第17話 ガジュん家、全焼
「ナーイスフィニッシュ、おれ!」
ガジュは当たり前のように大見得を切りつつ、地上への降臨に成功しました。
派手な羽音とハイテンションな叫び声に、普通は道行く人が振り返って見るはずです。そして、白とグレーのツートンカラーの頭にサングラスという怪人物が翼を背負って上機嫌でいるのにいよいよ不審人物という疑念を抱き、通報してもおかしくない状況でした。その前に、スマートフォンで写真を撮りまくられてSNSに投稿されまくりでしょうか。
しかし地上が夜だったことが幸いし、ガジュは降臨即逮捕という事態を回避できたのです。
今ガジュがいるのは、まさしく彼が指定した地点。つまり、ソウルマスター唯ちゃんの住まう成田家の、ちょうど裏手だったのです。火事によって地上勤務を急遽終えることになったというガジュの言うとおり、周囲にはいまだに焦げた臭いが立ち込めていました。
ガジュの記憶に間違いがなければ、唯ちゃんの家は二階建ての一軒家ですが、一階の損壊が激しく二階に押しつぶされるような案配で、見るも無惨な有様です。
焼け跡はほとんど原型をとどめていませんでしたが、塀に沿って歩けば門の横に表札があり、「成田」と書かれているのが見て取れます。認めたくないのが本心ですが、ガジュは納得してうなずくよりほかありませんでした。
警察の非常線を乗り越え、いよいよ現場を調べる前に、ガジュはズボンのポケットからアドベントベルを引っ張り出し、何やら操作しました。待つこと一分……いいえ二分。もちろん、じっとしているのが苦手なイタチ族ですから、足踏みしたり立ったりしゃがんだり、シャドーボクシングをしたりて待ちました。すると──。
「わあああああぁぁぁ!」
情けない悲鳴が降ってきて、ついでに鈍い音とともに重たげなものが転がる音が続き、くぐもったうめき声が締めくくります。少しカールした金髪が夜目にも明るい獣天使、カーラはどうやら着地を失敗したようですね。
また、正確には彼女よりも先にキャシーが撃ち出されたのですが、彼女はネコ族。着地時に音を立てるなどというまねは、絶対にしません。
「おー、みんな来たナ! 早速この中を調べてみようゼ」
「その前に」暗がりの中、月明かりを受けて二つの目だけが輝いているのがキャシーです。「ガジュ、翼をしまいなさい。人間とはち合わせたとき、夜中に天使のコスプレで外を徘徊する怪人だと思われたら、今後の捜査活動に影響するわよ」
「そうだナ。二人は出しっぱでいいのか?」
「ワタシたちはいいの。人間には見えないから。ついでに言っておくと、こうして話しているのも人間から見たら、誰もいないところに向かって話しかけている不審者に見えるわ、人目のあるところでは謹んでちょうだい」
それに獣天使たちは忘れがちですが、彼らの髪の色は、ここ日本では珍しい色ばかり。急に話しかければ、外国語に堪能な一部の日本人以外は、「イングリッシュ ノー」などと叫んで足早に歩き去るのがオチです。
とにかく、ガジュは言われたとおりに翼を見えないようにしました。これならばまあ……変な格好をした外国人だと勘違いされるにとどまれそうです。人気がないのをいいことに、三匹は門から成田家の敷地へと侵入しました。
「ひどいね……全焼っていうのかなー」
「そうね。でも、こんなにひどく燃え広がるまで誰も通報しなかったのかしら? ここ、住宅地よ」
たとえ無人の民家から火の手が上がったとしても、煙が出ていれば近隣住民か通行人が気づいて通報するはずです。火事の焦げ臭さといったら強烈で、風に乗って数軒離れた家の中にいてさえ気づかされるほどなのですから。
家……だったものの残骸の周囲を、とりあえず二周ほど回ってみました。ドアや壁はほとんど焼け落ちているため、中に踏み込むのは簡単そうです。けれどもその代わり、一階が潰れているので、奥に行くのは骨が折れそうでした。
そこでガジュはポンと飛び上がって宙返りを決め、長っぽそいコンパクトボディへと姿を変えました。フェレットの姿なら狭いところを通り抜けるのも都合がいいし、四本足駆動なので安定感も抜群です。
ガジュはさっそく適当な隙間に頭を突っ込むと、気合いであばら骨を平べったくして中へ入っていきました。これは、ネコ族にもちょっとまねできない、イタチ族の十八番です。
キャシーとカーラも、それぞれロシアン混じりのハイブリットとゴールデンレトリバーの姿になって、ちょうど今、ガジュの尻尾が消えていった隙間をのぞき込みました。
セリアンカラーを装備し、物理的な存在として降臨したガジュと違い、キャシーとカーラの二人は非物理的存在です。でもだからといって、壁を通り抜けたり床や天井を突き抜けることはできません。
それぞれの部隊長が制限解除を許可する緊急時を除いて、降臨した獣天使はすべて、地上の物理法則を厳守しなければならないのです。だからこの場合も、瓦礫を無視してまるで幽霊みたいに中へ突入することは不可能でした。
キャシーは真っ黒焦げの残骸に一瞥をくれて、「お先にどうぞ」とでも言いたげに、尻尾を一つ打ち振りました。すると、カーラも心得たもので、隙間に鼻面を突っ込んで隙間を押し広げます。ついでに前足で地面も掻いて、あばら骨をどうこうしなくても中へ入っていけるほどの空間を確保しました。
「ガジュ、待って、ねー待って」
ほふく前進でしばらく進むと、どうやら狭かったのは入り口だけのようです。中は、何とか立って歩けるくらいの高さがありました。
瓦礫の中のあちこちで、がさごそ、どたんばたんと音がしています。言うまでもありませんね。隠密行動には無頓着なガジュが、瓦礫が崩れるかもしれないことなどお構いなしに歩き回って、焼け跡の中を確認しているのです。
「うかつに動くと、のしイタチになるわよ。ワタシたちと違って、アナタは肉体に縛られているんだから」
「ウーム、気をつけるゾ」それからわずかな間を開けて、まるっきり別のところから声がします。「おお! あったあった」
カーラたちも声のしたほうへと向かってみます。そこにあるのは、燃え残った金属の柵でした。カーラにもキャシーにも、馴染みのあるものです。
「それ、もしかしてケージだったのかな?」
「ソウダ。下のほうはプラスチックだったから溶けてしまったみたいだが、おれのケージに間違いない」
「じゃあ……もしかして、その中にある……」
鼻を悲しげに鳴らしながら、カーラが後退りました。後ろからキャシーが、ケージの残骸を覗き込みます。くるりと生物的な曲線を描いて丸まったそれは、もしかしなくても――。
「そのとおり! おれの焼死体だ!」
「ひいっ……」
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