第35話 戦いの終わり

 ーー殺せ!

 ーー殺しきれ!

 ーー殺し尽くせ!


 頭から溢れ出るそんな信号に身を任せひたすらに剣を振る。一度振り下ろせば誰かの腕が飛び、一度切り払えば誰かの頭が飛んだ。

 悪の討伐なんて体裁はもはやあったものじゃない。そこにあるのはただの地獄、悪による大虐殺だった。

 俺は返り血を拭うことなく無表情で命を刈る。ただ、ひたすらにひたすらに殺し尽くした。


 気がつけばそこにかつての景色はなかった。地面が見えなくなってしまうほど血と肉が撒き散らされ、普通の人なら確実に吐いてしまうほどの、濃縮された死の匂いが辺りに漂っている。八十人余りいた屈強な男たちも、残りは俺から少し離れたところで腰を抜かし血に浸りながら震えている若いやつだけになってしまった。


(後はあいつだけだ……殺さないと)


 妙に落ち着いていた。余計な思考は削ぎ落とされ、頭がスッキリしている。はっきりいって、気分が良かった。


 血糊で切れ味が落ちた剣を捨て、ついさっき殺したやつの剣を拾う。そして、最後の衛兵を殺すべく足を運んだ。


 一歩歩くたびにピチャンと血が跳ねる。それに応えるように男の体が大きく震えた。


「た、たすけ……」


 そしてついに彼は俺に背を向け逃げ出した。といっても腰を抜かしているのか、四つん這いでだ。当然すぐに追いつき、俺は彼の背中を踏みつける。彼はぐえっと情けない声を出して地面に押し付けられた。そして俺は彼の背中に剣の先を当てる。


「ゆ、ユルドざん……お願いじまず。助げーー」

「悪いな。それは無理だ」

「そ、そんなーーがぁっ!!」


 彼は力なく地面に倒れこみ、新たに地面を緋色に染める。

 これで八十数人、正確には八十七人殺し尽くした。その事実に思わず溜息が漏れる。


(生きてる……)


 生を実感するように、自分で自分の手を握る。俺の手は血まみれでヒンヤリとしていた。だがかすかに熱を感じる。それこそが俺が生きている証拠で、これが夢でないという証だった。


 正直俺が一番驚いているのだ。さすがに死ぬと思っていた。八十七人という人数は俺に死の気配を悟らせるには十分な人数だったのだ。


(終わった……のか?)


 ーーいや、まだだと首を振る。


 俺はずっとこちらを見ていた彼を睨みつけた。彼は依然と腕を組み仁王立ちをしてこちらを眺めていた。

 後は彼だけ。彼さえ殺せば、俺たちは自由なんだ。

 そう思うと殺戮マシーンと化して冷え切っていた俺の心に新たに炎が灯ったような、そんな感覚がした。


「あとはあなただけだーージルさん」


 俺には彼がどんなことを考えているのか、想像もできない。だが心中穏やかではないことは確かだ。

 彼は深く深くため息を一つつき、重そうに口を開けた。


「正直、ここまでとは思ってなかった」


 首をコキコキと鳴らしながら彼は歩き出した。


「俺が思っていたよりずっと、お前の芯は強かった」


 一歩一歩と、地面に転がるいくつもの死体に慈しみの視線を向けながら、確実に歩を進めた。


「ああ、認めよう。お前は強い。俺の予想よりはるかにな。いや、強くなったというべきか」


 彼は俺から二十メートルほど離れたところで足を止めた。刀はまだ抜いていない。丸腰だ。なのに俺は斬りかかろうとは微塵も思わなかった。たとえ丸腰でも俺はお前に負けないといった、実力に裏付けられた自身が強者のプレッシャーを放っているのだ。俺はそれをひしひしと感じていた。わかっていたことだが、さっきまでの奴らとはやはり格が違うのだ。実際に今日素手でねじ伏せられたこともあって、この虫の知らせにも似た感覚を無視できず、俺も彼を睨みつけていた。


