第12話 テンチョーの呼び出し

 獣天界のお城の一階、正門向かって右手側は──なにせ、方位がありませんから──、食堂です。それもとびきり大きな。かわいらしいデザインの丸いテーブルと、同じ木製のイスがいくつもあって、気の合う仲間とおしゃべりしながら食事ができます。食堂は外にも開放されていて、青空の下どこでも好きなところへテーブルセットを持って行ってもいいのです。

 食堂のシステムは食券制。一フィリアで三枚つづりの食券シートと交換できて、一枚でトレイに好きなメニューを好きなだけ盛ってもらえます。


 ガジュとカーラは、トレイを手にカウンターに並んでいました。


「ニチドーのフェレットフード シニアを大盛り。トッピングは乾燥パパイヤがイイナ。デザートはモチロン、フェレッツバイト!」


 カウンターの中には様々な種類の肉や魚、野菜に果物が並んでいますが、それに混じってありとあらゆるメーカーのペットフードもあります。同じイヌやネコでも、食べ慣れたフードは違いますからね。また、成長によって幼獣用のグロースから老齢用のシニアまでいくつも種類がありますが、それはあくまで必要栄養素の違いによって飼い主が年齢に合わせたものを与えているだけ。当然、コッテリ系のグロースが好きな獣天使も、アッサリ系ダイエットタイプを好む獣天使もいるので、その要求に応えるための充実したラインナップなのです。

 特にフェレットは食の好みが激しくて、同じメーカーのフードでも、材料の比率が変わると口をつけなくなる場合があるほど。とぼけた顔をしているのに、食の好みにはこだわりがあるようですね。


 カーラは逆に、今まで食べたことのないフードに興味がある様子。さんざん目移りしてから、ようやく一つに決められました。


「一回食べてみたかったんだー。ピュアロワイヤルの超小型犬用!」


 期待に目を輝かせているカーラの見守る前で、恰幅が良くてコック帽をかぶった獣天使が、大きなスプーンでお皿によそってくれました。

 トレイを持って一歩右に進むと、別の獣天使がピュアロワイヤル超小型犬用の脇に、付け合わせのササミジャーキーが添えてくれます。それだけでも飛び上がるほどうれしいのに、そのまた右では食後のデザートまで選べるのです。

 たくさんの果物や動物用ケーキ──中にはミルワームや生きたコオロギなんて変わり種もありましたが、カーラは好物の焼き芋を選びました。


 ガジュとカーラはトレイを持って、空いている席を探します。とても混雑していますが、それ以上に広いので必ず席があることを知っているガジュは、のんびりゆったり歩いていました。そしてテラスに出たところで空席を見つけ、二人は着席しました。


「ごちそうしてくれて、ありがとうー!」

「いいのだヨ。地上勤務に行く前に、半端なフィリアは全部食券にしたから、いっぱいあるんだ。もちろん、繰り越すこともできるケド、食券がいっぱいあったほうが、なんか落ち着くからナ」

「あたしもフィリア、貯められるかなー?」


 好物が満載されたトレイを前に、手をつけるのをためらいながら、カーラが心細そうに尋ねました。イスがお尻に着地するかどうかというタイミングですでに食事を始めていたガジュは、先輩の余裕で答えます。


「任務をこなせば、ちょっとしたお手伝い程度のモノでも一フィリアは確実だ。それだけで一日三食は食いはぐれないゾ」スプーンにすくったカリカリを口に運びかけて止め、「ソウダ、所属部隊は決めたか? まあ、機動部隊しか見学していないけどネ」


 カーラのハシバミ色の目を覗き込みました。

 いつもの頼りない笑みを見せるかと思いきや、後輩獣天使は目を輝かせてササミジャーキーを食いちぎってから答えるではありませんか。


「決めたよー! あたし、救護部隊に入る。キミの大怪我を、あんなに素早く治しちゃうなんて、すごいよー」


 確かに先日の戦いでは残留思念の攻撃により、ガジュの腕は骨が見えてしまうほどのダメージを受けていました。けれども、獣天界に戻ってすぐ救護部隊本部へ出向き、血止めをして軟膏を塗ってもらうと、すぐに元どおりになったのです。

 カーラは感動して、その場で入隊を決意したのでした。


 後輩の成長を、ガジュは大いに喜びます。


「うはは! そりゃメデタイ! おまえはなかなかタフそうだし、きっと大活躍できるゾ」


 チョット臆病だがナ、とは言いませんでした。めでたい席ですからね。

 何も考えていないようでいて、意外と空気を読むのがイタチ族です。


 それからガジュは、聞きかじりの救護部隊の話を聞かせながら食事を終え、カーラに付き添って食堂のちょうど反対側にある救護部隊本部へ向かいました。

 教導官のお役目は、これでおしまい。レベル一の獣天使に獣天界の何たるかを教え、人間とのかかわりを明らかにし、そのうえで誇りを持って役目に就く手伝いをするのが教導官なのです。

 少し遅れたけれど、そろそろ自分の所属部隊──つまり機動部隊本部に顔を出そうかと、東階段へ足を運びかけたときです。


 ずんずんたったーずんずんたったー、シャカシャカシャカシャカぴゅーい!


