第6話 スマホじゃない、断じて!

 大きなお城は、駆けても駆けても近づいてるように思えませんでしたが、継続は力なり。二人は、巨人用かと思うほどの大きな門の目の前までやってきました。門の左右には、白い服に白い翼の獣天使が立っています。


「よー兄弟! 帰参したか。でも妙に早くないか?」


 門の右にいた獣天使が、ガジュに右手を上げて気さくに話しかけています。身長もありますが横幅も充分な、岩のような大男です。


「ヤー兄弟! そうなんだヨ。多分マダ地上に降りて三年経ってないんだよナ。病没でもなくて、事故死だった」

「フム」大男は、ショウキ様に似た厳めしい髭面をますます難しくしてうなります。「実はな、兄弟よ。同じようなことが最近頻発しているらしい。テンチョーはすでに、対抗策を講じたようだが」

「そうか。まあ何にせよ、フィリアを貯めないことには身動きが取れん。任務に励むさ!」

「ウム。今日は内勤だが、またいずれ轡を並べようぞ!」

「おう! 望むところだ!」


 ガジュと岩男は拳をぶつけ合ってあいさつし、そうこうしている間に大きな門が開きました。もちろん、たった二人のために全開になったりはせず、向かって右側の扉が少しずれただけです。


 お城の中は、とてもにぎやか。床は相変わらず雲でしたが、壁や天井はしっかりした材質でできているようでした。床と同じ優しい雲の色なので、清潔感のある白でありながら目にも柔らかく感じられるようです。その天井からは、きらきらと眩しい豪華なシャンデリアが、等間隔でいくつも下がっています。窓枠や扉、階段の手すりなどは、いかにも歴史ありげな木製で、磨きぬかれてあめ色に輝いていました。


 ただし、人間たちの住む建物のように、すべてが均一に整っているというわけではありません。廊下の途中が意味のない坂になっていたり、そうかと思うと天井が途切れて中庭のようになっていたり、思わず登り下りしたくなってしまうようななだらかな広い階段があったりします。


 さらに、室内だというのにそこらじゅうに草木が茂り、階段の踊場には池や噴水がありました。お城の中を行き来するのは、みんな背中の翼と金の輪っかを持った獣天使で、池に頭を突っ込んで顔を洗ったり、廊下になっている果物をもいで食べたりと、自由気ままに過ごしています。


 カーラは、何だかとても楽しそうなところに来たと感じました。居心地がよさそうだったので、ここで暮らすのも悪くはないと思い始めています。今は前を歩くガジュにおとなしくついていくのみですが、遠くにほら穴のように暗くなっている場所を見つけて、一刻も早く探検してみたい気持ちに駆られたのは無理もありません。


 そしてカーラが気づいたのは、獣天使がみんな、とても仲良しだということ。すれ違う獣天使は誰も彼も、ガジュの姿を見かけると微笑んで、気さくにあいさつをよこしました。


「やあガジュ。今回は早い帰りだねえ」

「ウム。何だか不完全燃焼だ。早いところフィリアを貯めて、ソウルマスターに再会するゾ」

「ああ、唯ちゃんだっけ。早く会えるといいね」


 浅い水たまりのような池の上が、どこまでも続く高い吹き抜けになっている場所で、ガジュは足を止めました。正確には、その正面にある扉の前と言いましょうか。


「サテ。ココが総務だ。おまえは獣天界に来るのが初めてなレベル一だから、イロイロ手続きをしないといけないノダ。所属を決めたり、端末をもらったり。総合案内も兼ねているから、何か困ったことがあればココに来るんだゾ」

「え? なに、なにが貰えるのー?」


 それに答えるべく、ガジュはポケットをまさぐります。もちろん、ササミジャーキーを取り出してくれるなんて期待しませんでしたが、何かが貰えるとなれば、カーラのテンションは上がります。


「コレだ。ネコ族のテクノロジーの結晶、アドベントベル」


 上下に分かれている白い服のズボン部、そのお尻のポケットから取り出されたのは、手のひらサイズの長方形をした、厚さ五ミリほどの物体でした。何かに似ているそれを、ガジュは指先を滑らすようにして操作しながら説明してくれます。

「世界中からひっきりなしに寄せられる救援要請が、持ち主の適性に応じてコレに送られてくる。こうやってツルツル指先でめくるみたいにすれば、要請の詳細も見られる。待ち受け画面は、ソウルマスターのライブ映像なんだ。スグレモノだろ?」

「ねー、それってさ、ひーちゃんパパが使ってたスマートフォン――」

「声がデカい!」


 よりいっそうの大声で、カーラの言葉は遮られました。びっくりして見つめ返してみると、どうやらガジュは、怒ったわけではないようです。


「いいか、コレはベルだ。単なる呼び出し装置ナノダ。おまえのいうスマートなんちゃらみたいに、多機能なアレでは断じてナイ。わかったナ?」

「う、うん」


 どうもガジュは、なんちゃらフォンを知っているようでしたが、そこはあえて触れずに、カーラは従順に頷きました。


「おれたちは、こういう格好をしていても獣天使だ。人間じゃあない。だから基本的に、道具を使ってはいけないコトになっている」

「服を着るのはいいのー?」

「それはいいノダ。慣れた元の姿ならいいが、天使形態のスッポンポンでウロウロしたくないダロ?」

「まあねー」

「ミツカイたちは、おれたちが人間を見守るにあたり、不便のないように獣天使の姿をくれた。人間の味方になった動物には、物をつかむにしても、口を使うヤツ、クチバシを使うヤツ、手を使うヤツなんかがいるからナ。統一された姿が必要だったんだ」


 その――何でしたっけ、アドベントベルを操作しつつ「圏外ってナンダ?」なんて首をかしげてから、ガジュは続けます。


「とりあえず、武器は絶対にダメだ。それから、楽をするためのアイテムもダメ」

「でも、スマ――アドベントベルって……」

「そのとおり、かなりのグレーゾーンだ。いや、限りなく黒に近い。だから、何があってもタダのベルだと言い張らないとダメなんだゾ」

「わ、わかったよー」


 よくよくうなずいてから、カーラはガジュに続いて総務の部屋に入りました。

 両開きの重厚な扉をくぐると、古めかしいけれど暖かい感じの、長い木製カウンターがありました。その向こうにいるかわいらしい女の子──もちろん獣天使です──二人が、笑顔で迎えてくれます。

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