第24話 キャシーの案
「ヨシ。キャシー、ナビ頼むゾ!」
「え、ええ」
促されてキャシーが先頭になり、二匹を導きます。人間の基準にして二つ町を越えたところに、どうやら目的の場所があるようです。この謎めいた美女が言う、「ミツカイに関係のある場所」です。
道中、セリアン・アッシュはうっかり下降する空気の道に乗ってしまい、何度か三階建てのビルくらいまで高度を下げたりしましたが、そのたびにどうにか持ち直して脱落せずに済みました。ほんの少しずつですが、このグライダー方式の飛び方がうまくなっているようにも感じられます。もしかするとすでに、獣天使若葉マークのカーラよりは上手かもしれません。
こうしてやってきた聖ヨセフ医科大学病院近くの空き地に、三匹は降り立ちました。
「あの病院の小児病棟に、人間として降臨されたミツカイがいらっしゃるわ」
「小二か、お子サマだナ!」
微妙に勘違いが発生していますが、うまい具合にかみ合ったまま話が進みます。
「お願いだから、ミツカイにそんな失礼なこと言わないでちょうだいよ」それから両手を腰に当て、キレのあるターンでセリアン・アッシュへと振り向きました。「いいこと、アナタには人間に変装して病院内に潜入してもらうわ。何がいいかしら? サラリーマンじゃ、少し変よね」
「あ、はーい! はーい!」
金色巻き毛を弾ませ、カーラが手を上げながらジャンプしています。キャシーが視線を寄越すと、何も思いつかず棒立ちしているセリアン・アッシュの横で、彼女は得意げに発言し始めました。
「小学生のお見舞いなら、学校の先生がいいよー。前にひーちゃんの友達が怪我で入院したとき、先生がきてくれたんだって」
「先生……教師、ね」
キャシーの複雑な表情の理由、わかるでしょうか。先生と言えば、生徒に物事を教える立場にある人です。頭の中には知識がいっぱい、そのうえ人格者でなければなりません――と、彼女は思っています。
少なくともガジュのような頭にヒマワリ畑が広がっていそうな輩に、たとえフリとはいえ務まるはずがないと考えたのです。
そのガジュ――セリアン・アッシュが、脳天気な声を上げます。
「それならおれ、体育のセンセーがいいナ! 学校でダンスのステップを披露して、唯ちゃんたちを『おおっ!』て言わせる役目の人ダロ?」
「……そうね、それしかないわね」
この「間」に、キャシーは色々考えさせられましたとも。体育教師は運動さえできればいいというわけではなく、ほか科目の先生と同様、保健体育の授業を受け持ち、テストを作ったり採点したりしなければなりません。
残念ながら――いいえ、十分すぎるほどキャシーは、目の前の男が教師に不適格だとわかっています。でも、「数学教師でござい」と言うよりは「体育教師でござい」のほうがまだ、見た目の説得力があるのではないか……と、こう結論づけた次第なのです。
「でも、学校の話は絶対にしないこと。すぐぼろが出るに決まってるんだから」
「任せろ! 学校以外にも、政治と宗教とサッカーの話はしないからナ」
「○○の話はしない」という根本的な意味を取り違えている節はありましたが、面倒くさいのでキャシー無視して、あごをしゃくって見せました。
「ようし……セリアンチェーンジ! 愛の体育教師!」
白い煙が晴れたとき、ガジュは水色のジャージ姿で立っていました。首からはホイッスルがぶら下がっています。相変わらずサングラスですが、先ほどのサラリーマンよりは違和感がありません。
もし今回も獣天界のリサーチ不足で、彼が竹刀片手に現れていたら……また別の何者かに見えたかもしれませんが、これなら大丈夫ですね。
スニーカーの足取りも軽く正門を潜ろうとした体育教師ガジュを、カーラが呼び止めました。
「ちょっと待ってー。お見舞いのふりをするなら、お花を買ったほうがいいよ。ほら」そして、病院の反対隣を指指します。「あそこに、お花屋さんがあるよー」
「おお金色ワンワンよ、頭イイナ! 早速買ってくるゾ。キャシー、オカネをクダサイ」
キャシーが渋い顔で出してくれた千円札を握り締め、ガジュは花屋さんへと走っていきます。お花を買うのは、ペットフードを買うのとは少し違うのですが……大丈夫でしょうか。
お店に一歩足を踏み入れただけで、無数の花の香りがとてもいい具合に混じり合った、何とも心地のよい匂いがします。ひんやりと気持ちのいい空気を胸いっぱいに吸い込んでから、ガジュはカーラに耳打ちされるまま口を開きました。
「ごめんクダサーイ!」
「はーい、いらっしゃいませ」
軽いサンダルの足音がして、奥からエプロン姿のお姉さんが出てきました。ガジュは「ちょとかわいい感じの人ダナ」なんて思って、普通にしていても上がり気味の口角をいっそう上げます。
「オハナをクダサイ」
「かしこまりました。どういう感じがご希望ですか?」
これは、さしもの人間界マスターカーラも予想しなかった展開で、すぐにはアドバイスを思いつきません。またしても、サングラスのまま笑顔で固まる不審者を放置することになってしまいました。
でもそのガジュ本人は、大抵のことは笑顔で乗り切れるという楽天的な根性論の持ち主です。花屋のお姉さんを見つめたままひたすらニコニコしていると、果たして物事はうまい具合に動き出しました。
「どなたかにプレゼントですか?」
「チガウ。お見舞い用のオハナがほしいんだ」
「承知いたしました。おいくつくらいの方のお見舞いですか?」
一難去ってまた一難です。ガジュはサングラスをかけているのをいいことに、めいっぱい横目を使ってキャシーに助けを求めました。銀髪の美女は、自分の腰あたりで片方の手のひらを下にして上下させています。
「エエト、小さい子……」言いかけると、キャシーの手がさらに低い位置で上下します。「すごく小さい子のお見舞い」
「なるほど、かしこまりました。ご予算はおいくらくらいですか?」
「これくらい」
手に持っていた千円札を一枚、両手でつまんで見せます。お姉さんは心得顔で頷いて、淡い色合いの花を五本選び、茶色い包み紙で包んでくれました。花束というほど豪華ではないものの、小ぶりなブーケはそれでも充分見栄えがします。
「どうもありがとうございました」
お姉さんに手を振って店を出て、次に向かうのはいよいよ病院です。花屋さんであれだけ手こずっていたなら、病院に入るなんて不可能だと思うかもしれませんね。でも、実際はそうではありません。病院というのは、悪い残留思念がたまりやすい場所。獣天使が戦うフィールドとしては、実は定番だったりするのです。
ガジュも残留思念と戦うために降臨がてら中をうろうろした経験が何度もあるため、病院の大まかなシステムはわかっています。この聖ヨセフ医科大学は初めてですが、何とかなるでしょう。
自動ドアをくぐったら、外来患者が向かう診察室ではなく、少し奥まった入院病棟へまっすぐ向かいます。ところどころにある案内板を見たところによると、ナースステーションは二階らしいので階段を上ります。
すぐに見えてきました、明るい感じのナースステーションです。
「キャシー、ミツカイはなんて名前で入院してるんだ?」
「大柴雪子ちゃんよ」
体育教師ガジュは、「雪子ちゃん」と口の中でつぶやいてから、ナースステーションのカウンターに手をかけました。
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