第23話 毛玉会議

 ガジュに代わって会議の司会進行を務めるのは、もちろんキャシーの役目です。


「アナタ言ったわよね。『アドベントベルに不具合がある』って」

「マジで?」

「マジだよー。昨日、ソウルマスターが圏外で見えないって言ってたじゃない。もう忘れちゃったのー?」


 これでは、カーラがいなければ会話が成立しませんね。


「圏外表示になる唯一の心当たりが天界よ。ダメもとで、聞いてみる価値はあるはず」

「獣天界……じゃないのー?」


 なぜかキャシーは、カーラに向かって話しています。真ん中にいるガジュを飛び越えるかたちで会議は進行していきました。


「ええ、ワタシたちではなく、人間たちにとっての天界。ミツカイに聞いてみましょう。何かご存じかもしれないわ」

「えっと……ミツカイは人間を見放しちゃったんだよねー?」

「そうね。でも、完全に人間を見捨てたわけではないの。何人かのミツカイは、人間として降臨し、導こうとしてらっしゃるわ」


 よく「地上に舞い降りた天使」なんて言いますよね。確かに天界は今、地上から手を引いた状態にあります。

 けれども、ミツカイの中にはいまだに、人間たちが心配で心配でしかたがない人がいるのです。そういうミツカイが個人的に自己責任で地上へ降臨し、人を導くのは黙認されています。最近はその数も激減しているという噂ですが。


 早くも残り少なくなったフードの袋を片手にしたガジュは置いてけぼりにして、キャシーは自分のアドベントベルで何かを調べ始めました。


「微妙な距離ね。降臨砲を使うほどではないけれど、歩きでは遠いわ」モリモリ食事中のサラリーマン?――いいえナゾのオトコに、キャシーの鋭いまなざしが突き刺さります。「アナタ、どうやって行くつもり?」

「フム」


 ガジュは、おもむろに立ち上がりました。それから天を仰ぎ、口をガバチョと開きます。そこへフードの袋を逆さまにして――ああ、なんてお行儀が悪いのでしょう――中身を一かけらも残さず流し込むと、仁王立ちで叫びました。


「愛の名のもとに!」


 ジャンプしての宙返り。その合間に、畳んでクルクル丸めたフードの袋を公園のゴミ箱へ……ナイスシュート! 着地したときには、白い天使装束をグレーのライトアーマーで鎧ったセリアン・アッシュに変身していました。


「自慢じゃないが、おれは歩くのが遅い!」


 言っていることとは逆に、彼の表情は、どこからどう見てもドヤ顔です。おまけに、腰に両手を当てています。これにはキャシーもカーラも、ポカーンとするほかありません。


「だから、飛んで行こう!」

「アナタ飛べないでしょう」


 残酷に冷たい声が畳みかけます。


「飛べる飛べる! さっき見ただろう? 高さを使えば、今のおれでも十分飛べるゾ」


 口角の持ち上がったうれしそうな笑顔で宣言されると、さすがのキャシーもそれ以上は言えなくなってしまいます。でも、飛べるかどうかという問題は、現状、なかなかシビアだと思うのですが……。


「おれが準備できたらキャシー、その心当たりへ案内してくれヨ」

「いいけど……」


 さすがに困り顔のネコ族ハイブリッド、そして隣で救急医療バッグを開けたり閉めたり忙しいイヌ族ゴールデンレトリバーの前で、イタチ族のスーパーヒーローはまず、滑り台に登りました。

 何をするかと思えば、颯爽と滑り降りようとして……上のほうでつっかえています。スレンダーなボディとはいえ、セリアン・アッシュことガジュは、身長一八〇センチを下りません。子供用の遊具では、さすがに遊べません――もしかすると遊んでいるわけではないのかもしれませんが、この際、置いておきましょう。


