第25話 7月21日(土)
「はい? どういう意味ですか?」
僕のその言葉に、陽香はひたすらとぼけたふりをする。あるいは本当に違うのかもしれない。そうだったら、その方がいい。でも僕は、はっきりさせなくてはいけないんだ。
「……………………最初の違和感は、本当に些細なものだったんだ。瑠々島さんを探していたあの日、陽香は今思うと、不思議な事を言っていた」
「何の話です?」
「なんで、先輩たちのいじめの話を、お前が知ってたんだ?」
水無月先輩や加佐見先輩がいじめをしていた話は、陽香にはしていなかった。する暇もなかったし、ましてや陽香には聞かせられない話だったからだ。
でも陽香は、その二人がいじめをしていたという事実を知っていたんだ。陽香は斑鳩さんとは面識がないので、その話を斑鳩さんから聞いた何てことはありえないだろう。
「…………その話は、生きてた時に別の誰かに聞いたんですよ」
「だったら、最初にそう言うはずだ。事件の大事な手がかりなんだから。兎に角僕はその時、お前に不信感を抱いてしまったんだよ」
不信感。つまりは、陽香を信じていないという事だ。
…………その言葉に、僕は強い自己嫌悪に陥る。なんて僕は最低なんだ、幼馴染を自ら疑っている。
「そうしたら、今まで疑問に思っていた事が離れなかった。なんで瑠々島さんは、三人じゃなくて五人も殺したのだろう。なんであんな、自殺なのかよくわからない殺し方をしたのだろう。なんで、最後に自殺をしたのだろう。その答えは、まだ見つかってないよ」
「じゃあ、なんで私にあんな事を聞いたんです?」
「お前が、事件の鍵だからだよ」
陽香の顔は、いつもの笑顔ではなく冷たい顔だった。僕はそんな顔を見た事ない。でもそれが、陽香の普通なのかもしれなかった。幼馴染の前で見せる、人懐っこい笑顔。そんなものは、所詮作られたものなのかもしれなかった。そう信じたくは、けっしてないけれど。
「輿水が死んだ件、そして陽香の死んだ件。この二つは、別の事件だったんじゃないか? 瑠々島さんは、それを利用したんだよ」
その場合、輿水の死と陽香の死が、小説通りだったのはたまたまなのかもしれない。陽香の死はともかく、輿水の死はあくまでもただの飛び降り自殺と言えない事もない。
あの小説では、飛び降り自殺をした人間はバラバラ死体になっていた。あの小説の内容を再現するのならば、その死体はバラバラであるべきだろう。飛び降り自殺なんてのは、あくまでも飾りみたいなものだ。にもかかわらず、輿水の死はただの飛び降り。つまりこれは、偶然だった可能性が高い。
「そしてお前が、それを隠すために瑠々島さんを殺した。瑠々島さんに憑依してな。陽香、お前は、僕と斑鳩さんの話、あるいは僕と烏丸さんの話を聞いていたんじゃないか?」
陽香が人に憑りつけるのは、陽香が幽霊になって最初に試した。あの時は、それが特別なにかに使えるとは思っていなったが、本当はそれを利用していたんだ。
それに、瑠々島さんを見つけたときの陽香は、少し変だった。僕や斑鳩さん、あるいは烏丸さんしか知らない情報を、陽香は知っていた。その時は気づかなかったが、今にして思えばそれはあまりにも露骨だった。
「陽香、てっきり僕は、お前は僕にしか見えないと思っていたよ。でも本当は違くて、お前は自分を見る事のできる人を選べるんだろう? だから僕たちの話をこっそり聞けたし、瑠々島さんにも認識されることができた」
陽香は、自分の事は両親も気づかなかったと言っていた。でもそれが嘘なのだとしたら、その事実はとても悲しい。陽香の両親は、あんなにも陽香の死を悲しんでいたんだ。なのに、それなのに…………。
「…………あの時、校舎の鍵が開いてたのはお前の仕業だろ。お前は瑠々島さんを呼び出し、憑依して、殺したんだ。大方文芸部に呼び出していたんだろうな。遺書をあらかじめ用意して」
「……………………」
陽香は答えない。代わりに僕の方をじっと見ている。それは、もっと話せと催促している様にも見えた。
「勿論、これらの話は、僕の勝手な想像だ。間違っているのなら、すぐに訂正してほしい」
正直な話、これらの話はほとんど違うんじゃないかなとは思っている。物的証拠なんてものは存在しないし、状況証拠だってほとんどないようなものだ。
正直言ってこんなものただの言いがかりでしかない。陽香の事を疑っている、罪深き行為だ。
でも、もしも。
もしも陽香の死が自殺ならば、僕はそれを知らなくてはいけない。知る義務がある。たとえそのために、陽香を疑う事になろうともだ。
その可能性が一パーセントでもあるのならば、僕はその可能性を疑わなくてはいけない、なぜかそう感じるのだ。
「もう、りょーたんてば」
陽香は、とびっきりの笑顔を僕に向けてきた。その笑顔はいつもと変わらなくて、僕は少し怖くなる。
僕は今、陽香の事を人殺しだと言っているのだ。にもかかわらず陽香の笑顔は屈託がなくて、僕に対して怒っているだとか、そんな感情が伝わってこない。
あり得るだろか? 人殺しだと暗に明に言われ、それでも怒らないなんて事が。
「全然違うですよ」
その言葉を聞いて、僕は心の底からほっとした。そうだ、陽香が自殺なんてするはずがないし、ましてや人殺しなんてする訳がないのだ。すべて僕の勘違いだったのだ。なんて最低なんだ、陽香を疑うなんて。そんな自己嫌悪と裏腹に、僕の心はとても晴れやかだった。
「そうだよな、陽香がそんなことする訳ないよな。ごめん陽香、変な事言っちゃって。本当にごめん!」
そういって僕は頭を下げる。陽香を疑った罪は、こんなものでは晴らされないだろう。だからこそ僕はこれから、もっと陽香に尽くす必要があるだろう。それが罪滅ぼしになる。
今僕は頭を下げているから陽香の顔は見えない。きっと怒ったような顔をしているに違いない。だから僕は頭を上げて、陽香のご機嫌とりをしなくちゃ。
そう思って僕は頭を上げる。そして眼に写った陽香の顔は、さっきと変わらない笑顔だった。恐ろしい程の笑顔だった。
そして陽香は真実を告げる。それは僕の想像よりも、もっと残酷だった。
「確かに私の死は自殺です。瑠々島ちゃんも殺したです。でも、それだけじゃないんですよ」
「え?」
「全員殺しました。輿水凛も、水無月巫女も、高峰晶紀も、加佐見華も、瑠々島璃流華も、斑鳩藍も、そして自分自身も」
そう言った陽香の笑顔は、さっきと変わらないいつもの笑顔だ。けどどうしてだろう、不思議な事に。
僕には悪魔が笑っているように見えた。
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