「なあ、悪鬼隊の名前の由来、覚えてるか?」

「は?」


 ジルさんは何の前触れもなく、唐突にそう言った。


「『悪を滅する鬼となれ』……でしたよね」

「ああ、それだ。お前はどうせこれは俺が適当につけたと思ってるだろうが、違うんだ。これは俺のモットーであり、目標であり、使命だ」


 彼はそう言いながら、ゆっくりと刀を抜いた。人の身の丈ほどもあるそれは、いつ見てもすごい。


「お前はお前自身が言っているように疑う余地もない悪だ。ならば俺は鬼になる。幾多の感情を殺し、ただひたすらに悪を滅する鬼にな。だからユルト、覚悟しろーー俺はお前を殺すぞ」


 そして剣をこちらに向けた。そして、堂々とそう宣言した。

 その言葉には不思議な強さがあった。本当に自分は死んでしまうんだ、ジルさんに殺されてしまうんだと思わず錯覚してしまいそうになる。それほどに彼の言葉には力があった。誰も否定することができないと思うくらいの自信に満ち溢れていた。

 俺はそれを何とか振り切るように頭を振った。


(しっかりしろユルト。気をしっかり持て。ここが正念場だ。俺が生きるか死ぬか、アイラが助かるか助からないか、全てがここで決まるんだ)


 俺がすべての衛兵を殺したところで、この人が生きていればアイラは助からないだろう。何が何でも悪は滅する。それが彼だ。


「こちらこそですよ、それは。ジルさん、俺らのために死んでくれ」


 俺もジルさんのそのプレッシャーから逃れるように、自分を鼓舞するようにニヒルに笑ってみせた。


 それからはお互いに言葉なんていらないと言った調子だった。

 静かに、何も話さずお互いの獲物を構える。

 ここにいるのは俺たち二人だけだ。俺たちが話さなければ、沈黙が降りる。

 さっきまで悲鳴や叫び声である意味賑わっていたからか、この静けさがやけに不気味に感じた。


 そして、始まりは突然やってくる。


 どちらと合図したわけじゃない。だけどなぜか俺たちは同時に飛び出した。

 地を思い切り蹴り、砲弾のように飛び出す。そして彼の元に全力で走っていく。足を進めるごとに勢いよく血が跳ねた。

 たかだか二十メートルだ。お互いに走ればそんなに出会うのに時間はかからない。ジルさんもそんな重そうな大きな刀を持って何でそんな早く走れるのかわからないが、俺と同じくらいのスピードは出ていた。


「ふん!」

「シッ!」


 短く息を吐いて、お互いに剣を振る。ジルさんは上から振り下ろし、俺は下から切り上げるように。


 ガキャァア!


 そんなこれまでにない悲鳴のような音を立てて二本の剣は火花を散らした。そしてお互いにのけぞるような形になる。

 ジルさんは俺よりも力が強い。だから当たり前だが俺の方が大きくのけぞった。そのせいで一瞬だけ彼が視界から消える。体勢を立て直し再び視界に入れた時にはーー


「クッ!!」


 再び刀を振り下ろさんと上段に構えていた。

 俺の命を刈らんと近づいて来る刀から逃げるように一歩右に動く。


(間に合わない……なら)


 少しでも軌道を逸らすため、刀と俺の体の間に左肩に背負うような形で右手で持った剣を差し込む。

 剣と刀が擦れ、ギャリギャリと耳障りな音がでる。一応目論見通り刀を交わすことはできたようだ。だが威力までは殺せない。殴られたような衝撃が俺を襲う。

 いま彼は刀を振り切った体勢だ。つまり隙がある。引き換え俺は左肩に剣を背負ったような体勢だ。そのまま右手を振れば彼を切れる。

 だから俺は右手を振り下ろそうとしてーー


「ーーッッ!!」


 それを中止して後ろに飛び退いた。


(ま、これでやられるなら悪鬼隊の隊長はできないよな……)


 彼は刀を振り上げた体勢をしていた。要するにあの体勢から即座に刀を裏返して切り上げたのだ。

 普通のやつなら今ので殺せていただろう。だが彼はすぐに反応した。

 彼は力が強いからといって力任せに振り回す何てことはしない。その程度のやつなら吐き捨てるほど転がっている。

 彼は力があるのに加え、その動きが滑らかなのだ。すべての動きに次の動きをつなげ、絶え間なく動き続ける。まるで踊っているようだった。


(力もあって、動きも良くて、しかも反応も早い……これが最強なんだよな)


