第22話 フェレットは意外とグルメ

 ……そんな具合に、任務で降臨した獣天使と、地上勤務中の獣天使による定番の会話を経て、ガジュはエサのありかへと向かいました。

 そこは、フェレットを含む、イヌ族とネコ族以外の、いわゆる「エキゾチックアニマル」の飼料コーナーでした。ウサギやモルモットのエサのほか、近年、野生種獣天使として獣天界への所属数が増えてきたフェネックのエサまで置いてあります。


「すごーい! あたしフェネックじゃないけど、これ食べてみたいなー」

「獣天界の食堂で食べられるヨ。おれもたまーに魚っぽいものが食べたくなって、キャットフードを食うからナ」


 はしゃぐカーラに頷くガジュへ、キャシーが眉間にしわを寄せながら視線を寄越しましたが、もちろんそれに気づくフェレットではありません。二つのメーカーしか取り扱われていないフェレットフードの前へ行き、物色を始めます。


「好みは穴の空いたシニアタイプなんだけど、今は腹が減っているから、コッテリ系のグロースタイプもイイナ」


 食べ慣れていないメーカーのフードは、まるで目に入っていません。それだけフェレットは、「食」に対するこだわりが強い動物なのです。同じメーカーでも、このようにどのタイプのエサにするか迷うのは、獣天使のときだけだと言っていいでしょう。

 地上勤務時では、成長に合わせてグロースタイプからスタンダードタイプに切り替えるのも、二種類のフードを混ぜて与えながら少しずつ切り替える必要があるため、大変なのです。


 やがてガジュは、グロースタイプの大袋を手に取りました。

 すると、キャシーがすかさず冷ややかな声で指摘しました。


「待ちなさい。大袋は一九〇〇円するから千円では買えないわ。九八〇円の中袋にしなさい」

「おお? キャシーは相変わらずスゲーな! ワカッタ、コッチにする」


 素直に袋を取り替えて、ガジュは普段以上にうれしげな表情でカーラを見ました。


「それで、オカネはどうやって使うんだ?」

「あ、それはねー、お店の人がいるレジってところに、買いたい物と一緒に持って行って渡すんだよ」

「ホホウ、そうか。アリガトー、やってみる!」


 三つ揃いスーツのサラリーマン? ……ガジュは、サングラスの奥で目を輝かせながらレジカウンターへと向かいました。獣天界の食堂は食券制なので、お金に相当するフィリアを直接やり取りすることはありません。そのため、少々勝手が違うのです。


「くださいナ!」

「……はい、いらっしゃいませ」


 何の冷やかしかと思っていた不審なお客がペットフードを買おうとするので、お店の人は面食らった様子です。それでも、笑顔で対応してくれます。

 ガジュが千円札を渡すとき、横でカーラが「お釣りをもらうの、忘れちゃだめだよ」と、アドバイスしてくれました。


「袋にお入れしますか?」

「フクロ?」


 お店の人がお釣りを渡しながら想定外のことを尋ねてきたので、ガジュは強面っぽい外見に似合わず、おうむ返しにして首を傾げました。


「ええ、ビニール袋をご利用ですか?」

「ああ! あれか!」


 そう言われると、ガジュにも合点が行きます。唯ちゃんはいつも、ビニール袋に入れてフードを持ち帰ってくれていましたから。そのため、自信を持ってこう答えたのです。

「フクロはください! アレ大好きだゾ! メチャクチャ楽しいもんな!」

「……は、はぁ」

「でもフクロに入れなくれいいゾ! スグ食べるから」

「食べ……えー、かしこましました」


 正しく意味が伝わってしまったのか、それとも単に面倒くさい客だと思われたのかは定かではありませんが、とにかくお店の人はシールを貼って商品を渡してくれました。


「スグって言っても、お店の中で食べちゃだめだよー」


 すかさず釘を刺すカーラ。ナイスフォローです。

 かくして、ガジュは無事に食料を手に入れました。ただ……ちょっと怖い感じなサングラスの男が、ファンシーな小動物――つまりフェレットの写真がプリントされた商品を大事そうに小脇に抱えているという、妙な絵面ができあがりはしましたけれど。


 三匹はスーパーを出て住宅地へと引き返し、途中で見つけた公園に入ります。就学前の子どもを連れたママさんたちで賑わっていると思いきや、閑散としていました。うんていにジャングルジム、ブランコといった遊具が、実に寂しげに放置されています。


「神隠しなんてあったから、小さい子のいる家は用心して外に出ないのかもねー」


 そう、カーラのソウルマスターであるひーちゃんも、小学生とはいえ小さな女の子です。とたんに心配になり、ポケットからアドベントベルを取り出して起動し、ほっとしました。そこには、教室の机に向かって授業を受けているひーちゃんの姿が映し出されていたからです。


 さて、木陰のベンチに腰掛けて作戦会議です。


「ガジュの話と、さっき聞けた話を総合するとつまり――アナタのソウルマスターのお母さんは、料理している最中に突然神隠しに遭った。そして無人のキッチンで天ぷら油から火が出て、家が焼けてしまったということね」

「……ウム。でも、ヨカッタ。神隠し……に、遭ったなら、マダ……きっと……どこかで、生きてる。もしか……すると、唯ちゃん……と、一緒、にいるかも……しれない、ナ」


 「ニチドー フェレットフード グロース」の袋を開け、カリカリの茶色い粒をひっきりなしに口へ運びながら、ガジュは何度も頷きました。外回りの途中で休憩しているセールスマンが、おやつにスナック菓子を貪っているように見えなくもありませんが――食べているのは紛うかたなきペットフードです。

 一見すると保たれているかのような条理の中、何食わぬ顔で紛れ込んでいる不条理に、多くの人が二度見してしまうに違いありません。今は、無人の公園であることが幸いしていますけれどね。


 キャシーはモンロー眼鏡越しの非難がましい視線をガジュに向けますが、その意味は若干、人間の常識からはズレていました。


「アナタ、本当に楽天的ね。古来より、神隠しに遭ったとされる人の生還率は低いのよ。それに、戻ってこられても記憶が無くなっていたり、心が壊れてしまっていたり……。決して楽観視できない状況であることに変わりないわ」

「ダイ、ジョブ……だ、おれが……スグに、助けるからナ!」

「どうやって?」


 ガジュは笑顔のまま沈黙しました。でも、食べるのはやめません。


「なにか考えが、あるんだよねー? 思いついたんだよね?」


 ハシバミ色の目に期待の輝きをみなぎらせ、カーラもガジュの顔をのぞき込みました。クルンと飛び出した金色のアンテナが、返答をねだるように左右に揺れています。

 ガジュは……ガジュは、カーラと視線を合わせることなく、真正面にむかって微笑んだままです。でも、お口はモグモグ。


「何もないのね」


 それは、疑問ではなく確認。やっとキャシーを見て、ガジュは小さく「うへへ」と笑いました。はたから見れば、怖い人が公園のベンチに一人腰掛けて誰もいない空間に笑いかけているという構図ですが、幸いなことに今に至るまで人は来ていません。

 ガジュに代わって会議の司会進行を務めるのは、もちろんキャシーの役目です。

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