19章の1

 2016年4月14日正午ごろ、正平は水戸駅にいた。大洗から先の旅を計画しているうちにこの旅の終わりがなんとなく見え始めてきた正平は、それならば丸2年、24か月を迎える今年の8月で旅を終えたいという気持ちが大きくなっていって、そこから逆算していくと今月中には日立には入っておきたかった。だから明日は始発の臨海鹿島大洗線に乗ってスタートという感じで早朝から動きたかったから、水戸で一泊することにした。せっかく水戸で一泊するなら観光でもしておこうと前の日も休みをもらったけど、駅の周辺で正平の興味がある観光名所は偕楽園ぐらいしかなかった。梅の時期はとっくに過ぎていたけど行くだけは行ってみようということで、お昼ぐらいに水戸に着いて偕楽園を観光してからチェックインというのんびりとした予定を立てて、「みと号」に乗ってきた。


 水戸駅は想像以上に大きい駅で、これでもかというぐらいに多くのバスが出ていてどれに乗ったらいいのかがわからなかったので、そんなに遠くもなさそうだし道もわかりやすそうだったから水戸の街を散策がてらに偕楽園まで歩いて行ってみることにした。地図で見たわかりやすそうな川沿いの道へと向かって歩いていると、満開というわけにはいかなかったけど桜並木のある土手沿いの道が交差していて、楽しそうだったのでそこを歩いていくことにした。梅が名所の偕楽園に桜吹雪の中を歩いて向かっているというのもそんなに悪くはない感じで、それなりに楽しかった。


 偕楽園は急登から始まった。九十九折の坂道を登って食事処兼土産物店が見えてくると、道が平坦になって東門と長い長い塀が見えてきた。入園料がいらなかったのがかなり嬉しかった正平は、東門から入り時計回りに見学することにした。さすがに全国的に有名な名所だけあって庭園の手入れも行き届いていてきれいだったけど、それよりも見晴広場から見える景色に目を奪われた。手前に千波湖を、奥の右手にはところどころに桜が咲いている緑とサクラ色のコントラストが美しい山が、奥の左手にはうっすらと霞みが掛かった水戸の市街が一望できた。帰り道は千波湖を回り込みながらホテルに向かおうと決めながら、その絶景をスマホとデジカメに収めた。


 偕楽園の庭園では、結婚式の記念撮影をしている一行がいた。正平は邪魔にならないように注意しながら進んでいったけど、最後までご一行と同じようなコースを同じような時間で歩いたので気は疲れた。ただご一行の案内役が言っていた「梅が多くて桃がほとんどない偕楽園で、桃の満開を見れるのは珍しいです」という言葉は耳に残った。確かに若葉が芽吹き始めた梅林に所々で咲き誇っている桃の花は、孤高の美しさがあり誰にもなびかず我が道を行くような魅力があって正平は好きだった。


 若葉の梅林と桃の花と黄色く咲き誇る花は黄菖蒲だろうか、それらの各々の美しさを楽しみながら、表門、御成門と回りながら東門に戻った。これで梅林は一周できたと思い、南門の方から千波湖に向かうために東門から出ないで下に降りる道を進んでいった。来るときに登ってきた九十九折の道が時折見えるぐらいに近くの道には、さすがに観光客の姿はなかった。あまりメジャーなスポットではないことを物語っていたけど、先になにがあるのかもわからないままに南門を通り過ぎた正平の目に「吐玉泉」と「太郎杉」と書かれた看板が見えてきた。泉と杉があること以外はなんのことかすらわからなかったけど、せっかく来たのだから見ておこうと思い歩いていくと、まず「吐玉泉」があった。案内板には高低差を利用して集水したとあるけど、どこをどうすれば水が湧いてくるのか技術的な理論は正平には理解できなかった。ただ、それを江戸時代にやっていたのかと思うと、自分は江戸時代にタイムスリップしても今と何も変わらない中途半端な生活をしていそうな気がして、嬉しいやら悲しいやら少し複雑な心境に正平は陥っていた。


