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息もしづらいほど降り注いでいた雨が、雪を避けるように落ち始めた。雨のカーテンの向こうにすべては消え、雪は、その不思議な現象に空を見上げた。
それは一個の、光のすじだった。
目を細めてみると、それは白い人影であり、ゆっくりと雪を見つめて下降してくる「女神」であった。
その女神は、何をどう見ても女神としか言いようが無かったが、ふわりと地上に降り立つと、優美な微笑を浮かべて、雪を見下ろした。
雪は、眩しいその姿に驚いたが、ほどなく疑いの心が起こって、目をそむけた。
女神はというと、光輝く腕をさしのべて、おもむろに彼を指さした。女神は言った。
「あなたの求めたものは、そこにある」
たしかに言葉を聞いた雪は、向き直って女神を睨んだ。女神はやや表情を変えて、おもねるように首をかしげると、期待のこもった目で雪を見つめた。
「もしよければ私の愛を」
雪は眉をひそめて、女神を見上げた。女神は、息苦しそうに胸をおさえて、また雪を見つめた。そこには、はっきりとした意思があった。
「私の愛を、受け入れてください」
そのとき、耳元でファンファーレのようなものが鳴り響いた。
いったい何の騒ぎだろうと辺りを見渡すと、雪を遠巻きにしていた人々が拍手喝采、大喜びで雪を祝っていた。当然、雨は止み、雲が割れて光が差し込んでいる。
雪は、誰の目にも「主人公」であった。一人の女神を前に、彼は一躍、英雄のようであった。いったいどれだけ対価を支払ったのか、それは深く考えずとも分かりそうなものだった。
首を二度ふり、拒否の意を示した雪は、女神に言った。
「僕の探しているものを、あなたは知っていますか。僕は死にたいのです」
女神は、彼が何を言ったのか、理解するのに少し手間取った。だが、女神も女神である。気を取り直して彼の問いに答えた。
「えぇ、知っています。あなたにはこれが必要なのです」
そう言って女神が胸元から取り出したのは、小さな丸い手鏡だった。
雪は差し出された鏡を手に取り、そっと覗いた。そのとき雪は「あっ!」と声を上げ、鏡を落とした。
女神は、雪が落とした鏡を拾い、雨をぬぐった。彼女は誇らしげに雪を見たが、一方雪は、地獄を味わったような虚ろな目で、彼女を見上げたのだった。
「カインのしるし・・・」
雪はこう口走って、息を止めた。それが、雪の発した最後の言葉であったことは間違いない。
こと切れた雪の身体を抱きしめ、女神は天へと昇って行った。
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