フェレットのスーパーヒーローは、ちょっと地味に世界を救う

第27話 ヒーロー活動本格始動

 ひとまず、またサラリーマンの格好に戻って、公園のベンチで情報収集としゃれ込みます。

 スーツ姿でアドベントベルを操作していれば、外回り中に休憩しながら会社にメールをしているように見える……というのはキャシーの談。もっとも、あのスーツ姿ですから、危険な商売の人が違法取引をしているようにも見えてしまうのですけれど……。


「港区の第二タコ公園で、レベル2クラスの残留思念」

「あの辺りはゴン太の縄張りだから平気」

「じゃあ、佐倉市のアパートしののめ荘で、レベル1の残留思念はどうかなー?」

「かなり遠いわね。多分、現場に着いた頃には終わっているわよ」

「ナルホド。そうすると……」


 合計三機のアドベントベルを総動員して、次々に発生する事件の中からセリアン・アッシュが担当できそうなものを探します。

 獣天使はその全員が人間を助けることにとても熱心ですから、地上から救援要請が入ると、ものの一分も経たないうちに担当者が決まるのです。だからガジュたちは、ほかの獣天使が担当しづらそうな案件を優先してカバーしようとしていました。


「あっ! これやばいよー!」


 落ち着いたグレーの頭と逆転プリン頭の二つが、アドベントベルをのぞき込むピカピカ金色頭に合流します。


「なにこれ、降臨した獣天使からの通報じゃない。箱根の山中で、遠足の小学生を乗せたバスが転落しかけて……」

「行くしか! 愛の名のもとに!」


 立ち上がるが早いか、サングラスの不審なサラリーマンは、サングラスのスーパーヒーローに変身します。これも遠方から入った要請ですが、モンロー眼鏡の合理主義者さんも「遠い」とは言わず、アドベントベルをしまって立ち上がりました。現場の獣天使ができることといったら、せいぜいバスの転落までの時間を稼ぐくらい。その獣天使が力尽きれば、乗客全員の命が危険です。

 三匹の心は、一つになりました。


 ――今、ガジュは雲の中を飛んでいます。うまい具合に西へと吹く風をつかめず、少しずつ高度を上げていったら、ジェット機が飛び交うエリアにまできてしまったのです。少々時間はロスしましたが、とても早い風に乗れたので、この遅れは十分取り戻せるでしょう。


「サングラスしていても、目を開けていられないな! あと、息が……あっはっは!」


 年に一度あるかないかという強風の日、外に出ると鼻や口の近くにある空気を風に持って行かれたような具合になって、息がしづらくなることがあるでしょう。今のセリアン・アッシュが、まさにそうした状態で、何がおかしいのか理解できないまま大笑いしています。


「このまままっすぐ、全速力で飛んで。近くに飛行機はないわ」


 生身の肉体を持たない二匹は落ち着いたものです。キャシーは極めて冷静に、アドベントベルの獣天使用ナビゲーションアプリ「ナビんぐ」を立ち上げて指示を出してくれました。視界ほぼゼロの今、頼りになるのは彼女の冷ややかな声だけです。


「おう!」


 セリアン・アッシュは声を張り上げて応えました。耳元を通り過ぎていく風の音は、文字通り爆音です。ハードロックのライブ会場もかくやの、怒鳴らなければ世間話さえできない状況。

 ここで心配なのは、むしろカーラでした。なんとなく空気抵抗が大きそうなフワフワヘアーのせいで、風にさらわれて吹っ飛んでしまいそうです。そうでなくても彼女は若葉マークの獣天使で、まだ飛ぶのがあまり上手ではないのですから。


「……少し南に――あ、左に。行きすぎ――そうそう。減速。高度を下げて。雲から出て大丈夫よ」


 キャシーから、ビシビシと指示が飛びます。それに従っていると、ほどなく、前方に山が迫ってきました。


「あの山よ。千尋山っていうんですって。その南東側――コチラ側に、問題のバスがあるはずよ。探して」

「あっ! あれ」カーラが山の中腹辺りを指さして叫びます。「今にも落ちそうなバスがあるよー!」

「下で支えているのが、救援要請を出した獣天使ね。もうあまり長く持ちそうもないわ。ガジュ!」

「マカセロ!」


 正確な場所さえわかれば、翼をすぼめ、頭を下にして急降下です。進行方向には、ガードレールを突き破って車体の半分が崖から飛び出している観光バスがあります。

 ちょび髭の獣天使がウンウン言いながら、運転席側のバンパーを持ち上げているようです。しかし肉体を持たない獣天使には、こうした状況を根本的に解決させることはできません。現状維持がせいぜいです。それもそろそろ限界で、ときおり後輪が浮き上がっているようにも見えますね。一刻の猶予もなさそうです。


「愛の名の下に、セリアン・アッシュ、降臨!」


 かけ声も勇ましくバスの後方に舞い降りると、そのままバンパーをつかんで引っ張り始めました。後部座席の窓からは、恐怖に引きつった子どもたちの顔が四つ並んで見えます。

 セリアン・アッシュは彼ら一人一人の顔を順繰りに見渡しながら、力強く笑って見せました。両腕の力こぶが張り詰めてしばらく、バスが少しずつ後退しだします。開いた窓から漏れ聞こえてくる声が、悲鳴から歓声へと変わりつつあります。


「もう安心していいからナ!」


 セリアン・アッシュが、もう大丈夫そうだと安心しかけたとき、急にバスの重さが増したように感じられ、二、三歩前へと引きずられました。とたんに、悲鳴と絶叫の大合唱が響きわたります。


「カーラ! 同胞の救助を!」

「わ、わかったー!」


 どうやら、救援に安心したちょび髭獣天使が、空中で気絶でもしてしまったようですね。でも大丈夫、セリアン・アッシュはバスを放しません。いっそう深く腰を落としながら、一歩、また一歩と後ろへ下がっていきます。


 不安そうに見下ろしてくる顔は、四つからだいぶ増えていました。みんな、セリアン・アッシュを見ています。絶体絶命の危機に颯爽と現れた、このグレーっぽい髪にサングラスの男の姿が、子どもたちの脳裏に刻まれた瞬間です。彼が頷いて見せると、数人が顔を輝かせ、手を振ってくれました。

 セリアン・アッシュは……今ちょっと手が放せませんが、八重歯ののぞく白い歯を光らせて、ヒーロースマイルで応じています。でも、乗客を満載した観光バスは、やっぱりとっても重くて、セリアン・アッシュのガンメタブーツの動きは止まってしまいました。

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