 改めて今殺そうとしている人の強さを思い知る。思えばこうして真剣に戦うのすら初めてなのだ。


(でも……やらないといけない)


 気持ちを切り替えるように剣を構え直す。最強といっても彼とて人間だ。どこかでミスをするはず。もしくは、ミスするように誘導するか。

 どちらにせよ、動かねば何も起こらない。


 俺は再び地を蹴り、彼に斬りかかった。俺とて技術がないわけじゃない。

 息つく間もなく連撃を食らわせる。それを彼は何てことない様子で捌いていった。さっき八十人の衛兵を皆殺しにした腕も、彼の前では何でことのないものになってしまう。

 そして俺の攻撃を防ぐだけだった彼が攻撃に回った。もうそうなってしまえば俺は防御以外になすすべがない。常に刀に意識を向けながら、上下左右次々と襲い掛かって来る彼の刀を避け、受け流す。自分の剣で弾くなんて考えてはダメだ。さっきみたいに力負けするのが目に見えていた。


 お互いに一撃と受けることなく剣戟は続く。二つの剣が重なるたびに火花が俺たちの顔を照らした。踏み込むたびに地面の血が勢いよく跳ねた。


 ただただ必死に俺は彼の刀を追いかける。そして刀に意識を割きすぎたのかーー


「ふん!」

「ガッ!」


 横っ腹に木でもぶつけられたかのような蹴りを食らって数メートル吹っ飛んだ。蹴られた箇所にズキズキとまるで骨が折れたかのような痛みが走る。その力は不完全とはいえど、ハンニバルになりかけのアイラに匹敵しているように思えた。


「蹴りで……この威力とか……デタラメですね」

「どうしたユルト。この程度か? 殺すと言ってみせたんだ。もうすこし魅せてみろ」

「ッ!! やって……やりますよ!」


 再び俺は飛び出す。

 無策で飛び込んでも、ただ剣を振るだけじゃ勝てない。何か策が必要だった。


 俺は今までになく体制を低くして走る。そして、指に血をたっぷりと含ませた。


 走ってきた俺を迎え撃つ刀をいつも通り受け流し、彼の目をめがけて指の血を飛ばす。


「ぬっ!」


 だがそこはさすがジルさん。慌てることなく、刀を斬りはらう。それは予想できていて、俺はもう彼の背後にいる。

 だがジルさんも手応えがないとわかった時点で後ろにいると思ったのか、駒のように回転。


 ザシュッ! と、肉を切る音が小さく響く。手応えがあったからか、ジルさんは片手で目をぬぐいながら続けざまにもう一発。またザシュッ! と人が切れる音。

 ジルさんは勝ちを確信したのか、小さく笑みを作る。

 だが、再び視界が復活した彼の目の前にいたのはーー


「なっ!」


 哀れな姿になった衛兵の死体が崩れ落ちる姿だった。俺が殺した時の傷もだが、つい今彼が二度切り捨てたこたによって、見るも無残な姿になっていた。

俺は彼の背後に回り込んだ時点で近くにあった死体を上に投げ、体勢を低くして当たらないようにしていたのだ。そして、動揺している今が最大の好機。今こと状況を逃すはずがない。


 彼が叫び終わるのを待つことなく、剣を切り上げる。

 だが彼は俺の姿を見た途端に後ろに下がったようだ。手応えはあったが、浅い。右肩から左の横腹にかけて赤黒い線が走っている。


「この……外道がぁぁあああ!!」


 彼は激昂した。仲間の死体を弄ばれたのが彼のこと線に触れたのだろう。彼の攻撃は今までにないほど威力を増して、攻撃的になっていた。

 俺はそれを必死で捌く。それでも避けきれずに赤い筋が一本二本と増えていく。


 だが、外道で何が悪い?

 卑怯で何が悪い?