 さらに歩いていくと、荘厳な竹林が現れた。歴史の風格を感じる場所でこれだけ立派な竹林を見ていると、目の前の竹にトンットンットンッと手裏剣が突き刺さって驚いていると、チャッヒュッヒュッンと刀を振り抜く音が竹林全体に響きながら聞こえてきて、しばしの静寂のあとで目の前の竹が2~3本バサッと倒れてくるみたいなことが起こっても不思議でない気がして、吐玉泉で陥った心理状況も手伝って、ちょっとしたタイムスリップ感を正平は味わっていた。太郎杉はその竹林の中にあったけど、タイムスリップ感に霞んでしまった気はした。さらに進むと表門が見えてきて、梅林とは反対側まで出てきてしまったところで現実に引き戻された正平は、踵を返して来た道とは少し違う道を探しながら下っていった。


 やがて梅の季節だけの駅だろうか? 今は誰もいないし入ることもできない駅が見えてきて、そこに架かっていた梅桜橋を渡って千波湖へと向かった。すぐに「水戸光圀公像」という看板が見えたので、そちらのほうに歩いて行った。正平のイメージでは助さん格さんを連れた三人の像だったけど、黄門さま一人の大きな像だった。それはそれは立派な像だったけど、正平の黄門様のイメージとは少し違っていた。なにかが違っている。そんな違和感に包まれながら黄門さまを見上げていたら、なんと黄門様が丁髷姿だった。頭巾の印象が強かったので違和感の原因がようやくわかってホッとしながらもう一度見上げたら、なんと丁髷だと思ったのはカラスが停まっている姿だった。たぶんカラスにはなんの悪気もないのだろうけど、その振舞いのあまりの無礼さに少し憤りながらも意外と丁髷姿も似合っているなぁと、正平もそんな無礼なこと思っていた。


 千波湖のほとりは、野鳥の楽園のようだった。まずは黒鳥の親子が出迎えてくれた。ヒナの歩行練習に両親が付き合っている感じで微笑ましかったけど、正平が近づいていくと、親鳥がスーッとよちよち歩きのヒナをガードする位置に動いた。正平が変な動きをしたら襲い掛かってきそうな、そんな感じの絶妙な人との距離感を保ってガードしている親鳥を見ていると、人間も動物も親のあり方は変わらないような気がした。さらに歩いていくと、番いの白鳥がいた。一羽が首をとぐろ状に巻いて寝ていて、もう一羽が盛んに突っついたりしている光景は、「ねぇねぇ、どっか連れてってよ」とせがむ女性に「うるさいな! 疲れてるんだから寝かせてくれよ!」と言って寝ている男性という、人間社会に通じるものがあって興味深かったので、正平は近くのベンチに腰掛けて、人間界で実際に見ていたら怒られそうな現実の恋愛ドラマを間近で観覧することにした。もちろん正平に白鳥の雄雌の区別なんてつかなかったけど、突っついている方を女性、寝ている方を男性と勝手に定義してドラマを観覧した。女性はしばらく男性を突っついたあとで、「ふぅ」とため息をついて千波湖へと入っていった。ただ入るには入ったけど、「ギャーギャー」と叫んで男性を呼んでいた。彼女はしばらく呼んでいたけど、それでも反応すらしないで寝ている男性に切れたのか、突然と陸に上がって来て男性に体当たりをしていた。かなり激しく長い体当たりだったけど、それでも男性は動かずに寝ていたので、そこで女性は愛想が尽きたのか「キーッ」と甲高い声で叫びながら羽ばたいてどこかへ飛んで行ってしまった。さすがにヤバそうな雰囲気があったので正平は男性に近づいて「追いかけた方がいいんじゃない?」と声をかけながら覗き込んでみたけど、彼はちらっと正平の方を見てまた寝てしまった。よほど疲れていたのか、それとも拗ねてしまったのか、とにかくこれ以上は見ていても仕方がない状況になってしまったので二羽の幸せを祈りながら、人間も鳥も男女の関係はそんなに変わらないのかもしれないとも思いつつ千波湖のほとりを歩いてホテルへと向かった。ホテルの窓からは、葉桜になった川沿いの桜並木が提灯にライトアップされている姿が見えていて、夜中まで見飽きることはなかった。

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