16章

 2015年12月18日8時40分ごろ、正平は銚子駅にいた。思わぬ仕事の都合や天候の都合で11日付近という予定は大幅にズレてしまったけど、それはそれで仕方がないところもあるという半分は言い訳じみたことを思いながら40キロ先の鹿島神宮まで行かないと交通手段がなさそうな今日の旅を、師走の晴れた日の朝の鼻にツーンと入ってくるような冷たい空気の中でスタートした。


 駅前の目抜き通りの感じと先月の旅の終盤で見えていた銚子大橋の位置から、駅前から北上していけば銚子大橋があるものと思っていたけど利根川で突き当たってしまった。それでも銚子大橋は正平の左側にその雄姿を横たえていたので、左に曲がって行くとスロープがあってそこから銚子大橋に入ったけど、いきなり高かった。高かった分だけ眺望はよくて、濁った利根川の広すぎる流れの先には、荒れ狂った太平洋の荒波が銚子港の防波堤にぶつかって波しぶきが高く舞い上がっているのが見えた。例によって高さによる恐怖からか師走の寒風によるものなのかわからなかったけど、膝を中心とした下半身が震えながらもスマホとデジカメにその景色を収めて、震えが全身に広がる前に何とか橋を渡り始めた。


 銚子大橋は国道124号線にあるだけあって交通量は多かった。トラックなどの大きめの車が通ると揺れたりして怖かったけど、たまにすれ違う通勤・通学の自転車の人に勇気をもらったり対岸にある漁港にたむろする黒い鳥の軍団の動きを観察したりして楽しみながら、なんとか渡り切った。渡り切ったとたんに「カシマサッカー場」の案内板があって、いきなり茨城県らしく迎えてくれた。その歓迎を受けながら右に曲がって県道117号線に入ると道は狭くなり地図で見ると少し複雑になりそうだったし、海よりの道は漁港らしいので無理に海を追いかけないで波崎海岸に向かうことにした。「ようこそ波崎海岸へ」という看板が見えてたところで、安心して北上することにした。


 波崎海岸砂丘植物公園と書かれた入口があり、海を見るために寄ってみることにした。鹿島灘は九十九里浜と似たような雰囲気もありつつまた少し違う雰囲気もありつつ、その絶景を浮かべていた。ただ少し行ったあたりで工事中になっていて海沿いの道は進めなくなったので、県道117号線に戻って北上することにした。このあたりの県道117号線は道幅が狭い割には大型車の通行も多く、いつものように対向車が来たら止まって車をやり過ごすなどの気を使いながら正平は歩いていったけど、今まで歩いてきた県と違ってゆっくりと走るドライバーが多いみたいで、そのドライバーがハイブリッド車に乗って後ろから来ると気が付かないことも多かった。今日の出発地点の県は交通事故が多いことで全国的に有名だったことも思い出しながら、お国柄の違いを味わいつつ多少の緊張感を持って正平は北上を続けた。


 今日の予定の40キロを思うと痛い迂回になってしまったけど、こうなった以上は海よりの道を無理に選ばないで県道117号線を北上していこうと決めた。新道と旧道だろうか、まっすぐにも右斜めにも県道117号線が地図上にはあった。まっすぐ行くと本当にまっすぐの道でつまらなそうだったので右斜めに入る県道117号線を行くつもりだった。やがて車道と歩道が急に広くなって気持ちよく歩いていたけど、ふと気が付くとまっすぐな道のほうの県道117号線に入ってしまったみたいで、慌ててスマホで確認したらやはり間違えたみたいだった。海よりの道に戻ろうかとも思ったけど、結局はこの道に戻ってくることになることもわかっていたので、これも今日の流れだろうということにしてこのまま歩いていくことにした。それにしてもまっすぐだった。左右に見える工場を中心とした建物は若干の変化はあったけど、正面に見えている煙突は近づきもせず遠ざかりもせず、たなびく煙までもが同じで正平は精神的な痛みに苦しみながら歩いていった。まっすぐ。まっすぐ。まっすぐ。ただただ、まっすぐ。まっすぐ。まっすぐ。東京。まっすぐ。まっすぐ。「えっ、東京?」幻覚を見たと思った正平は、自分が精神的に相当追い詰められていることを感じながらも、今日は鹿島神宮まで進まないと帰れないからと気を取り直して、距離的な残りが半分ぐらいもある目的地を目指して歩いた。それでも、まっすぐ。まっすぐ。まっすぐ。煙突の煙は横にたなびいたままで、まっすぐ。まっすぐ。まっすぐ。東京駅。まっすぐ。まっす……「東京駅?」。この2回目の幻覚でさすがに自分の危険を感じた正平は、東京駅の文字を見たあたりまで戻ってみた。そこには「北若松」と「東京駅」の文字が書かれたバス停があった。この高速バスを使えば、今日は帰ることができるというのは今の正平にはラッキーな情報だった。問題は来月のスタートだけど何とかなるだろうと思うことにして、とりあえず時刻表を見ると次のバスまでは15分ぐらいだった。


 今日の残りの行程を来月に回すと鹿島神宮さんに初詣という目的を加えることもありだと思うし、そこで来月末に結果発表される行政書士試験の合格祈願をするのも悪くはない選択だと思いながら高速バス「はさき号」に乗り込んだ。予約制で乗れないことも一応の覚悟はしていたけど、乗合方式の運賃先払いで意外と簡単に乗り込むことができた。正平のあとから乗った女性が「Suicaで」と言っていたのでIC乗車券にも対応できるらしいから、来月はIC乗車券を使ってみようと思いながら窓の外を見ていた。はさき号は潮来ICから常磐道に入った。最短距離の6号線を使って東京駅に向かうものだと思っていたら、湾岸線に入っていった。湾岸線からは、この旅の初日に苦しんで歩いていた歩道が見えた。思えば千葉県を抜けるのに足掛け何か月かかったのだろうか? 茨城県に入った日の帰り道に千葉県の道のりを遡っていくような、なんとも感慨深いものがある家路だった。

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