第10話「マリーさんは認めない」
~~~トワコさん~~~
「タァーイムアァーップ!」
血の眼が叫ぶ。
「ドロドロドロドロー……」
口でドラムロールを刻む。
「判定は……言うまでもないね⁉ 勝者はトワコさん! タイトルは『ヤンデレ彼女が離してくれない。』だあー!」
クラッカーの音が鳴り響き、無数の紙吹雪が宙を舞った。
血の眼が「やんややんや」と歓声を上げている。
ビブリオバトルは血の眼の能力で録画され、一部好事家の間で大ウケしているという話だが……。
「……今ここにギャラリーがいるわけじゃなし。やっぱりちょっと、しょぼいのよねえ……」
せっかくわたしが勝ったのに。
新の物語が優れていることが証明されたのに。
「なんかこう、カタルシスってものが……まあいいわ。うちに帰ったら新に誉めてもらおうっと」
いそいそと帰り支度をするわたしの耳に、マリーさんのか細い声が届いた。
「ま……だ……じゃ」
「……はあ?」
振り向くと、マリーさんが震えながら地面に片手をついたところだった。
「まだ終わっておらん……っ」
体を軋ませながら起き上ろうとしている。
地面を転がったせいで泥だらけ。
左手は未だ垂れ下がったまま。
蹴りで内蔵をやられたのか、唇から血が溢れている。
どう見ても戦える状態ではない。
「もうやめておきなさいよ……。あなた……司書なのに……」
マリーさんの全身から白煙がシュウシュウと立ちのぼっている。
かつて作者に創られたままの姿に戻ろうとしている。
だけど現役の物語と異なり、司書の復元はゆっくりとしたものだ。
なぜならそう──彼女らには愛が足りない。
存在の根本を支える愛の力を、もう供給してくれる人がいないのだ。
だから復元に限界がある。
限界を超えてしまえば、形を保つことさえ出来なくなる。
本当の意味で、この世から消えてなくなる。
「あなたたちの復元には限りがあるんでしょ? ならわたしに負けたぐらいのことでそこまで必死にならなくてもいいじゃない」
「そうだぞゴスロリ姉ちゃん! 一度の敗北ぐらい、犬に噛まれたと思って忘れちまいな!」
「……誰が犬よ、失礼な」
「あ痛たたたた……! やめろこら! 人を掴むんじゃなーい! このバカ女! バカ力姉ちゃん! う……ウソウソ! いまのウソ! だからそれ以上力を入れないで! 今すぐ離して! ……っはうあー⁉ ミキミキいってる! ミキミキいってるからー!」
失礼な血の眼を握り締めるわたし。
「もし……貴様が同じ立場だったらどうする……」
マリーさんは強いまなざしをわたしに向けた。
その目は未だ、鮮紅色の輝きを放っている。
「貴様がわらわと同じ司書で、同じように敗北して……自らの物語を否定されたらどうする……」
信じられないことに、マリーさんは自力で立ち上がった。
足をぶるぶると震わせながら、決して諦めようとしない。
「わたしは負けない。でもそうね、もしそんなことが起きたと仮定したら……」
──手がダメなら足で、足がダメなら歯で、相手に飛びついて喉笛を食いちぎるまで、決して止まりはしないだろう。
「……そうよね。わたしが悪かったわ。あなたに抵抗できる余力を残した。考える余地を与えた」
「ちょ……ちょっと姉ちゃん⁉」
血の眼を放り投げると、わたしはマリーさんに向かって歩き始めた。
血の眼はぴょんぴょんと地面を跳ねるように追いすがって来る。
「……なによ」
「まだやる気かよ⁉ もういいだろ⁉ 相手はあんな状態だよ⁉」
「何言ってるのよ。誇りある戦士同士が戦おうとしてるのよ? それこそあなたの作者にとってはいい見ものなんじゃないの?」
血の眼の作者は、創り物リアル問わず、とにかく戦闘が大好きだ。
そのために血の眼に世界中を飛び回らせ、動画として送信させているほどなのだ。
「うちのご主人は別にいじめが見たいわけじゃないんだよぉ!」
「いじめ? バカ言わないで。わたしは単純に……」
マリーさんはよろよろと覚束ない足取りで、地面に転がった細剣の元へ向かっている。
「──無作法を詫びようとしてるのよ」
あっさりと追い付き、後から足を払った。
なすすべなくすっ転んだマリーさんを、うつぶせに押さえ込んだ。
「……ふぐうぅぅぅっ⁉」
後から、マリーさんの首に腕を回した。
頸動脈を押さえ、絞めた。
マリーさんが抵抗できたのは一瞬だけ。
わたしの腕を引き剥がそうとした指先から、すーっと力が抜けていく。
「こ……殺しちまったのかい……?」
くたりと突っ伏したマリーさんの顔を、血の眼が怖々覗き込む。
「人聞き悪いこと言わないで。絞め落しただけよ。抵抗できなくしたの」
頸動脈を押さえて絞めると身体センサーの働きにより脳内の血圧が下がり、脳が酸欠状態に陥って失神する。
眠るように落ちる。
だからスリーパーホールド。
「気絶……ってことかい?」
ほっとした様子の血の眼。
「ふん……」
わたしは立ち上がり、膝についた砂を払った。
たしか──ゴスロリ幼女は亡国の夢を見る。
といっただろうか、この女のタイトルは。
脳の酸欠で落ちるのは気持ちがよく、天にも昇るような恍惚感があるという。
その間に人は様々な夢を見たと語る。自分の生い立ちの夢。家族の夢。亡くなった人の夢。
だとしたらこの女は……愛すべき作者との絆が断たれた司書という存在は……。
「どんな夢を……見るのかしらね……」
誰にも聞こえぬよう、ぼそりとつぶやいた。
不思議と高揚感はなかった。
わたしの胸に去来したのは、勝利の余韻とは別の何かだった。
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