第19話 飛行術の先生はオカメインコ

「ガジュ、おはよーおはよー!」

「――も?」


 早朝。茂みに潜んだフェレットを真っ先に見つけたカーラは、さすがイヌ族ですね。ガジュは少し寝ぼけてからつぶらな黒い目を開き、そこからテンションを急上昇させました。


「カーラ、オハヨー! 相変わらずてっぺんの毛が一本跳ねているナ! イイゾイイゾ!」


 長い胴体の丸まりを解いたかと思うと、もうグネグネしながらナゾの踊りを始めています。カーラもすかさずゴールデンレトリバーの姿になって、一緒に飛び跳ねました。この二匹、どことなく通じるものがあるようですね。


「奇っ怪な踊りをしている暇があるのなら、先生に挨拶してもらえないかしら」

「センセー?」


 フェレットが声のするほうを振り返ると、いつの間に現れたのか白衣姿のキャシーと、その横には知らない獣天使が一人いました。どうやらこれが「先生」ということになります。


「コチラ、アナタに飛行術を指導してくださる、野生種獣天使のチャチャさん」

「どうも。オウム族オカメインコのチャチャでっす」

「コンニチハー! イタチ族フェレットのガジュだヨ!」


 挨拶が済み、ガジュが現在置かれている状況をキャシーが説明しているとき、ゴールデンレトリバーがフェレットをつついて小声で尋ねました。


「ねー、野生種獣天使ってなにかなー?」

「家畜化されたワケじゃないが、ペットとして一般化されている動物っているダロ? 手乗り鳥やエキゾチックアニマル――最近だとフェネックとかモモンガなんかがいるナ。種としては野生に属しているけど、人間の味方をしたいと思った魂が、獣天使として獣天界に個人契約する場合があるんだヨ。それが野生種獣天使だ」

「なるほど、そうなんだー」


 カーラが頷きます。ガジュが肉体を得ているため、フェレットの姿は一般サイズ――ゴールデンレトリバーと比べると非常に小型ですが、それでも教導官の威厳は損なわれていないようですね。


 さて、その野生種獣天使は、イタチ姿のガジュをしげしげと見つめていました。彼は、一部だけ長い前髪を後ろへ撫でつけている、少し変わった髪型をしています。鳥系獣天使特有の、首を傾げるような仕草は、いわゆる「ガン見」している際にのみ出てしまうもの。チャチャが解決策を見いだしてくれるかどうかで、「毛玉作戦」そのものの成否が決まると言ってもいいでしょう。


「そっちのフェレットの姿でだったら、飛べたりしないっすかね?」

「おお?」


 確かに、天使形態でのガジュは成人男性の平均としても体重六〇キロ以上はあるでしょうが、フェレットの姿でならば多めに見積もっても二キロを越えることはなさそうです。ガジュはさっそく翼を出して羽ばたいてみました。


「こ、これは……!」


 あわただしく懸命に、無我夢中で翼を動かせば、どうにか空中で移動ができるようです。ただし、キャシーの言うマヌフとやらが体全体を支えてくれるわけではないため、胴体は伸びきったままでひどく不格好です。ただでさえ長い胴が恐ろしく長く見えて、フェレットらしいと言えばそうかもしれませんが。


「超頑張れば、自力でガケを飛び越すくらいはできるかもナ。でもこれじゃ、ちょっと戦闘には組み込めそうもないゾ」

「天使形態で、なんとか飛行する方法はないかしら?」

「そうっすねえ」チャチャは首をひとしきりあちこちへと向けてから、気色を浮かべて手をたたきました。「高いところから飛び降りたらどうっすか? ぼく飼い鳥のとき、よく羽を切られたんですが、テーブルの上からなんかだと、それでもけっこう自由に飛べたんですよね」

「高いところって、ビルなんかかなー?」


 カーラは空を見回しましたが、ここはのどかで落ち着いた住宅街です。建物といえば三階建てがせいぜい。みんなの頭に思い浮かんだような近代的高層ビルはありません。


「ビルはないけれど、教会の塔はどう?」

「ソレダ!」


 ガジュは両前足の肉球をパフンと打ち鳴らし、翼をしまうのもそこそこに、ここら一帯のランドマークである教会へと駆け出しました。

 ――が、外からは塔を上れないことが判明したのです。教会内から入る構造になっているらしく、外階段の類はありません。せっかく盛り上がったのもつかの間、獣天使一同は途方に暮れてしまいました。


 オウム族のチャチャが目の良いところを生かし、付近上空を一回りして高い建物を探してきてくれました。


「ちょっと先に、たぶんスーパーかデパートか、七、八階くらいある建物があったっすよ。でも大通りに面しているから、この時間でもけっこう人通りがあったなあ」

「大通りめがけて飛ぶ練習なんかしたら、飛び降り自殺だと思われて通報されちゃうよー」

「そうっすよね……」


 時間を改めるか、山奥にでも行くしかない――全員がそんな空気になりかけたときです。


「ヨシ、やっぱ教会を使わせてもらおう」

「だから、どうやって上まで行くのよ」


 明るい声を上げるガジュへ、キャシーがつまらなそうに応じました。


「こうするノダ!」


 言うが早いか、フェレットはポンと飛び跳ねて宙返り。サングラスをかけたオニイチャン――ただし羽つき――に変身です。

 彼は教会の塔から少し離れてから向き直り、全速力でダッシュしました。同時に、翼を必死に羽ばたかせます。ガジュの足が塔の壁を踏んで一歩、二歩。垂直上昇します。三歩、四歩。キャシーにカーラ、そしてチャチャが見守る中、ガジュは塔を駆け上っていきました。途中でもしも力尽きれば……その体は地面にたたきつけられてしまうでしょう。みんな、気が気ではありません。


 チャチャは塔の上へ先回りして、「もしも」のことがあったら引っ張り上げようとスタンバイします。カーラも、すぐさま続きました。キャシーは少し考えてから、「もしも」のときは下で受け止めようとその場にとどまりました。


「――そーれ、到着!」

「すごいすごーい!」

「イタチ族もなかなか、やるもんっすねえ!」


 約二〇メートルはある垂直の壁を登り切り、勢い余って塔内部へ転落しそうになるのをどうにか踏みとどまるガジュ。カーラとチャチャからは、拍手と歓声を贈られました。


「さあ、あとはここから飛び降りてうまく飛行できれば問題解決っす。空中ではあんまり細かいコントロールはできないと思ってくださいね。風向きによっては、行きたい方向に進めないかもしれないっすから。本当はコンドルやカモメなんかに聞けばわかりやすいんでしょうがねえ。いいっすか、空気が一番広く当たるように、翼の角度を調整するんすよ。あんまり羽ばたかずに――」


 いつになくまじめな顔つきで、ガジュはチャチャのレクチャーを受けます。体はほとんど動きませんが、アドバイスのたびに翼が開いたりすぼまったり、伸びたり縮んだりしていますね。どうやら、これまで培ってきた獣天使としての飛行法を、一切合切忘れる必要がありそうです。


「ヨシ、じゃあやってみるゾ!」


 リズミカルに屈伸運動を済ませてから、ガジュは両手をそろえて前傾姿勢をとり、まるで飛び込み選手のように構えました。


「だ、大丈夫っすか? 最初は足から行ったほうがいいんじゃ……」

「ナルホド。それもそ、うおっ!」


 不安定な体勢のままチャチャに頷こうとして、ガジュはバランスを崩してしまいました。なんと――いいえ、当然と言うべきか、頭を下にして真っ逆様に墜落していきます。


「うわーっ! ガジュ、待ってー!」

「わあぁ、大変っすー!」

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