第14話 チーム名が決まらない
「それじゃキャシー、ガジュに新アイテムの説明をしてあげてちょうだい」
でも、どうやら獣天使長には人選を改めるつもりはないようなので、キャシーは指示に従うことにしました。彼女は自分たちのリーダーであるこの老婦人を、とても尊敬していたからです。
「いいこと、フェレット。今からワタシが、ネコ族驚異のテクノロジーによって開発された新兵器の説明をするから、耳ダニをすべて追い出してよく聞きなさい」
「耳ダニいないヨ」という声は無視されました。
「まず、この首輪を装着なさい」
細くしなやかな指が、マネキンの首から黒いベルトを取り外しました。革製の首輪のようです。ガジュは唯ちゃんに飼われていた頃を思い出しました。ちょうど、こんな感じの首輪をつけてもらっていたのです。唯ちゃんが見たら、また「ガジュくんカッコイイ」と言ってくれるに違いありません。
「早くする」
「……お。おー」
厳しく急かされ、ガジュは言われたとおりにします。
「それは、セリアンカラー。ちなみに、セキュリティー上の問題から二度と外せないので悪しからず」
「ウワー! 罠かよー」
大げさにひっくり返るも、キャシーは無反応。淡々と説明を続けます。
「セリアンカラーには、三つの機能が搭載されているわ。一つめは、装備者を地上にて物質化させる機能。つまり、地上の物体に触れるし、人間とも話せる。地上勤務時と違い、能力の制限はかけられないから、動物とも話せるわ。もっとも、人間の前に出るときは、翼をしまうことをお勧めするけれど」
「マジか! すごいナ!」
「二つめが、この防具――セリアンスーツを分解圧縮収納する機能。キーワード一つで場所を問わず、展開・格納が可能よ」
キャシーのよく手入れされた指が、マネキンに着せられたプロテクターのような物を指し示しました。頑丈そうな胸当てと肩当て。腰回りを覆う防具は、動きを制限しないよう、前後左右で四分割されています。さらに大きめの籠手と、微妙に膝をガードできるブーツ状の防具で一揃えのようです。
「フムフム。それで、キーワードって何だ? 忘れちゃったりしないかナ」
「ワタシたち獣天使の合い言葉だから、忘れようがないわ。『愛の名のもとに』よ」
「ワカッタ! ようし、愛の名のもとに!」
景気のいいかけ声と共に、マネキンに着せられていたプロテクター群が、音もなく消えました……かと思うと、次の瞬間にはガジュの胸部や手足を包み込むように、金色の光を放ちながら出現し、自動で装備されてくれました。
「スゲー! カッケー!」
ガジュははしゃいだ声を上げ、おそらくサングラスのむこうで黒い目を輝かせつつ、装着されたセリアンスーツをがちゃつかせて飛び跳ねます。
マネキンにあったときは真っ白で、プラスチックのようにも見えたプロテクターですが、今はガジュの髪の色に合わせたかのように灰色がかっていて、金属らしさも充分です。とはいえ、彼の動きからも明らかなように、行動を制限するほどの重量はなく、なかなか具合がよさそうに見えます。
「まるっきり生身じゃ、いくら獣天使といえども心許ないから、気休めの防具よ。あまり過信はしないことね」
怪我しても知ったこっちゃないと言わんばかりの冷ややかな声に、いたわりねぎらうような温かい声が続きます。
「ガジュは攻撃を避けるのがあまり得意ではないようね。さっき、データを見せてもらったわ。両腕でガードして、血塗れのまま残留思念と戦っていた、って。あんまり無理しちゃダメよ」
「避けると、攻撃のチャンスが減っちゃうからナー」
「そんな脳味噌筋肉野郎のために」冷たいまなざしをガジュに注ぎながら、「籠手部分は頑丈にしてあるから、ちょっとした盾としても使えるわ。手の甲まで保護する設計だから、それで殴りつけても効果的かもね――あくまで防具だけど」
「おお! すごいナ、武器にも――」
「防具だっていってるでしょ! なに考えてるの、頭おかしいの? 獣天使が武器を使うとか、まったくもって意味がわからないわ」
怒濤のような反撃に、ガジュは「おおっ」と言ったきり口をつぐみました。でも、キャシーの慌てぶりとキレっぷりはもっともなのです。
攻撃するために武器を作り、装備するという行為は、人間だけに認められています。獣天使たちは、人間たちを守るためにネコ族提供のさまざまな技術を導入することが許されていますが、武器に関してだけはナイフ一本持つことさえ許されていないのです。
だからこのセリアンスーツの場合は、防具を身につけて戦っていたら、偶然敵に当たって予想をはるかに上回るダメージを与えた――という、ギリギリのグレーゾーンを狙おうという魂胆でした。
「それで三つめが、かけ声一つで変装する機能。いくら天使形態のワタシたちが人間そっくりだからといって、その格好」と言いながら、キャシーはガジュの着ている天使装束を指さします。「――で地上をうろついたら、TPOをわきまえないコスプレイヤーか、さもなきゃ変態よ」
「うはは!」
変態呼ばわりされても、ガジュは楽しげです。キャシーもあえてツッコミません。
「人間のいるところで行動するときは、必ずその場にふさわしい姿に変装すること。人間には獣天使のことは絶対に秘密なんだからね」
「ワカッタ」
「何か質問は?」
あるはずがないと言いたげなキャシーでしたが、そうはガジュが卸しません。
「マントがないゾ」
「それっぽい物が元々背中についているから、いらないでしょう」
「スーパーヒーローなのに、マントなしかよー!」
どうやら風にマントをなびかせたかったようですが、ないものはしかたがありません。それに、どう考えても戦うときに邪魔です。スマートなネコ族は、その辺りの機能美についてもスマートな仕事をしていました。
しかし納得のいかないガジュは、「ううん」と唸ってからサングラス越しにもわかるほど瞳を輝かせました。
「マスクがないのはベラボーにマズいゾ! 正体を知られたらヤバいだろう? スーパーヒーローとしてあるまじき失態だ」
「そもそもあなたは人間の世界に存在しないんだから、顔を隠す必要なんてないでしょう」
「ウウ……」
と、肩を落としたのは数秒。ガジュはすぐにマントの代わりに翼をあっちこっちに動かして、一番格好よく、颯爽と見える角度を探し始めました。
獣天使長辺りはこの点を、頭の切り替えの早さとみなしてくれるでしょうが、キャシーは単に、集中力のなさと評するでしょうね。
そんなガジュをにこにこと見つめてから、獣天使長は無表情なキャシーを振り返ります。
「それでねキャシー。彼は毛玉戦隊セリアンズの一人になるわけだから、ほかと区別するために名前をつけないといけないのよ」
「ガジュだヨ」と、すかさず自信に満ちた面持ちでうなずくガジュ。
「うんうん、そうね。でもね、セリアンズはあなたの活躍次第で今後バリエーション展開する可能性があるから、規則性を持たせたいの。何がいいかしらねえ」
「好きな食べ物がいいんじゃないかナ!」
朗らかな声は、すがすがしく無視されました。
「ここはやはりセオリーどおり、色がいいのではないでしょうか」
「色、ねえ。ガジュって何色っていうのかしら? 全体的には灰色か白っぽいけれど、手足は黒いし……」
「おれは乾燥パパイヤが好物だヨ」
「そうすると、セリアン・パパイ――セリアン・グレーですか。あまりパッとしない気もしますが、このフェレット自体がパッとしないので、ちょうどいいかもしれませんね」
キャシーが無表情に言うのに、獣天使長がうーんとうなったきり、第四研究室には沈黙が降りました。そこへ、ノックの音が。
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