19章
2016年3月18日9時50分ごろ、正平は大洋駅にいた。今月も先月と同じく東京駅で始発の「かしま号」に乗って鹿島神宮駅から鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗り換えて来た。先月は成人の日だから混んでいたのかと思ったけど今日も満席に近い感じで込んでいて、「かしま号」が東京と鹿島を結ぶ大動脈になっていることを感じたけど、終点まで行くのは正平だけになるという奇妙なことも2回連続で経験した。まずは国道354号線に入って国道51号線に出たらそれをひたすら北上するという簡単すぎるルートを、今日は久しぶりに大洗で温泉に入れそうなので、それを楽しみにしながら歩いていった。
国道51号線は先月同様に歩きやすく気持ちのいいペースで歩けたけど、両側には畑が多かった。やがて国道51号線とわかれて右斜めにある道に入ってより海の近くを通る道を選択したけどそこも畑が多く、山の中を歩いているようなアップダウンがあったかと思うといきなり畑が広がっていたりして、その畑を吹き抜けてくる風が冷たくて痛いのと砂が混じって痛いので、二重の痛みに苦しめられながらの道になってしまった。東京にいるとベットタウンという印象が強い茨城県も、全国的に有名な農業県であるという中学校の教科書のようなことを思い知らされる光景であったけど、思い出したとたんに正平は国道51号線に戻された。それでも歩道が広く歩きやすい道が続いていたので、国道の通行量の多さとスピード、特に大型車が猛スピードでガンガン走ってくることへの恐怖感もあまりないままに、海に近い右側の歩道を気持ちよく歩いていった。
やがて大洗町という看板と原子力機構南門前という標識が見えた。正平はそこから先もガードレールに守られた歩道を歩いていたつもりだったけど、ブッシュで荒れていて歩きにくいことこの上なかった。行政主体が変わると歩道の雰囲気が思いっきり変わることをこの旅で幾度も経験している正平は、来るまでは知らなかった鉾田市の素晴らしい道路行政と有名な海水浴場がある大洗町の道路行政の差にがっかりしながらもなんとか進んでいった。やがて正平の右足がふかふかのところを踏んだ。なんとなく嫌な雰囲気のある違和感を抱きながら左足も前に送ると、左足もふかふかのところを踏んだ。もう一度右足をゆっくりと前に送ったけど、そこもふかふかだった。これは絶対に変? そう感じた正平がゆっくりと足元を見ると、崖に生い茂ったブッシュの上に自分の体があった。つまり歩道の手入れが悪くてブッシュが多かったのではなくて、ガードレールは車両が崖に落ちるのを防ぐためだけのものであり、歩道はもともと存在していなかったようだった。これは一体全体、どういうこと? これから、どうすればいいのだろう? 正平は、ひとまず車道の路肩に体を戻して足場を確保してから思考停止になりかけた頭で必死になって打開策を考えた。
高速道路の脇に立ったことがないのでわからないけど、この通りを走っている車両は普通車でも大型車でも準高速道路的なスピードで走っていることは確かなことだと思う。しかも、右側の歩道を歩いてきたつもりだったから車両とは対向していることになる。このまま先を行くと信号があるのは見えているので、そこで安全に対岸へと渡ることもできそうだから、高速道路の路肩並みにとられた沿道のスペースを歩道の代わりにして歩くこともできそうだけど、信号のあたりで路肩が狭くなっているようにも見える。もちろん遠近感による錯覚の問題なのかもしれないけど、相当に怪しい雰囲気を正平は直感で感じていた。いっそうのこと、ここで車両のスキを突いて一気に対岸に渡るのはどうか? それはガードレールの中央分離帯があるし退避スペースがないために大型車が多い通りでは危険すぎる。それなら手前の信号まで戻って対岸を歩くべきか? それも、対岸の路肩の幅が分からない上に戻る分だけ路肩を歩く距離が長くなるのでリスクが多くなる気もする。そんな堂々巡りの思考を繰り返した結果、正平はなんとか無事でいられることを祈りながらこのまま進んでいくことにした。自主的選択のようだけど、その選択しかなかった気もしていた。
このままいくしかないと腹をくくった正平の目には、大洗港に入港していくサンフラワー号が見えた。自分がいる場所の危険度の高さとは裏腹に見えている景色は絶景そのもので思わず目を奪われそうになるけど、よそ見をして路肩のラインを一歩でも外した一巻の終わりでもある。正平は集中力を最大限に引き上げて歩みを進めた。先ほど見えていた信号には「総合運動場入り口前」という標識があり、やはり正平が直感で感じていた通りに路肩は狭くなっていた。大型車が通ると飛ばされて崖に落ちるのではないかというぐらいの風圧を感じたけど、なんとか交差点までたどり着きガードレールに身を預けるようにしながら信号が変わるのを待った。待つ時間は意外なほどに長かった。それはあまりにも長すぎた。ふと見上げると「感応式」とかいてあった。ここで倒れ込んだら間違いなく車に轢かれるところなのに思わず倒れ込みそうになるぐらいに、正平にはショックの大きい出来事だった。これでは運動場の方から誰かの車が来ないと信号が変わらないけど、それが来る気配は全くなかった。
正平は深呼吸をして冷静に状況を確認する。歩いてきた右側の路肩が狭くなっているということは、道路上のどこかに広くなっているスペースがあるかもしれないと考えて周囲を見渡すと、中央分離帯のあたりに白線で仕切られたスペースがあった。それならば向かってくる車両の間隙を縫って中央のスペースまで行き、そこから反対車線の車両の間隙を縫えば対岸に渡れるはずとして、集中力を限界点まで高めてここだという車両が途切れる瞬間を見極めながらなんとか対岸に渡った。そこには運動場に行き来する人のためだろうかつながっている歩道の反対側に、交差点の一角だけにその後にも先にも続いていない歩道があったけど、誰がなんのために使う歩道なのだろか? あまりにもバカバカしくて意味不明の歩道に立ちながら、もしかしたら自分が最初に使ったのではないだろうかとも正平は思ったりもした。
左側の路肩は車一台が止まることができるぐらいの幅はあったので右側の路肩よりは少しだけ気楽に歩けたけど、車道との境が白線一本だから怖いところはあった。それでもあと2~3キロぐらいだから長くても30~40分の我慢だとして歩いていくと、25分ぐらいで国道51号線とわかれることができた。海沿いを行くために県道2号線に入ると妙に懐かしくなった歩道があって、そこに入って相当に高めてきた緊張感が緩んだ瞬間に「大洗のバカ野郎! 二度と来るもんか!」という悪態が口から出てしまった。ただ久々に低い位置で砂浜越しに海を見ることができたことや、その砂浜の多くが工事中で頑張って作業している人が多かったことや、立ち寄った温泉も含めた町全体の雰囲気がまったりとして素敵だったり、何かのアニメーションの舞台になっているのだろうか、マニアのかたの聖地巡礼を遂げて満足げな表情だったりを見ているうちに、町のはずれの道路の歩道のことが後回しになっても仕方がない気もした。「さっきはごめんなさい。来月、また来ますのでよろしくお願いします」といって頭を下げながら大洗を後にした。
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