第4話 5匹の悪魔の行進曲
「わぁ……」
「おぉ……」
あのおじさんから話を聞いた通りしばらくして、言われた場所に俺たちは到着した。
生い茂る草木の中、舗装されているとは言えないような道ーーといっても、そこまで辛いわけでもないがーーを歩くと、開けた場所に出た。
突如消えた森の代わりに、堂々と佇んだ池。澄み渡った水底の砂利は太陽の光を反射し、キラキラと光っている。それほどまで水は透明で、それを飲もうと集まってきた動物たちもちらほらと見えた。池という大きな水源があるからか、周りの草木は、他の場所よりも青々としているように感じる。
木々の葉の隙間を通ってきた光の帯が、とても幻想的に見える。
今まで見たこともないような景色というわけでもないが、一目見て思わず感嘆の息が漏れるくらいの力をこの場所は持っていた。なるほど、これは確かにすこし歩いてでも来る価値がある。
「綺麗だね」
「ああ」
「こんな場所があるなんて、知らなかったよ。ここに住んで短いわけじゃないのにね」
「まあ、街の近くとは言え、この森になんて行く機会、ほとんどないからな」
街の周りには、街を覆うように森が広がっている。何本か整備された道こそあれど、完全に安全とも言い難い。
最前線と言わずとも、まだまだ前線寄りなのだ。本当に危険な奴らは駆逐されたはずだが、肉食の奴らはいる。それに、この森に有用な薬草やらなんやらがあるわけでもない。だから、たいしてこの森に入る理由はないのだ。
「あのおじさんが知ってたのも偶然なんだろうな。散歩してて、とか」
「ふーん。そっか」
アイラはもうこの話題に興味を失ったのか、休憩のため座れる場所はないかとキョロキョロと辺りを見回している。
「あそこに座らない?」
そういってアイラはとある木の下、ちょうど木陰になっているところを指差した。
涼しくて気持ちよさそうだ。特に異論はなかった。
二人でその木の下に、隣り合って腰を下ろす。
森の中だろうか、空気が澄んでいるように感じて、気持ちがいい。
「「ふぅ……」」
すこし歩いた疲労感からか、二人同時に息を吐いた。
同時に、というのがなんだかおかしくて、俺とアイラは顔を見合わせてクスリと笑った。
そのあとは、俺たちの間にはなんの会話もなく時間が過ぎていく。
強すぎず弱すぎず、暑すぎず冷たすぎないサラサラとした風が頬を撫で、それがまた気持ちいい。
目を閉じれば、草木が揺れる音と、時折動物や鳥の鳴き声が聞こえるだけ。街の騒がしいところも好きだが、ここのような穏やかな、静かなところもまたいい。
どれくらい時間が経っただろうか。しばらくして、アイラは急に立ち上がった。
「どうした?」
「ちょっと遊んでこようかと思ってさ。行ってきていい?」
「いいが、目のつく範囲でな。一応ここは街の外なんだから」
言ってからすこし過保護すぎたか? なんて心配になったが、当の本人は気にしていないようだ。わかったとだけ言って、紅の髪を揺らしながら池の方に歩いて行った。
それからはなんてことない、落ち着いた時間だけがゆっくりと過ぎていく。
アイラは、池の水をパシャパシャとしたり、そこを覗いたり。
俺はそんなアイラを、ぼーっとしながら眺めていた。
気に入ったからまた来るのもいいかな、なんて考えながら。
どうやらアイラの興味は、池や周りの草木から移ったようで、動物たちの方に寄って行った。
あれは鹿の親子だろうか。大小2匹が池の水を飲んでいた。ゆっくりと、後ろから忍び足で近づいていく。しゃがみ歩きで、体勢を低くしながら。
2匹は、未だに気付かぬまま。いや、気づいているが無視しているのかもしれない。
そろそろと少し時間をかけ、ようやく親子の隣までアイラは辿り着いた。
2匹そちらを向き、アイラと目があう。
いやいや、さすがに逃げるだろう。
俺も、そしてきっとアイラ自身も思っただろうが、予想に反して親子は再び水を飲むのを再開した。
これには俺もさすがに驚いた。
アイラ自身も驚いたのか、目を見開いているのがなんとなくわかる。
アイラは調子に乗ったのか、恐る恐る子供の方の頭に手を持って行き、撫でようとした。
しかし撫でても、逃げなかった。
アイラは嬉しそうに、こちらの方に大きく手を振ってきた。俺も思わずほおが緩みながら、手を振り返す。
アイラは満足したのか、再び鹿を撫で始めた。
俺からしてみれば、鹿は近づくと逃げるものだと思っていた。もしかしたら、なにか本能のようなものが働いて、危険なものを見分けているのかもしれない。だとしたら、アイラから逃げ出さなかったのは危険じゃないと判断したから?
いや、ここの鹿は人間に慣れていない。大抵の人間では、逃げ出すだろう。
ひょっとしたら、アイラの優しいオーラというか、雰囲気というか、そんなようなものを感じたのかもしれない。
そんなアイラの凄さを改めて誇りに思うと同時に、相変わらずの自分でも認めるほどのシスコンぶりに呆れ、クスリと笑ってしまった。
「ん?」
それは、些細な変化だった。
撫でるアイラのことも気にしてない態度で水を飲んでいた親子が、急に顔を上げアイラの向こう側を向いた。
たったそれだけのこと。別方向を向いた。それだけのことなのに、意識の片隅がチクリと刺激されるような、そんな感覚がした。もしかしたらこれが嫌な予感、というものかもしれない。
正直、なにを考えているのかわからないような動物の行動に、いちいち意味をつけるのは無駄なことなのかもしれない。それでも何だか無視できなかった。
俺は無意識のうちに片膝をつき、剣に手をかけていた。
アイラはといえば、そんなこと気にもかけずに撫で続けている。こんなことにいちいち反応する俺がおかしいのかもしれない。
2匹も気にもかけず向こう側を相変わらず眺めている。いや、睨みつけている。
この場には先程から変わらず、木の葉が揺れる音や、鳥の鳴き声だけが響いていた。
どれくらい経ったかはよくわからないが、おそらくそれほど時間は経ってないだろう。
突然、親子は睨みつけていた方向とは逆の方向へ走って行った。
しかし俺にはどうしても、何かから逃げたようにしか見えなかった。
言ってみればただそれだけのこと。だがどうしても嫌な予感は拭いきれなかった。
そしてそれは聞こえてきた。
「ギギギ……」
それが聞こえてきた瞬間、体が震えた。恐怖からじゃない。危機感のような、焦りのようなもの。
カチリと、頭の中で何かが切り替わる。
本当に小さな音だが、確実に聞こえた。ガラスを引っかいたような、不快な音。俺は何度も今まで聞いてきた音。音は一つだけじゃない。いくつもーーおそらく5つくらいだろうかーーが重なり合う。アイラも聞こえたのだろう。何の音かと、聞こえてきた方向、後ろを向いた。
「アイラ!」
俺はついに剣を抜き、アイラの元に走り出した。そこそこ距離があるのに加え、俺とアイラを挟むように池がある。しかも小さくはない大きさのため、遠回りをしなければならない。
それが俺を苛立たせ、焦らせる。
俺に名前を呼ばれ、アイラはこちらを向いた。突然名を呼ばれ、どうしたの? とでも言いたげな表情をしながら。
そしてその背後から、
気味の悪い入場曲とともに、5匹の
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