第34話 来たぞセリアン・アッシュ!
眼鏡の男性が、一同を代表して言いました。唯ちゃんが、翔くんが。ギャルも、ぽっちゃり青年も、オバチャンも、男性を見つめて力強く頷きます。
「いやあ、この年になってこんなことをしようなんて、不思議なものだねえ。でももう、それくらいしか希望がないなら、賭けるほかないんだよなあ、たとえいくつになろうとも――」
「おっちゃん、いいから早く呼ぼうぜ!」
翔くんが叫んで、おっちゃんの手をつかみました。従兄弟のもう一方の手を、唯ちゃんがにぎります。すると、その手をギャルが、オバチャンが……と、誰が言うでもなしに、隣同士で手をつないでいきました。最終的には、数十人に及ぶ人の輪が完成します。
「きみが号令をかけてごらん。できるかな?」
もちろん翔くんは「任せて」と、イガグリ頭を力強く頷かせました。そして、大きく息を吸い込んで……
「せーの」
「助けて! セリアン・アッシュ!」(助けて! ガジュくん!)
全員の声が見事にそろって、同じ言葉を唱和しました。リハーサルもなしで、よくここまでハモれたものです。
でも、逆立てたアッシュグレーにサングラスの、翼を持ったスーパーヒーローは現れませんでした。その代わりにやや遅れて、ボトッと鈍い音がしました。人々が手をつないで作る輪の中心には、そのほとんどにとっては見慣れない、変な生き物が現れていたのです。
全身を毛皮で覆われている、いわゆる獣で、妙に胴体が長くグネグネしています。色は、全体的には灰色っぽく、手足としっぽは黒く。顔にはアイマスクのような隈取りがあって、ちょっと間抜けに見えます。微笑みの形に口角が上がっていますが、口元には一対の牙が、すべての指には長い爪がはえて、たぶん本職はハンターだと、誰の目にも明らかです。
数十人が無言で見つめるなか、長っぽそい獣は長い首をぐるりとめぐらせて、ある一点で動きを止めました。艶やで真っ黒い目がひときわ輝いたかと思うと、その方向へと一直線に駆け出します――本人は真剣なのかもしれませんが、若干ふざけているような走り方です。獣はセーラー服の女の子の真ん前まで行って、無茶苦茶に跳ね回り、その場の全員を唖然とさせました。
「ゆ――」
獣が口を開いたとき、その眼前に艶やかな毛並みのネコが立ちふさがって、全身の毛を逆立てて威嚇しました。
「あ」
長いほうの獣がまた何かを言いかけて両前足で口を塞いでいます。なんだか人間くさいしぐさだと、その場の誰もが感じたでしょう。
「わんっ」
さらにさらに、金色の毛並みが豪華なイヌまで現れて……人間たちには意味不明でした。
三匹の動物たちはネコに引き連れられるようにして、人の手と手が作る輪をくぐり、そこからはダッシュでどこかへ行ってしまいました。例の長っぽそいやつだけ大幅に遅れていますが。
「アタシたち、スーパーヒーロー呼んだんだよね?」
「うん、呼んだのはセリアン・アッシュだったはずだけど……」
ギャルとオタク風青年という奇妙な取り合わせがつぶやき合う横で、唯ちゃんと翔くんも顔を見合わせています。
「今の、唯ねーちゃんが飼ってたペットに似てない?」
「うん。顔の模様とか、動きとか、絶対ガジュくんに間違いないんだけど……」首を傾げて言いよどんでから、「フェレットはあんなに大きくないよね。第一、
ガジュくんはもう……」
と、困惑を隠せない唯ちゃんでした。
「獣天使だとバレたらどうするつもりよ、この無能イタチ! 次に人間の前で喋ろうとしたら、犬歯へし折って歯髄腐らすわよ」
「うへへ、ゴメンゴメン。でも、唯ちゃん生きててヨカッタ!」
「ソウルマスター、無事だったんだ! よかったねー、ガジュよかったねー」
黄金の飾り毛が豪華なしっぽを回転させて、カーラは最大級の喜びを表現してくれます。でもその回転は次第に小さくなって、ついにぴたりと止まってしまいました。そして彼女は、もっともなことを口にしました。
「ところで、ここはどこかなー?」
なんだか変な場所にいるらしいことはわかっているようです。ただ、宇宙というものを知らないレベル一の獣天使にとって、足のはるか下に地球が見えていることの異常さはわかりません。
対するレベル四のガジュは、変だと感じなければおかしい立場でしたが、桁外れの順応性ゆえに「こういうコトもあるだろう」と納得していました。柔軟すぎるのも考えものですね。
「レクーの母艦よ」
振り返りもせず、キャシーが言います。その後ろでは、ガジュがカーラに「知ってる?」と目で問い、「まさかー」と首を振られていました。
「三つか四つの銀河を縄張りにする種族で、地球はその漁場の一つなの。ワタシたちネコ族の故郷は、レクーに滅ぼされたそうよ」
「悪者なのか?」
「さあ……。肉体を持たない存在だけれど、価値観は人間と似たようなものじゃない?」
目の前に突然口を開けたドアの中へ、キャシーは吸い込まれていきます。
ガジュもその後に続いていたのですが、突然思い切り鼻をぶつけました。「おぶっ」とうめきながら少し後ずさると、モデル歩きで遠ざかっていくキャシーの、揺れるしっぽが見えました。でも、前に進もうとすると自分の顔が映り込んで、行き止まりになってしまうのです。
「アレッ? キャシー、待ってヨー」
「結局生物って――レクーが生物かどうかはかなり微妙だけど――食物連鎖のヒエラルキーには逆らえないのよ、絶対」
「キャシー?」
顔だけ振り向いて寄越した彼女の、グリーンのきれいな目は、今、ガラス玉のように素っ気なく見えました。
「なあ、カーラがいないんだけど、知らない?」
「獣天使長も、とんだ人選ミスをしたものね」
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