 俺は何が何でもアイラを救うと決めたんだ。

 生きれば勝ちで、死ねば負けだ。だからこそ、俺はどんな手を使ってでも生き残る。

たとえそれで外道と罵られてもだ。


 だがそれでも圧倒的な差というものは埋まらないものだ。


「いい加減にーー」


 それはちょこまかと動き回り、汚い動きをする俺に対しての怒り故だろうか。


「ーー死ね!」


 それはただの振り下ろしだった。なんの小細工もない。当然俺はさっきと同じように受け流そうとした。それがダメだった。


 ーーまずいっ!


 だがそれはそんな生易しいものではなかった。彼の感情を全て詰め込んだような、そんな強さを感じた。受け流すために差し込んだ剣なんて無視するように、その刀は突き進む。


「がぁぁああああ!!」


 そして見事に俺を切り裂いた。その威力もあって、俺は数メートル吹き飛んだ。そしてそのまま仰向けで倒れる。


(痛い痛い痛い痛い!!)


 あまりの痛みに視界がチカチカする。呼吸も自然と荒くなる。

 さっきのジルさんのように少し下がって威力を下げるなんてする暇もなかった。いや、もしできていたとしても、結果は大して変わらなかっただろう。


「がぁ……ぐっ……」

「……」


 ジルさんがピチャピチャとこちらに近づいてきているのがわかった。動かないと、起き上がらないとと思っていても、あまりの痛みに体が動かない。ただ情けなく呻き声を出すだけだ。


 ジルさんは俺のすぐそばまで来ても何も言わなかった。ただ無表情で俺を見下ろしている。


 ああ、俺はもうここで死ぬんだろう。ジルさんは俺にとどめを刺して、俺は死ぬ。簡単に想像できたそんな未来に絶望し、思わず全てを投げ出すように目を閉じた。まるでその未来を甘んじて受け入れるように。だがどこかで、それを拒否するように。


 ーーだが、突然途方も無い恐怖が俺の心臓を鷲掴みにした。


 俺が死んだらどうなる? アイラを一人にさせてしまう。もしかしたら殺されるかもしれない。

 アイラの死という最大の恐怖に、再び体に力が入ったような気がした。


 俺は目を見開いて、体を起こそうと両手に力を入れる。

 痛い。痛いなんてもんじゃ無い。諦めたくなるのを、泣いてしまいたくなるのをなんとか気力で押さえ込む。グググ……と体をゆっくりと起こした。


 やはりとどめを刺そうとしていたのか、ジルさんは刀を今にも振り下ろそうとしていた。


「まだ……死ねないんだよ」

「ーーッッ!!」


 俺はそう言って彼を睨みつけた。俺のその視線にジルさんは何を感じたのだろうか。顔を引きつらせ、ついに俺の命を絶つべく刀を振り下ろした。


 こんな力のないときに右手に握っている剣で受け止めてもさっきの二の舞になるだけだ。

 だから俺は決めた。それを失う覚悟をした。


 俺はガスっという嫌な音とともに左手で刀を受け止めた。もちろんこのままだと俺の腕を切り落とし、そのまま俺を殺すだろう。だから俺はその左腕を思い切り横に振った。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああ!!!」


 ガッと、何かに引っかかったような音がした。そんなの気にするものか。俺はためらうことなく腕を振り切った。


 ブチィッ!!


 そんな嫌な音がした。そして数瞬遅れてカランカランと乾いた音。

 左腕が燃えるようだった。さっきよりも痛いかもしれない。見なくてもわかる。俺の左腕は永遠に失われた。左手があるはずの場所に感じる違和感が、それを物語っている。


「フゥー……フゥー……」

「お前……」


 ジルさんは珍しく驚きで目を見開いていた。そして彼の手にはあの刀はない。俺の腕に引っかかってそのまま飛んでいってしまったのだろう彼から一本取れたことにかすかな喜びを感じる。


 形勢逆転というには、あまりにも俺は満身創痍すぎた。なんとか立ち上がるもあまりの痛みに意識は靄がかかったように朦朧としているし、足も震えて今にも倒れてしまいそうだ。


