第29話 渋谷交差点にテロリスト現る?

 それから三匹は、普通の獣天使が手を出しづらい救援要請を次々と受けて人助けをし、悪い残留思念をやっつけました。キャシーが案件の内容や場所を説明し、ガジュが実際に救援活動を行ない、負傷すればカーラが素早く処置をするという連携プレーです。

 特にカーラの成長は目覚しく、最初のうちは傷の上へ救急テープを貼るのに手間取っていましたが、二回、三回と繰り返すうちに、みるみると手際がよくなってきました。


「なかなか飲み込みが早いじゃない」


 ガジュを褒めたことのないキャシーまでもが、新人救護部隊員に、そう声をかけます。でも、「いやー」なんて照れて頭をかいていると、すぐに冷たい声で「次行くわよ」と急かされるものですから、余韻にひたる暇はありません。


 そうこうしながら二日が経ちました。十四階のベランダから落ちかかっていた幼い男の子をスーパーキャッチして救った直後です。キャシーの表情が、かつてないほど険しくなりました。


「ドウシタ?」


 こちらは相変わらずのスマイルで、セリアン・アッシュが問います。キャシーに近寄っていって、どうやらしかめっ面の元凶であるらしいアドベントベルを、一緒にのぞき込んでみました。


「……渋谷駅で、人質事件発生?」

「えええっ! た、大変だよー。はやく助けにいかなくちゃ」

「待って」うろたえるカーラにピシャリと言ってから、キャシーはセリアン・アッシュに向き直ります。「助けられると思う?」

「ウーン。なんとかなるんじゃないかナ」

「自信はあるの?」

「ウム」

「作戦は?」


 黙って見つめてくるだけのポンコツヒーローに、キャシーは盛大なため息をつかなければなりませんでした。


「いいこと? 人質が取られているってことは、それを無事に救出しなきゃいけないのよ? 犯人は銃なりナイフなりを人質に突きつけて、アナタがおかしなまねをしたら即座に凶行に出るかもしれないの。説得するにせよ奇襲をかけるにせよ、行き当たりばったりに解決できるなんて甘いものじゃないわ」


 糊の利いた白衣と眼光鋭く見えるモンロー眼鏡は、伊達ではありません。ここは毛玉戦隊セリアンズのブレーンとして活躍してもらわなくてはなりませんよね。


「こんなこともあろうかと昨日のメンテ中、セリアン・スーツにある機能を追加しておいたわ」

「キャシーもダジャレなんて言うんだねー」


 というカーラの弾んだ声は捨て置かれ、彼女のユニオンジャックのスカーフは、寂しげにはためくばかり。セリアン・アッシュとキャシーは話を続けます。


「アナタの戦闘記録を見たわ。変な踊りをしていたでしょう」

「うはは! ウィーズル・ウォー・ダンスのコトだナ!」

「何でもいいわ。それを戦闘に取り入れたの。まず、スイッチは心の中」


 セリアン・アッシュは言われたとおり、心に一つのスイッチを思い浮かべます。半透明のものです。それをパチリとオンにすると、オレンジ色の光が点灯しました。


「オッケー!」

「その状態でステップを踏むと――今はやらないでよ――アナタの半径十メートルの地面を振動させられるの。振動の大きさはステップの強さで調節できるけれど、最高でも立っている敵がいきなりひっくり返るほどではないから、過信は禁物よ。でも、フェイントや相手の気を逸らすときなんかには使えるはず。今回のようなときにもね」


 首をひねるセリアン・アッシュより一足先に理解したカーラは、キャシーを拍手で讃えながら言います。


「たしかに犯人も、地震で逆上して人質に危害を加えたりはしないよねー!」

「そういうこと。ただし、注意点があるわ」

「おーう、何だ?」


 緊張感に欠けるヒーローの表情が心配でしたが、キャシーとしては、彼が覚えておいてくれることを願って続けるほかありません。


「雪山での使用厳禁。壊れやすい物があるところ――室内で使うときは、周りをよく見ないと大変なことになるからね」

「ワカッタ」


 何の根拠もないのに無駄に頼もしい笑顔で応じてから、セリアン・アッシュはめいっぱい速度を速めました。目指すは渋谷駅です。




 三匹は、現場のはるか上空にやってきました。眼下に広がっているのは、ある種、異様な光景だったのです。映画やテレビコマーシャルでよく目にする、都会の代名詞と言うべき大交差点――そこを行き交う人は、今いません。

 スクランブルの中心に誰かがいて、その半径約二十メートル隔てた周囲を、警官隊と群衆が取り囲んでいます。もちろん車は、そのはるか手前で通行止め。警察のものかテレビ局のものか、ヘリコプターのローター音も接近しつつあります。

 パトカーからマイクを伸ばし、刑事らしき男の人が、無線で状況を報告しています。


「繰り返す。被疑者は男性、三十代。短髪、眼鏡、Tシャツにジーパン。サバイバルナイフで四十代と見られる女性を刺し、その娘と見られる少女を人質にするも、今のところ要求はナシ。共犯者らしきもう一人は――」

「おい、ちょ……」隣にいる、説得用メガホンを手にしたもう一人の刑事さんが、乱暴にマイクを引ったくりました。「どこに目つけてんだ、ホシは一人だろ」

「先輩こそ何言ってんです? 後ろにもう一人いるじゃないですか」

「後ろってどこだよ」

「被疑者のすぐ後ろに密着してるでしょ」

「はぁ? 俺には女の子を羽交い締めにしてるホシしか見えないぞ」


 どうやら刑事さん同士で、単独犯か複数犯か、意見が割れているようです。そんなことがあるのかって、思いますよね。でも、もう一人の犯人が、人によって見えたり見えなかったりする存在だとしたら……こうした状況が生まれてもおかしくはありません。


「だから、羽交い締めにしてる被疑者を、さらに羽交い締めにできるくらい密着して、いるでしょ?」

「いないだろ。じゃあどんな奴か言ってみろ」

「灰色というかなんというか……ああ、テレビの砂嵐みたいな色の服で、うーん、そうだ、子どもがクレヨンで書き殴ったみたいなグシャグシャにブレた……あれ、言っててよくわからなくなってきた」


 上空の三匹にも、若いほうの刑事さんの見ているものが見えていました。


「アレは残留思念かな?」

「そのようね。完全に取り憑かれて、行動を支配されているわ」

「えー。じゃああの男の人も、被害者だよねー?」


 気遣わしげなまなざしを加害者男性に向けるカーラに、キャシーは冷徹な声で異を唱えます。


「元々そういう下地があったから、あそこまで完全に取り憑かれているのよ。同情には値しないわ」

「どうしてわかるんだ?」

「この国の法律では、刃渡り六センチメートル以上の刃物を所持していたら、それだけで違法なの。つまり、根っからのアウトローだという証明でしょう」


 これにはセリアン・アッシュことガジュも、黙り込むほかありませんでした。


「それよりも、ねー。女の人が血を流して倒れてるよー! 早くなんとかしてあげようよー!」

「ヨシ、まずはあの人から助けるゾ」

「くれぐれも、犯人を刺激しないで。人質の命がかかっているんだからね」

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