第4話 我ら獣天使!
「それで、ええと、どうすればひーちゃんに会えるのかなー?」
「マダマダ、マダだ」
ガジュはピンクのまだら模様入りの鼻を一方に向け、長い胴体を伸び縮みさせながら走り出しました。カーラもおとなしく続きます。
「ココが獣天界。おれたちの魂のホームだ」
「おれたちって、ほかにもいるのー? 羽の生えたイヌとか、フェレットとかが?」
「それだけじゃないゾ。ネコにウサギにハムスターに、あとは小鳥だとか……とにかく、いわゆるペットだナ。自然界と別れて人間と友情の契約をした者たち──まあネコ族は特殊だが──それが獣天使なんだ」
「どんなイヌやネコもそうなの?」
「種としてペットになってないヤツ──たとえばディンゴとかヤマネコなんか以外はナ」
なかなか堂々とした先輩ぶりだと思いませんか? こういうことは、初めて獣天界に戻ったとき、詳しく講義を受けるのです。カーラも、間もなく参加することになるのでしょう。
「あたしたち、死んだ後に集まって、なにをするのー?」
「正確には、死んでナイ。魂は不滅とまでは言わないが、丈夫なんだ。だから、地上での体が使えなくなると、こうして獣天界に戻ってくる。そして、今度はココから人間を助けるんだヨ」
いかにも頭の中がハテナだらけのカーラが、歩きながらもガジュを真っ直ぐに見つめてきます。先輩フェレットは説明してあげるために、さらに言葉を探してから口を開きました。
「人間って、いつも超アブナイ目に遭ってるだろ? それなのに全然気づいていないから、おれたちが助けてやらなきゃならない」
「あー! そうだよね。黒くてこわいやつが家に入ってこようとしてるのに、ひーちゃんたち全然気がつかないんだもん。あたしが頑張って追い払ってあげてたんだよ」それから急にそわそわと落ち着きをなくして、「大丈夫かな、ひーちゃん。今、黒いやつが来たらどうしよう……」
とつぶやきました。泣いて笑って、また泣きそうになって……とても忙しそうな後輩に、あっけらかんとガジュが聞きます。
「おまえのソウルマスターの家って、一軒家か?」
「ひーちゃんの家? うん、そうだけど……」
「じゃあ大丈夫だ! ネコが何とかしてくれる」
何の問題もないとでもいうように請け負ってくれるのはいいのですが、カーラには意味がわかりません。
「ネコは飼っていないよー。やっぱり危ないのかな?」
「いいや。人里離れた一軒家でもない限り、その家はどっかの野良猫の縄張りだ。野良猫は、縄張りの巡回中に、人間たちが黒いヤツラの被害に遭っていないか見てくれている。おれたち獣天使と暮らしていない人間の家は、特に注意して見てくれるハズだ」
「野良猫が?」
そう聞いてカーラに思い浮かぶのは、サバトラの野良猫でした。ひーちゃんの家を囲む塀の上へ、いつも決まった時間にやってきました。「こっちに来ちゃだめだよ!」と吠えても、まるで聞こえていないかのような澄まし顔でした。
ひーちゃんの家は今、あのサバトラが頼みの綱というわけですね。
よく夜に、恋の季節でもないのにネコがものすごい声を出して威嚇しているのを聞くことがあるでしょう。あれはもしかすると、人間たちのために戦ってくれているのかもしれませんよ。
「ウム。ネコが黒いヤツをやっつけてくれるし、手に負えないようなのが相手なら、助けを呼んでくれる」
「あ……ねーねー、もしかしてその助けって」
思い当たる節があったカーラが、顔を輝かせて隣を向くと、そこには長い胴体をくるりと丸めてひょこひょこ歩くフェレットはいませんでした。。
その代わりに、なぜか若い人間の男がいました。アッシュグレーの髪を後ろに逆立てたロックンロールなヘアースタイルに、白い変な服。サングラスをかけているのが意味不明を加速させます。そしてその人物の背中には、真っ白い翼がありました。頭の上には、どこかで見た金の輪っかが浮かんでいます。
「……羽の人だ」
「獣天使の天使形態だ。地上の仲間に呼ばれて戦いに行くときは、だいたいコッチの格好で行くゾ」
サングラスの男は、ガジュの声でそう言いました。イヌやフェレットに羽が生えるほど奇妙な場所にいるのだから、フェレットが人間になるくらい、それほどおかしなことではない……カーラは半ば強引に自分を納得させました。
かなりの適応能力の持ち主だと言えますね。
「おまえも天使形態になっておけヨ。獣天界の中じゃあ、ドアとかフォークとかコンピューター端末とかイロイロあるから、イヌの姿のままだと不便だゾ」
「なっておけって言われてもー」
「なーに、簡単だ。天使形態になるって強く念じながら前転するだけだからナ。最初は手をついてもいいが、とっさにでも変われるように、ジャンプ中に変身する練習をしておくとイイ。翼をうまく使うんだ」
「わーうー」
半信半疑。そんな思いをにじませながら、カーラは言われたとおりにしてみます。幸い地面は柔らかい雲なので、もし失敗したとしても、それほどひどい目には遭わなくてすみそうですからね。
ただ、天使形態をイメージするのはとても大変です。そんなものがあるなんて、カーラは今の今まで想像してみたことさえありませんでした。
でも、両前足の間に頭を突っ込んで頑張ると、どうにか不格好な前転に成功したようです。きれいに起きあがることなど到底できませんから、雲の上に大の字に開いてフィニッシュ。……おや、大の字ですって?
「あれー?」
何だか、自分がとても平べったくなった気がします。それに、変です。背中と両後ろ足のかかとが一緒に地面と接するなんてこと、あり得るでしょうか?
おずおずと顔の前に前足を持ってくると、頭をなでてくれるひーちゃんにそっくりな人間の手が見えました。慌てたカーラが前足を振ると、目の前の手は思ったとおりに動きます。どうやら──この手はカーラのものらしいですね。
「あたし……人間みたいな格好になっちゃった?」
「ウム! 立派な天使形態だゾ」サングラスのガジュが、それでいてなお朗らかな顔に喜色を浮かべました。「金色の巻き毛に、アホ毛が一本。首のバンダナは、地上にいたころのトレードマークか?」
「えー? あっ」
カーラは、ぴょろりと真上に飛び出した金髪を何とか寝かそうと必死でしたが、続くガジュの声に視線を落としました。首には、ユニオンジャックのバンダナがかっこよく巻かれています。ひーちゃんが「似合うよ」と褒めてくれたことのある、お気に入りでした。
「思い入れが強くて一緒に埋葬されたものは、コッチに持ってこれることがあるんだよナ」
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