第5話 グラサンとバンダナ

「思い入れが強くて一緒に埋葬されたものは、コッチに持ってこれることがあるんだよナ」

「じゃあキミは、フェレットのときにサングラスをかけていたのー?」


 もっともな指摘です。しかしガジュは首を横に振りました。


「チガーウ。コレは、フェレットのときのカオの模様だ」


 獣天使というのは、なかなか融通が利くようですね。さらに細かくいうのなら、ガジュの髪は均一なグレーではありません。生え際が真っ白で、毛先二センチくらいが黒いツートンカラーです。

 カーラのカーリーな金髪からもわかるとおり、彼らの髪には元々の毛並みが大いに影響するんでしょう。


「で……エート、ドコまで話したっけナ」

「あれー、あたしも忘れちゃったよー。たしか、ネコがどうとか──」

「ソレダ! 黒い人型のヤツら──まあ、頭が二つあったり下半身しかなかったりするのもいるが──ソイツを、獣天界では残留思念と呼んでいる。もともとは人間自身が呼び出した自律機動プログラムらしいが、おれは細かいコトは知らん。ただ、おまえも知っているとおり、それは人間自身には見えないし、制御できていないから近くにいる人間を襲おうとするよナ」

「そうだよー」カーラがうなずくたびに、飛び出した毛が愉快に揺れます。「しがみついて首しめられてるのに、全然気づいてないんだもん。あたし、必死に追っ払ったよー!」


 ついでにいうと、残留思念にはいいものもあります。大抵は白か金色で、近くにいる人間に幸運をもたらしてくれるのです。黒い残留思念と比べて、圧倒的に少ないようですが。


「地上勤務のときはナントカって制約があって、獣天使の力がセーブされているから、当然手に負えない状況も出てくる。そうすると獣天界に連絡がいって、おれたち機動部隊が颯爽と登場し、悪者をやっつけるってワケだ」

「た、戦うんだー?」

「機動部隊はナ。ほかにもチームがいろいろあって、状況に応じて出撃するんだ。相手が強くてコッチが怪我しそうなら、救護部隊を応援に呼ぶだろ。行方を見失ったときなんかは、猟兵部隊の助けがいる。普通に戦っては勝てない大物が相手なら、聖歌隊の登場だ」

「あたし、どこのチームかなー?」

「イヌ族は汎用性が高いからナー。猟兵部隊が一般的だが、聖歌隊以外ドコでも活躍できるんじゃないか」


 相変わらず口角の上がったニヤリという面構えのガジュですが、天使形態のときはサングラス着用のせいか、何かを企んでいるように見えなくもありません。もちろん、彼の性格は極めて単純なので、そんな心配はまったく必要ないのですが。


 対するのは、ゴールデンレトリバーの面影そのままに優しげな顔立ちのカーラです。どちらかというと彼女のほうが、一般的にイメージする天使に近いでしょうね。何といっても、金色のフワフワカーリーヘアーなのですから。

 ガジュと違って、サングラスもかけていませんし。


「あっ、あたし歌も得意だよー。日曜日のお散歩で教会の前を通ると、中から歌声が聞こえてくるんだ。そうすると、あたしも一緒に歌うの。ひーちゃんたちは笑うけど、なかなかいい線いってると思うんだー」

「ほー、やっぱ万能選手だナ。その、ゴールデンなんちゃらってイヌは、主にナニをするイヌなんだ?」

「もともとは狩猟犬だったんだー。人間が仕留めた獲物を取ってくる係。たとえ水の中からでも! だから、『取ってこい』がすごく得意なんだよー」

「そうなのか。おれも狩猟用フェレットだったことがあるゾ。ウサギの穴に潜っていって、追い出す係だ」

「じゃあ、狩りしたことがあるんだー!」

「ウム。おまえはないのか?」


 またもカーラは、首をぶんぶんと横に振ります。ついでに両手もブラブラと振っているのは何でしょうね。


「ないよー! あたしはただの家庭犬だもん。戦うのなんて、こわいよー」

「甘ちゃんだナ。そんなコトでは人間を守れないゾ」


 というセリフは、シャドーボクシングをしながら発せられました。好戦的というわけではなさそうですが、戦いを怖れる気持ちはこれっぽっちもなさそうです。


 カーラはフェレットという種族そのものを知らないから、それが当たり前だとわからないのも無理もありません。

 フェレットは、とても好奇心が強くて度胸のある動物なんです。確かに個体差はあるでしょうが、人間を怖がってベッドの下から出てこないフェレットというのは、ほとんどいないはずです。


「そういえば、人間って神様に守られてるんじゃないのー? それとも、あたしが見た羽のヒトの中に、神様の使いもいたのかな?」

「いや。人間を守っているのは、今はおれたちだけだヨ。マジ物のミツカイたちが退いて、代わりにしばらくの間、おれたちに守護を命じたんだ。この獣天使の姿をくれてナ」

「どうしてー?」

「人間は、ちょっと前に二回も連続で大規模な殺し合いをしたからナー。天界のみなさんがドン引きして、少し距離を置こうって話になったらしい。詳しくは知らん」


 それを聞くと、カーラのイヌ族の血が騒ぎました。人間を守るのは、自らに課せられた尊い使命です。怖いけれど、命じられれば機動部隊だってやってのける覚悟が決まりました。


「ねー、ガジュ。あたし、俄然燃えてきたよー! ところで、所属部隊はボスの命令で割り振られるのかな?」

「いいや。本人の希望がまず優先されるゾ。最初は見学することもできるから、焦らずにやりたいものを決めるとイイ」


 二匹の――いいえ、二人のサンダルが雲を踏み続けて三十分くらい経ったでしょうか。突然、行く手に何かとても大きな物の影が現れました。それまでは何も見えなかったのに、ここは不思議な場所ですね。

 もちろんカーラは隣の先輩に尋ねてみました。


「あの大きなのは、なにかなー?」

「獣天界――通称、獣天だ。ネコ族驚異のメカニズムで次元をどうこうしてあるから、見た目以上に超デカい城なんだ。食堂も、作戦室も、居住スペースも、みんなあそこだヨ。快適なのは、おれが保証する」


 獣天が見えたとたんに、ガジュは駆け足になりました。とはいえ、手足の動かし方が妙に漫画じみていて、そのくせあまり速くないというオマケつき。

 対照的に軽やかな走りを見せるカーラは、五秒たらずで追い抜くのに成功しました。ガジュの弱点の一つは、走るのが遅いということだったのです。

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