうっておくと一日中動かない。
老犬じみた習性が可愛くはあるけれど、なんだかさみしい感じもした。
「マリーさん、そんな隅っこにいないでこっちに来ればいいじゃん」
手招きして部屋の中央のちゃぶ台の前に誘った。
お嬢さん、ちょっとお話でもしませんかって。
「ね、ほら。お茶もお茶菓子もあるしさ」
しかし彼女は腰を上げようとせず、ただじ……っと俺を見て、「変態の言うことを聞いてはいかんと教わった」ぼそりと答えた。
誰からだよって彼女の作者からなんだろうけど、いや問題はそこじゃなく。
「だ……っ」
俺は思わず大きな声を出した。
「誰が変態だよ!」
「えぇ……」
マリーさんは虫を見るような目で俺を見た。
「
「そ……それは……っ」
言葉に詰まった俺に、マリーさんは言葉のパンチを打ち込んできた。
「黒髪ロングでモデル体型。いつでも自分を一番好きでいてくれる、理想の女の子」
まずはジャブ。
「お風呂に入るのが好き。鼻歌歌って体を洗う。シャンプーをシャボン玉にして吹いて遊ぶ。湯上りにバスタオル一枚でうろつく癖がある」
ボディで体がくの字に折れる。
「指摘されるまで気づかない。指摘されると顔を真っ赤にして恥ずかしがる。唇を噛んで上目遣いに睨んでくる……ほうほうほう。さすがさすが、変態でない人の創る設定はひと味違うのう?」
アッパーをもらい、後ろへのけぞる。
「自覚すらないとか、本気で救いようがない変態じゃのう。死ねばいいのに」
そこへとどめのストレート。顔面の真ん中を打ち抜かれた。
「そうか……俺は変態だったのか……」
衝撃だった。
だがたしかにその通りだ。
改めて言われてみると、まるで否定出来ない。
「……待てよ? てことは……」
彼女の定位置だと思っていたのは俺だけで……。
「実は部屋の中で俺から最も遠い位置だから、そこから動かなかっただけなのか……⁉ 単純に距離を置きたいから⁉」
マリーさんはこくりとうなずき、俺はがくりと崩れ落ちた。
~~~トワコさん~~~
「ひどい公開処刑を見た……」
わたしが台所仕事をしている傍で、血の眼が震えていた。
柱の陰に身を寄せながら、居間の光景におののいている。
ちらりと覗きこむと、マリーさんに打ちのめされた新が、リアルorzみたいになって崩れ落ちていた。
わたしの設定を他人の口から聞かされたことで、改めてショックを受けているようなのだが……。
「たいしたことじゃないわよ、あんなの。新も大げさねえ」
「そ、そうかあ⁉ けっこういいパンチだったぞ⁉」
目を剥く血の眼。
「本当にきわどい設定ってのはね……」
わたしは血の眼に向かって身をかがめた。
「司書にすら知らされないの。袋綴じよ」
人差し指を唇に当て、片眼を閉じる。
「ふ……袋綴じ⁉」
血の眼はごくりと唾を飲みこんだ。
「そ……そこんとこ詳しく! ウチのご主人が興味津々なんだ!」
「いやあよ。なんでわたしがそんなこと……。だいたいなんであなたは日参りでウチに来てんのよ」
ビブリオバトルの日以来、こいつの顔を見ない日はない。
気がつけばわたしの傍にいる。やることなすこと監視して、日が落ちると帰っていく。
いつもめごとを起こすかわからないようなところが、三度の飯より争い事の好きな血の眼のご主人に気に入られたらしいのだけど……。
なんとも失礼な話よね。
「しかも毎度毎度ご飯まで食べて帰っていくし、体小さいくせに大食らいだし。家計的にも大迷惑なんだけど。いいかげん面倒くさいから来ないでくれない?」
「姉ちゃんはいつも正直だよねえ⁉ 普通相手を迷惑だと思ってもなかなかそこまではっきりは言わないよ⁉ オブラートに包んだりしないの⁉」
「そういう風に創られてるもので」
わたしはきっぱり言い切ったが、血の眼はめげずにわたしの足にまとわりついてきた。
「ねーねー、そんな冷たいこと言わずにさー。死んでもご命令に従うのがオイラの設定なんだよー。物語同士なんだからさー、そこんとこくんでおくれよー」
「じゃあ死ねばいいじゃない」
「だからもうちょっと柔らかくさー」
「すりこぎで叩いたら柔らかくなるかもよ?」
「肉じゃないんだからさーって、本気ですりこぎ構えるのやめてよ! 洒落にならないよ! なんでそんなにバイオレンスなんだよ!」
「そういう風に創られてるもので」
「作者出てこーい!」
いわく言いがたいわたしたちの関係はともかくとして、マリーさんと新の仲はなかなか改善しなかった。
打たれても打たれてもめげずにコミュニケーションをはかる新を、マリーさんは袖にし続けた。
そんなふたりの仲が急速に進展したのは、ある事件がきっかけだった──
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