 セリアン・アッシュは滑り台からお尻を引き抜き、その場で立ち上がりました。よい子はまねしてはいけません。サングラスの上に立派な防具つきの小手をかざし、周囲三六〇度を見張るかしています。そしてどうやら、目的の物を見つけたようです。


「やっぱり、教会がイイナ!」


 言うが早いか滑り台から飛び降りて――これまた、よい子はまね厳禁です――人間社会では異様に目立つ姿のまま、住宅街を走り始めました。セリアン・アッシュの足の運びに合わせて、ライトアーマーの金具が軽快に鳴っています。ちょっと、楽しそうでもあります。


「アナタ、そんな堂々と獣天使の姿で……人間にばれたらどうするつもり!」

「ダイジョブ!」


 質問の形式を借りた叱責を、セリアン・アッシュは取り合いません。そうこうするうちに、前からやってくる若いお嬢さんとの距離が縮まってきました。

 お嬢さんはすれ違いざま、


「ど、どひゃー! 獣天使がなぜこんなところに!」


 ……などと言うはずがありません。せいぜい「天使のコスプレをした変な男がいる、目を合わせないようにしよう」と思うくらいでしょうか。人間って――と言うより日本人という民族には、こういうところがあるのですよね。もっとも、それをセリアン・アッシュ――ガジュが知っていたかどうかは怪しいものですが。


 その獣天使唯一のスーパーヒーローですが、腕を前後に激しく動かし、足もしっかり上がっているなど、問題のないフォームで駆け足をしているのですが、どういうわけかびっくりするほど遅いのです。「教会」と言うからキャシーもカーラもそこを目指して駆け出しましたが、簡単に追い抜いてしまえました。小学生と徒競走して負けると言ったらさすがに言い過ぎかもしれませんが、同じ体格の人と走っても勝負にならないでしょう。


「何をチンタラしているの? ふざけている場合じゃないでしょう」


 キャシーのモンロー眼鏡も、心なしかいつも以上に尖っているように見えます。


「待ってヨー、フェレットは走るのあんまり得意じゃないんだ」

「まったく……、今度から妙な踊りをする時間があったら、グレーハウンドかウサギ族にでも走り方を習うことね」

「踊りがあった! ナイスだキャシー!」


 バタバタと走るのをやめ、セリアン・アッシュはその場で小刻みに足踏みし始めました。


「ワンツースリー、ワンツースリー、ワンツースリー、ジャーンプ! ワンツースリー、ワンツースリー、ジャーンプ! ジャーンプ!」


 両手を高く掲げてフィニッシュです。楽しげなのは結構ですが、キャシーは鬼の形相で見ているし、不穏な空気を察したカーラはアンテナをぶるぶるさせています。チームワークという意味で、この集団は大丈夫なのでしょうか。

 でも、再び駆け出したセリアン・アッシュのスピードが案外まともだったので、怒りん坊のネコ族さんも、怒りの矛を納めてくれたようです。


 こうして三匹は、なんとか標準的な速度で教会へとやってくることができました。

 セリアン・アッシュは速度を緩めず、塔めがけて突進していきます。激突する瞬間、足を壁へ。二歩目は上へ。空気抵抗を考慮してすぼめてあった翼を展開し、力強く羽ばたきます。急な坂道を上るようにして、でも一回目のときよりは要領を得たのか素早く鐘楼まで登り詰め、そのまま足場を蹴って空中へ身を投げ出しました。


 キャシーとカーラは声こそ上げませんでしたが、同時に口を「あっ!」と言う形に開き、落下を始めるセリアン・アッシュを目で追います。

 美女二人の視線を受けながら、スーパーヒーローは頭を下にしたまま体をひねりました。降下しつつ、徐々に翼を広げていき……今、空気の流れをつかんだようです。羽ばたいていないのにセリアン・アッシュは上昇して、ついには教会の塔より高く上がっていきます。


「ヨシ。キャシー、ナビ頼むゾ!」

「え、ええ」

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