17章
2016年1月11日8時50分ごろ、正平は北若松のバス停にいた。今日の目標は鹿島神宮への初詣をしながら鹿島神宮駅までという20キロちょっとの予定だったから、かなり気楽ではあった。正平にしては珍しく世間の休日と一致した休みだったので、その辺りの交通事情がどんなものなのだろうかという不安はあったけど、今日の晴天を逃すとしばらくは天候が崩れ気味の予報だったこともあってこの日にした。冬の関東平野は晴天の日ほど寒いことを、ようやく体で理解し始めた正平にとってもかなり厳しい寒さの中でのスタートになった。
先月、高速バスに乗るとすぐにまっすぐの道が終わったので、もう少し頑張ればよかったかなと思っていた正平だったけど、歩いてみたら先月の感想そのままだった。じきにぶつかった県道240号線で西に向かって突き当たりにある国道124号線を北上していくと、人工的な雰囲気がある池を中心とした公園があったのでその中を歩いてみることにした。スマホの地図では「神之池」と書かれたところには多くのハトがいて、休日だからだろうか寒いのに多くの子供もいて、晴れた休日の雰囲気に正平はほのぼのとした気持ちになった。一人の子供が大きな声をあげながら走り出した瞬間に、そこいらじゅうにいたハトが一斉に飛び立った。怖かったけど不意の攻撃を受けないようにと警戒しながら見ていたら、ハトだと思っていたのは全員がカモだったことには驚いた。公園に集団でたむろしている鳥はハトだという先入観がそうさせたのだろうか、正平はハトとカモを見間違えていた自分自身が情けなくもあり面白くもあった。いったんは飛び立ったカモたちは、そのまま池に逃げ込む者と安全を確認して公園に戻る者とが入り乱れていて、そんな光景を見ながら今日の昼食は鹿島神宮さんあたりの蕎麦屋さんで鴨南蛮そばか鴨せいろそばを食べるとこにしよう思い、それを楽しみにしながら先へと進んだ。
神之池のほとりには、数えきれないほどの消防車が並んでいた。一瞬、大きな火事でもあったのだろうかと思ったけど、よく見ると企業名の入ったピカピカの消防車や何とか動かせるようにだけはしてある感じの消防団の消防車が並んでいた。どこまでも続く消防車の壁の脇を進むと消防署らしき建物が見えてきて、今日が出初式であることに正平はようやく気が付いた。もしかしたら公園にいた多くの子供たちも、消防署員や地元の企業や地域の消防団員である父親の晴れ姿を見るために来ていたのかもしれないとも思った。子供に大人気のはしご車の前で、こどもの喜ぶ姿をスマホやデジカメで撮影する母親を見ながら、工場が立ち並ぶ沿岸地域の5年前のことが気になった。工場が火災になれば会社の生産ラインが止まって損害を被るばかりではなく、化学物質などが延焼すれば近隣への甚大な被害も予測される。地震でも火事でも大きな災害があれば、そんな中でいち早く消火活動や救助活動をしなければならない消防隊の人たちの晴れ舞台とそれを見守る家族の気持ちを思うと、よくある休日の公園の風景とは少しだけ違っていたのかもしれないと、そんなことを思いながら池の真ん中を渡れる橋を通って対岸に行き、鹿島神宮を目指して北上を続けた。
県道239号線を道なりに追いかけていく。この辺りは工場も多く交通量も多いためか、歩行者だけが押しボタン式になっている交差点がほとんどだった。工場に船が入りやすくするためだろうか、海岸が複雑に入り組んでいる工業地帯だから少しややこしい道を歩きながら高松緑地公園の中を歩いていくと、鹿島アントラーズのクラブハウスがあった。特に練習もしていなければ選手もいない日なのだろうか誰もいないし、グランドも簡単に見えるわけではないので静かだったけど本当に立派な施設だった。
ここからは地図ではわからなかったアップダウンを越えながら一気に鹿島神宮を目指して歩いた。市役所を過ぎたあたりでそれらしき森が見えてきたときは、その荘厳さに圧倒されてしまった。成人の日だというのに鹿島神宮は初詣の参拝客で、たいそうな賑わいだった。大鳥居から入ると皆が右に曲がって参拝していた。鳥居を入ってから直角に曲がると本殿がある神社というのは初めての経験だったので、もしかしたら初詣用なのかもしれないと思ったけどそこには本殿という風格があったので、正平は行政書士試験の合格をお願いして鹿島神宮を後にした。
鹿島神宮駅からは電車で帰るつもりだったけど、目の前に東京駅という行き先を掲げたバスがあったので思わずそれに乗ってしまった。もしかしたら、先月に「はさき号」に乗ったときの楽さから選んだのかもしれないけど、動き出してから空腹感を強く感じて後悔してしまうあたりに何も学習していない気がして、正平は自分自身が情けなくも面白かった。東京駅に着いた正平は、一目散に品川駅へと向かった。品川駅の山手線のホームにある駅そばは正平のお気に入りで、普段から立ち寄ることも多かったし先月の旅もそこで食べていた。ここは薬味にすりごまを入れることができて、たぬきそばにすりごまをたっぷりと入れるのが正平の定番だった。だから今日もいつものようにして食べていたら、楽しみにしていた鴨南蛮そばがたぬきそばにすりごまを入れているという結末になっていることに気がついて、やはりあれはカモではなくてハトであって、タヌキに誤魔化されたのではないかというつまらないダジャレを体現してしまっていることに思わずにやついてしまったものだから、ガラス越しにホームを歩いていた人が見てはいけないものを見たという感じで目を背けて通り過ぎていった。今日は、最初から最後まで自分が情けなくも面白い日であったとそんなことを、たぬきそばをすすりながら思った一日だった。
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