 またもお尻のポケットから、怪音が鳴り響きます。前回のとは少し違うようですが……。もしかするとアドベントベルも、発信者によって着信音を変えられるのでしょうか?


 ガジュが見てみると、画面には簡潔なメッセージが表示されていました。「いいかしら」と、それだけ。でも、彼にはそれだけで合点がいったようですね。


 方向転換をして中央階段を目指します。柱の代わりにバニヤンの巨木が立ち並ぶ広間を抜け、やわらかいコケを踏みながら小川を渡り、やがて目前に現れた豪華な広い階段を上りました。

 ちなみに、お城の中は飛行禁止です。大勢の獣天使たちが縦横無尽に飛び交っては、恐ろしく危険ですからね。だから、どれほど目的地が遠くても、廊下を走ったり階段を上がったり下がったりしながら、自分の足でたどりつくしかないのです。


 雲でできた階段を四階ぶん上がると、そこにはちょっと大きくて立派な扉があります。その両脇には、警護の獣天使もいますね。ガジュが手を振ると、左右の獣天使たちもフレンドリーに返してくれました。扉まであけてくれます。

 ガジュは部屋の前でバク転を決め、羽つきフェレットの姿になってから入室しました。


 そこは、お城の屋根に突き出たような場所で、三六〇度の空が見渡せます。円形の部屋の真ん中に小ぢんまりとした執務机があって、かわいらしい老婦人が微笑んでいました。

 その人も頭の上に金の輪っかを戴き、背中からは白い翼が生えていたので、これはどうやら獣天使とみてよさそうですね。


 ガジュは老婦人の前へ進み出て、体をぐねぐねさせながら跳ね回り、朗らかに言いました。


「テンチョー、ゴキゲンヨー! 変わりはないカナ?」


 ちょっと異様に見えるでしょうが、これがフェレットにとって最大級の歓迎を示す動作なのだからしかたがありません。この老婦人──獣天使長には、すべての獣天使が敬意を払う決まりなのです。


「ええ、おかげさまでね」獣天使長は柔和に微笑んでから、顔つきを少し改めて続けました。「今回の地上勤務は、すいぶん早い戻りだったけれど、事故にでも巻き込まれたのかしら?」

「まあ、そんなトコだナ。どうやら家が火事になったらしい。煙に巻かれて、気がついたら中の海だ」

「まあ。飼い主の方たちはご無事かしら? 確かあなたは、ソウルマスターの所へ戻ったのよね。ネコ族開発の……あの、何ていったかしらねえ、四角いあれで、確認できたの?」


 獣天使長はおばあちゃんなので、機械は少し苦手です。アドベントベルという言葉が出てこないのはご愛敬。でも大丈夫、ガジュは空気の読めるナイスボブ──雄のフェレットをボブといいます──ですから。


「それが、圏外って出ているんだヨ。こんなの初めてだ。無事が確認できないから、心配だナー」


 ガジュがアドベントベルの待ち受け画面を見せると、その愛想のない真っ黒い画面を見て、獣天使長が顔を曇らせました。


「あら……ほんと。心配ねえ。あなたにはお願いしたいことがあったのだけれど、それどころじゃなさそうね」


 獣天使長が執務机の上の古風な黒電話に手を伸ばそうとすると、ガジュは背中をたわめて首を振り振り連続ジャンプを決め――ええ、本当に奇天烈極まりない動きです――、それを中断させます。


「大丈夫! カオは見られないケド、生きているのはわかるからナ。だからおれは、するべきコトをするヨ。テンチョー、おれはナニをすればいいんだ?」

「まあ、ガジュ……」


 獣天使長は目をうるませ、ニョロリと長い獣天使を見つめます。フェレットの口からはみ出た牙と、持ち上がった口角のおかげで、ガジュはどちらの姿をしていても、いたずらっぽく笑っているように見えるのです。そうした存在だからこそ、獣天使長は、彼を選んだのかもしれません。


「わかったわ。ついてきてちょうだい」


 上品な老婦人が、しゃなりと椅子から降ります。そして、後ろに大きなフェレット――獣天界では動物の姿だと皆同じ大きさですが、天使形態の獣天使が人間の大きさだとすると、基本形態では大型犬くらいになります――を従えて、飛び石を軽やかに渡り、スカートの裾を持ち上げて水たまりを突っ切り、ある場所へと向かいました。

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