 ーーだがここで止まるわけにはいかない。


「ああぁぁぁあああ!!!」


 もはや人間の言葉ではない、そんなただの雄叫びを口にしながら、右手に持った剣を突き出した。刀はないから彼に防ぐすべはない。


「ぬん!」

「っ!」


 驚くことに彼は刀を両手で掴んだ。当たり前だが素手であり、切れてしまう。実際に血は出ているし、彼の顔は痛々しく歪んでいる。

 ガリと何か硬いものを削るような音と共に彼の体を貫くはずだった剣は貫かずに止まってしまった。おそらく彼の骨に当たっているのだろう。

 俺は片手で、彼は両手。自然と剣が押され始めた。それを俺は自分の体でも押す。


 彼と視線が交差した。彼は笑っていた。楽しくてしょうがないといった、そんな子供のような笑顔だった。

 正直、その気持ちがわからなくもない。

 もはやここまでくると、全てがどうでもようなるのだ。自分の考えとか、人間関係とか、全てをかなぐり捨てて、ただ自分が生き残るためにお互いの全てをぶつけ合う。それがとてつもなく楽しくなってしまう。


「ユルトーー」「ジルさんーー」


「「ーー死ねぇ!」」


 自然と同時にそう叫び、俺たちは全力で剣を押した。

 ただ相手の命を奪うことだけを考えた。ただ相手に勝つことだけが頭を支配した。


 お互いにそう長くないだろう。俺は言わずもがな傷が深すぎる。力を入れている今、刻々と血は流れ続けている。ジルさんも今は目立った傷こそないが、現在進行で傷ができている。しかも手を離した途端にアウトなのだ。その緊張感は半端じゃない。


 だがそれでも俺たちは全力を尽くす。もはや恥なんて気にしない。バカみたいに叫びながら全力で剣を押した。自らの体なんて気にしない。

 もはやこれは意地のぶつかり合いだった。力だとか技術だとか関係ない。自分の大切なものをかけた戦いだった。


 ーー俺はアイラのために。

 ーージルさんは正義のために。


「うぉぉぉおおおおお!!」

「ぁぁぁあああああ!!」


 ブシュッ! と俺の左腕の切断面から血が出た。グジュグジュと彼の指から肉がかき混ぜられるような音がした。


 もしこれが思いの強さの勝負だとしたら、どうして俺が負けることがあるだろうか。

 確かに彼の正義への思いは普通じゃありえないほどに強い。だが俺は確信を持って言える。俺の思いの方が強いと。

 だからこそーー


「負けられない!」

「なっ!」


 一歩、俺は前に進むことができた。たかが一歩だ。だがその一歩は、確実に彼を死に近付けさせた。

 一歩、また一歩と進む。剣の切っ先が彼の体に埋まる。そして、どんどんと刺さっていった。その痛みが彼の握力を低下させ、さらに沈む。


「ぐっ……」


 彼は苦しそうな声を出しながらも耐えていた。だが剣は容赦なく彼の体にしずんでいく。そしてついに根元まで剣が刺さり、彼の体を貫通した。さすがの彼も膝をつく。

 これこそ形勢逆転だ。俺の勝ちだなと、俺は彼を見下ろした。

 彼は俺を見上げていた。その瞳に絶望の色はない。何かまだ策があるのか、なんて考えたが、おそらくないだろう。これはただ彼がこの結果をすんなりと受け止めているだけなのだ。


 俺は彼にとどめをさすべく剣を振り上げる。彼はそれでも何も言わない。その違和感を頭を振って振り払う。


「さようなら、ジルさん」


 俺はそういって剣を振り下ろした。それに次いでゴトンと何か重いものが地面に落ちるような音。


 ーー終わったのだ、すべてが。


 そう実感すると急に力が抜けて俺も膝をついた。さっきまで叫び声や剣同士がぶつかる音が響いていただけあって、急に訪れた静寂がすこし不思議なものに感じる。


 目的の人を殺せたというのに、俺の気持ちは晴れなかった。


「最後の最後で……なんなんだよ」


 俺はそうひとりごちる。


 俺は確かに見たのだ。俺が彼の首を落とす寸前に彼が笑ってこういったのを。



 ーー強くなったな。

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