第3話「トワコさんを物語る」

 ~~~新堂新しんどうあらた~~~




 優しい顔になったトワコさんの目に、ふと違和感を感じた。


「トワコさん……その目?」


 充血してるとか傷ついているとかではない。

 水晶体の奥から鮮紅色の光を発している。


「ああこれ? 攻撃色よ。じきに治まるわ」


「攻撃……色……?」

 

 漫画やアニメのキャラが怒った時に、「ギン、と目が光った」みたいな表現をすることがあるけど、あんな感じなのだろうか。


 ──シュウウウウッ。


 手持ち花火に火のついたような音を立て、トワコさんの頬から白い煙が上がり始めた。 

 たしか石で切れた傷のあった場所だ。


「と、トワコさん! 顔から火が出て⁉」


 ばたばた慌てる俺を、トワコさんは手で制した。


「いま治療してるの。大丈夫、すぐ終わるわ」


「治療って……」


 呆然と見つめていると、たしかに傷口が塞がっていく。

 凄まじい勢いで血が止まり、薄膜が張り、肉が盛り上がっていく。

 

「……治っ……た?」


 一瞬後には、そこには何もなかった。なめらかな白い肌に戻っていた。


「ね……ねえトワコさんっ。攻撃色とか、その超回復とか……俺にはまったく覚えがないんだけど……」 


 さすがに設定を組み合わせてどうにかなるような問題じゃないはずだ。


「ああそのこと?」


 トワコさんは元に戻った目で俺を見た。


「これは物語・ ・の特徴なのよ」


「物語……?」


「わたしは新の物語。新という作者・ ・に創られた作品」


「えっと……」


 目を泳がせる俺に、トワコさんはスカートのポケットから一枚のカードを取り出してみせた。

 四辺を茨の刻印で囲まれた、茶色の厚紙。

 トワコさんの顔写真と、いくつかの情報が書き込まれている。

 

 所蔵:日本別館

 分類:日本文学

 題名:ヤンデレ彼女が離してくれない。

 作者名:新堂新

 主人公名:三条永遠子

 CN:トワコさん

 NO:00303052056


「世界図書館に寄贈された、数多の人々の多くの物語。そのヒーローやヒロインに与えられる書籍カードよ」


 トワコさんの説明によると、世の中には俺みたいな妄想家がたくさんいるそうだ。

 作者の分だけ物語があって、それは有史以来から連綿と積みかさねられて、世界図書館という場所で管理されている。

 ナンバーを信じるなら、実に3億。

 さすがに数が多すぎる気もするが、作者がいなくなった──つまり死んだ物語は死蔵デッドエンドとして特別な書架に納められるので、地上に物語が溢れかえることはないんだとか。

 

「……一応聞くけどさ。どこにあるのそこ……?」


 機能もそうだけど、世界図書館てのも、なんだか凄い響きだよな。


「──人には行けないところ」


 トワコさんは唇に人差し指を当てると、秘密めいた笑みを見せた。


「だって、そうじゃないと困るでしょ? もし誰でも行けるようなところにあるのなら、わたしと新の物語が誰かに読まれちゃうってことなのよ?」


「……うっ」


 俺が小さい頃から温めた、彼女とのあんなことやこんなことが……。

 青臭い妄想の塊が……。

 誰かに……見られる……?


「よかった……おとぎの国みたいなところで……」


 ほっと胸をなで下ろした。

 もしあれを誰かに見られたら、俺は腹を斬って死ぬしかない。


 安心すると、他の情報を見る余裕ができた。


「ふむふむ……。んで、分類や所蔵と……。CNはキャラクター名で、タイトルは……タイトルは……」


 ……誰がつけたのこれ。


 俺の戸惑いを察したのか、トワコさんが説明してくれた。


「タイトルはね、表象ひょうしょう梗概こうがいを表してるの。ざっくり言うなら、表象はどんな個性を持ったキャラクターか。梗概はあらすじあらまし」


「あらすじあらまし……」


 キャラクターってのはわかりやすいんだけど……。


「……そうね。それにはまず、わたしのこれまでを話さなきゃならないわね」 


 トワコさんは過去を懐かしむように目を細め、彼女のこれまでを物語り始めた──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る